きっと孤独が終わる日

『……今日は随分と人が多いわね。ということはもう七日経ったのね』



 あたし、エンバーニアは誰にも聞かれることのない呟きを溢しながら店内の喧噪により目覚めた。


 時間も分からない程に真っ暗闇な金庫の中に監禁されている身でも、眷属を介せば店の盛況ぶりはそれなりに把握は出来る。


 眷属から送られてくる情報によれば、今日の来客は普段より多い。特にカード関係コーナーは人でごった返している。


 この人数と場所を察するに、今日は一週間に一度行われるファミスピの大会が行われる日になったのだと察しは付く。


 それはつまり、先週約束した彼らともう一度会える日。そして、あたしが自由を取り戻せるかもしれない日を示している。



『シュージとラフラ……あの二人は本当に来てくれるのかしら。来てくれないと困る……でも、やっぱり厳しいかな』



 とはいえ……正直なところ僅かばかり疑っていたりもする。

 それが何かと言えば──先週の会話で、あたしは彼らに一方的な約束を取り付けて参加を強要したことが要因。


 あの時の発言は、本人の購入意欲を引き出させるためにあたしなりに考えたエールなのだけれども、よく考えてみると応援でも何でも無いことに後から気付いた。


 何しろあたしが向こうの立場なら絶対に買わないだろうから。

 普通に上から目線な態度を取ってしまった以上、愛想尽かされて来ないなんて十分に考えられる事よ。


 プライドの高さが高じてあんな言い方にをしてしまうなんて……後悔先に立たずという言葉はこういう時に使う物なのね。



『ううーん……、こんなに人が多いと探るのも難しいわ。せめてもう少し強い眷属が出せれば……!』



 正式な持ち主が居ない今のあたしでは、眷属を召喚し使役する能力には限界がある。


 数体出すのが精一杯で、おまけに眷属はどれも貧弱という始末。

 これ程までの大人数が近くにいては、仮に彼らが来ていても今の眷属には情報の処理が追い付かずに見逃してしまう可能性がある。


 あの二人はきっと来て……いるわよね?

 あたしの我が儘に愛想を尽かして見限ってしまったのなら、あたしはもう一度孤独の中で存在を知覚できる人を探さないといけなくなる。


 たった一人を見つけるのに数年掛かった。

 もしこれを逃せば、次に同じような人物が来る可能性は限りなく低い。


 仮に出会えたとしても、その次は6万円という金額を前に購入へと踏み切らせるよう誘導しなければならない。


 そんなの……無理に決まっている。同じカードゲームをしている人ならともかく、一般人なら尚のこと不可能!


 だからこそ高額商品を前にしても比較的積極的な購入意欲を持つシュージという人物との邂逅は奇跡。


 さらにすでに同じ存在を従えている以上、トリプルリーチを揃えている。

 故にこのチャンスは絶対に物にしなければならないの。私の存在意義のためにも!



『お願い、来ていてちょうだい……』



 スタッフルーム内の金庫の中に仕舞われたエンバーニアという名のカードの中で、あたしは強く願う。


 もしもう一度来てくれたのなら前回の発言は撤回するつもりよ。

 一日でも早くここから出たいという気持ちが先走って出た発言なんか気に留めなくてもいい。


 たった三ヶ月くらい我慢して待っててあげる。それで自由になれるのなら安い物よ。

 強い不安と焦燥……それは裏を返すとあの人にそれくらいの期待をしているという現れ。


 今日ほどそれを感じた日はないわ。

 また誰にも見向きもされずに、見ず知らずの適格者を探し続けるのはもうこりごりなの。


 本当にお願い……。そう心から願った、その時────



「さて、流石にこの一週間で売れちゃ……いないか。そりゃそうか」

「もしかしてあんまり人気が無いのでしょうか?」

「まさか。カードとしても強いし、イラストアドだってお前に負けちゃいないんだ。単に値段の問題だろ」



 不意に近くの通りから声が聞こえた。

 どこか聞き覚えを感じる一組の男女の会話……まさか!


 相変わらず周囲の喧噪が眷属の情報処理に影響を及ぼしているけれど、意識を眷属の一匹に集中させて声の方向を探らせる。


 この声はきっと……いや、疑う余地はない。あの二人に違いない!



「……あ。シュージさん、エンバーニアさんの眷属です! こんにちはー!」

「マジ? おーい、約束通り来てやったぞ。俺らのこと分かってんだろー?」



 あたしの眷属の存在に気付くと、暢気に挨拶をしてくれた。

 その声に心の中でうっすらと感じていた不安は杞憂に終わる。


 良かった……。あたしのことを見限るでもなく、約束通り再びここへ来てくれた。

 それだけでこんなにも嬉しく感じるなんて思いもしなかったわ。



『……! ふ、ふん! 来るのが遅いわよ。怖じ気づいて逃げちゃったのかと思ってたわ』



「わぁ、手厳しい」



 でも哀しいかな。二人の存在を認識し、安堵しきった瞬間、素っ気の無い棘っぽい言葉が無意識に出てしまう。


 あたしって、何でこう素直になれないのかしら……悪い癖ね。

 これからこの人にあたしを買ってもらうというのに、どこまでも偉そうな奴よ、あたしってファミリアは。










お読みいただきありがとうございます。


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年末が休みでも仕事でも、皆様が良いお年を迎えられれば幸い。来年もよろしくお願いします。

(2024年12月31日現在)

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