第5章 お弓と巳之吉②

 事件はそれだけに終わらなかった。部屋にいるはずのお弓が行方不明になってしまったのだ。歳三もうめも、お弓の捜索にかり出された。店の者たちが心当たりを探したが、日が暮れてもお弓はみつからなかった。巳之吉も住まいに居らず、ふたりでどこかへ逃げたのではないか、と噂された。

「なんだって!?お弓嬢さんの腹に、巳之吉の子が?」

歳三が小声でうめに聞いた。

「……黙ってろってお嬢様に言われたけど、あの身体で遠くまで行くなんて無理よ。早く見つけて差し上げなきゃ!」

そう言って、うめはハッと気がついた。

「歳さん、もしかしたら、恵比寿神社かもしれない。私、お嬢様がお守りを大事に持っているのを見たわ」

すると歳三も、

「そういや、巳之吉もそんなお守り持っていやがったな。女みたいだってからかったのを覚えてるぜ」

と言い、うめを見た。

「もう……なんて酷いことを!おふたりには絆の証だったのでしょうに!」

うめが顔をしかめると、歳三は

「わかったわかった。あとでいくらでも文句は聞く。今は恵比寿神社に急ごうぜ、おうめ!」

と、うめの手を掴んで走り出した。しっかりと握られたその手に歳三のぬくもりを感じ、うめは少し嬉しかった。

(お嬢様にも、この幸せを感じさせてあげたい!おふたりとも、どうかご無事で……!)

うめは走りながら祈った。


 恵比寿神社は静かで、誰もいる気配がなかった。下がった絵馬だけがカラカラと風に揺れながら音を立てていた。

「ここじゃねぇみてぇだな。他を探すか?」

歳三が言った。そのとき、絵馬を何気なく見ていたうめが声を上げた。

「歳さん、待って!」

うめが手に取った絵馬には、願い事が書かれていた。


『次の世では三人仲良く暮らせますように 弓』


うめと歳三は顔を見合わせ、慌てて近くを探した。近くに首をつるような木はなかった。

「おうめ、川だ!」

歳三は走った。ふたりは心中しようとしているに違いない。

(ばかやろう!子連れで死ぬやつがあるか!?許せねぇ!ぜってぇ死なせねぇぞ!!)

歳三とうめは川辺を探した。浜町川に沿って探していたとき、水音がした。

「歳さん!あそこに人が!」

うめが叫んだ。歳三は走り、川に飛び込んだ。まもなく、びしょ濡れの女を抱えて、歳三が川から上がった。それに続き、びしょ濡れの男が岸に上ってきた。とたんに、男に向かって歳三の拳が飛んだ。

「ばかやろう!!てめぇの女と子供をもっと大切にしやがれ!!このろくでなし!!」

打たれた巳之吉は、うなだれたまま言った。

「申し訳ありません......!すべて私が悪いのです……どうぞ町方に突き出して下さい」

巳之吉が言うと、うめが止めた。

「巳之吉さん、相対死あいたいしは死罪か晒し刑になるわ。お嬢様も同じ罪に問われるのよ。そんなことできない!」

すると、お弓が起き上がって、

「巳之吉さんは何も悪くない。私が死のうって言ったのよ。あの世でいっしょになろうって……」

と言った。すると歳三が言った。

「腹の子にだって、生きる権利はあるんだぜ!なんで親の勝手な都合で殺されなきゃならねぇんだよ!」

巳之吉も、お弓も、びくっとして歳三を見た。

「だって……巳之吉と別れさせられて、親にも認められない父無し子を生んで……この先この子がなんと言われるか……それならばいっそ……」

「お弓嬢さん、親に認められなくても、あんたもあんたの子も、幸せになる権利はある。死んじまったら、それも掴めねぇよ。世間なんて、いっとき騒ぐだろうが、すぐに忘れるさ。生きるんだ!生きていれば、道は必ず開ける!」

それを聞いたお弓は、わあっと泣き出した。


 間もなく、歳三に背負われたお弓と、うめに肩を支えられた巳之吉が店に戻ってきた。

「お嬢様!!」

奉公人たちが慌ててお弓をおろした。主人はショックで寝込んでいるらしかった。

「巳之吉!お前というやつは……!」

番頭が巳之吉に殴りかかろうとしたが、それを歳三が止めた。

「今はやめとけ!こいつも怪我人だ!」

見ると、巳之吉の足からは、血が流れている。

番頭は拳をおろし、巳之吉を厨房の方に連れて行った。

「火を焚いて、早く暖めてください。身体が冷え切ってます。それと、どなたかお医者を!お嬢様にはややが……!」

うめの言葉に、店の中が一瞬しん、となったが、すぐに皆、テキパキと動き出した。

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