漫才!
崔 梨遙(再)
1話完結:1700字
数年前、僕は1度だけ“某漫才のコンクール”に出場したことがある。もう、ずーっと前から出たかったのだ。だけど、ずーっと相方がいなくて出場できずにいた。だが、その年は違った。僕が以前勤めていた会社の社長、要するに元上司が、
「そんなに出たいんやったら、一緒に出てもええぞ」
と言ってくれた。
嬉しかった。元上司、当時60歳。僕、当時40代前半。僕はネタを書いて社長に見せた。僕が書いたネタは僕がカクヨムでも書いている“離婚ネタ”。社長は僕の書いたネタを呼んで、
「アカン」
と言った。
「もっと障害者としての社会的なメッセージ性を強めた方がいいと思う」
ということで、ネタを1から書き直した。だが、メッセージ性を強めれば強めるほどおもしろくなくなっていくような気がした。社長は、
「ただ、単純におもしろいだけやったらアカンねん、多少おもしろくなくなったとしても、メッセージ性があればそれでええんや」
と言っていた。僕は初戦敗退を確信した。だが、それでもいい! とにかく出場するんだ! 最初は初戦敗退でもいい! ステージに立つことに意味があるんだ!
申込用紙を用意して、2人で写真を撮って、応募!
希望通りの日時、会場で出場が実現した。出場当日は土曜日の午後、だから朝9時に会社に集合してネタ合わせ。それまでは、各自で自分のパートを読み込み、おぼえていた。だが、実際に合わせるとちょっと違和感がある。まあいい、もう時間が無いのだ、時間を計ったらジャスト2分。1回戦の持ち時間は2分、2分でブザーが鳴って、2分半で強制終了させられるらしい。
そして、会場へ!
待合室(楽屋)は広かった。20人くらいの若手がいた。20代ばかりだった。そこで、僕達は“売れてないベテラン”と思われたらしい。若者達が、
「お疲れ様です、今日はよろしくお願いします」
と言い出したのでビビった。
「まあ、僕等のことは気にしないように」
仕方なく、僕達は“売れてないベテラン”になりすました。楽屋の居心地が悪くなったが、出番までちょっとの我慢だ。僕は前夜、ウキウキして眠れず、朝からワクワクしていた。胸が高鳴るのは久しぶりだ。大人になると、ウキウキワクワクが減る。僕は子供のように喜びながら楽屋の雰囲気を楽しんだ。みんな、壁を向いてギリギリまでネタ合わせをしていた。僕達も、小声で合わせた。
10組単位で呼ばれる。やがて僕等も呼ばれた。どこへ移動するのか? と思ったら舞台袖で待機するように指示された。舞台の上の演者が見える。“あ、あの子等ウケてる-!”、“あ、あの子等スベってる-!”、僕は急に緊張してきた。
さっきまでのウキウキドキドキワクワクはどこへ行ったのだろう? 緊張感しか無い。胃が痛い。違う意味でドキドキする。胃が口から出そうだ。胃薬を飲んでおけば良かった。アカン、逃げたいくらいに緊張する。相方の社長は堂々としている。舞台の上の演者を見ながら“おお、ウケてるなぁ”、“ああ、スベってるなぁ”などと、冷静なようだ。相方がいて良かった。1人だったら緊張に耐えられなかったかもしれない。そして、僕等の出番が来た。
手を叩きながらセンターマイクまで走った。マイクの前に立つ。なんだ、この会場の雰囲気は? “めっちゃくちゃ気持ちいいー!”舞台の上は気分爽快だった。
僕は生徒会もやってきたし、成人式のスピーチなどもしてきた。人前に立つことは多かった。だが、こんなに清々しい舞台は初めてだった。掴みの第1声! 見事に掴めなかった。“僕達、めっちゃスベってるやん!”何故か笑いが込み上げた。ウケても笑い、スベっても笑い、僕は笑いをこらえるのに必死だった。そして、笑いをこらえようと頑張っていたらネタが飛んだ。
「ネタ飛んでるやろ!」
結局、ネタが飛んだ分だけ時間がかかって、恥ずかしいことだが時間切れの強制終了になった。勿論、1回戦敗退だ。
だが、今も思う。“また、あの舞台に立ちたい!”。今年は就活が難航して某漫才コンクールもピン芸人の某大会も出場出来なかった。だけど、僕は来年は出る! 残りの人生、出場し続けてやる! と、思っている!
漫才! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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