11.実技試験、配信中
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集合場所は仙台駅近くのBARだった。轟ハネコは『さ~びすしちゃいまース♡』と書かれた看板を蹴り倒したい衝動を抑え、冷静にBARの扉を開ける。
うらぶれた店内には既に面子が揃っていた。三人。
「お。来たでござるねぇ」
カウンターに腰掛けているスズリが片手を挙げた。その奥ではテレビで海外ドラマに夢中になっている店主、レミーがいる。レミーは相変わらず接客に興味がなさそうだった。ちなみにハネコとレミーは旧知の仲だ。
また、もう一人――奥のカウンター席にしっとりと座っているのは、おっとりとした雰囲気を放っている茶髪の女だった。そして自然とハネコは背筋が伸びるのを感じる。
元記者の上司――現在は探索者協会で事務の幹部に立っている、リンだった。
「あっ。やっほー。久しぶりだね、ハネコちゃん。今日はいろいろと聞きたいことがあるんでしょ?」
「ええ、まあ。簡単なことで恐縮なんですが」
「とりあえず座るでござるよ。あ。レミー殿、麦茶をいただいてもよろしいでござるか」
「うい~」
スズリとリンの間に挟まるようにハネコは椅子に腰掛けた。そしてハネコは気怠そうに動いているレミーの手元を見ながら言う。
「今日、いままさに
「ん~。それなら実際に見ちゃった方が早いかも?」
悪戯なウィンクをしながらリンが言った。ハネコはすぐには理解が及ばない。実際に見るとは何事か?
同時に隣で素早く動くのはスズリだった。スズリはいつの間にやら手にリモコンを握っている。そしてレミーが「あ~」とダウナーに声を上げるとの、テレビ画面が切り替わるのは同時だった。
映し出されるのは――なんだ、これは?
突如としてテレビ画面に現れたのは湿原を飛び跳ねる
密林とでも形容すべき鬱蒼と生い茂った木々と沼の大地を、嬉々として上裸の男が駆け回っている。そして飛び跳ねまくっている。さらに流れてくるのは映像を撮っているカメラマンと
『ひぃいっ! なにが起きてるんですかぁ! 分からないですよぉ! 怖いですぅう』
その叫びはまともだった。まったくその通りだった。ハネコにもなにがなんだか分からない。これはなんだ? なにが映し出されているというのだ? あの上裸の男はなんなのだ? そしてこの湿原は? 密林は? そもそもこの映像は?
「相変わらずだね、彼は」
怠そうに呟くのはレミーだ。……相変わらず? レミーとこの変態は知り合いなのか?
「おや。まだ分からないでござるか? ハネコ殿」
「分からないって……え?」
「分からないのぉ、ハネコちゃん、また私と修行したい? 地獄の千本記事ノック。今週の土日なら空いてるよ?」
「い、いや。え、え? これは……」
「彼、ボールごっこで遊んでる」
ハネコを置いた三人でとんとん拍子に会話が進む。しかし依然としてハネコには分からない。なにがなんなのか。ただ……異様な光景であることだけは理解できる。
上裸の男は湿原を軽やかに飛び跳ねている。足下は相当な
「あれは、主殿でござるよ」
え。というハネコの驚きは声にならない。
「変装が筆記試験のときと同様でござるからな」
変装――かろうじてハネコは目で追える。男は明らかにサイズの合っていない、それこそ子供がかぶるサイズの帽子を頭に乗せていた。さらに歪んだサングラス。蛍光色の、なにか可愛らしいキャラクターの描かれているマスク。変装。
これが、烏丸ゴロウ?
「地面に注目するでござる」
泥濘に――なにかが落ちている。なにか。それは男が飛び跳ねるごとに瞬く間に
「湿原に出現する最もポピュラーな魔物でござるね。――マッド・インプ」
それは尖った耳を持つ小柄な魔物だった。FからDまでのダンジョンによく出現する魔物でもある。人間の十歳児程度の知能を獲得しており、濃縮された
数多の新米冒険者を苦しめ、危険に追いやり、場合によって死に至らしめる魔物が――いまは壊れた人形のように死体となって、泥濘に顔から突っ込んで絶命していた。
上裸の変態――烏丸ゴロウが画面上で残像だけを残して飛び跳ねると、死体が積み重なる。そして、まるで蛍のように下から上へと流れていく淡い光のノイズは、絶命したマッド・インプが粒子となって解けていく現象に他ならない。
「でも、不穏でござるな」
「うん。不穏な感じがするわねぇ」
不穏とは、なにか。驚愕の連続によってハネコは自分で考える能力を失っている。よってスズリの言葉を素直に聞く他ない。
「マッド・インプがこんなに大量発生するというのは……すくなくとも実技試験では、異常でござるよね。もちろんD級ダンジョン相当の場所ならあり得るかもしれないでござるが」
「そうよねぇ。おかしいわよね。……狸谷がなにかしら絡んでいるのかしら。いえ。でもあの人はそこまで露骨な人じゃないから。ダンジョン自体の突発の異変かしら?」
異常。異変。ああ。ハネコは思う。確かに異常だし異変だ。これは……烏丸ゴロウがいるということは実技試験のダンジョンであるはずである。つまり問答無用の最低級、F級ダンジョンの中でも比較的容易に攻略可能なダンジョンのはずなのだ。
そんなダンジョンで、マッド・インプがここまで大量発生するはずはない。
「リン殿。連絡はしないでござるか?」
「この配信を見ているのは私達だけじゃないもの。狐森さんも気がついていると思うの」
スズリがリモコンを操作する。すると画面が狭まり、代わりに配信サイトのUIが表示された。
同時接続者数――8人。コメントは0。
タイトルは――『仙台支部の実技試験攻略してみた(笑)』。
「過疎配信でござるなぁ」
「まあしょうがないわよね。意味不明だし」
「でも初回で8人であれば上々でござるかね?」
「そうねぇ。一度この画面を見ちゃうと……中々、切れないもんねぇ」
困ったようにリンは微苦笑を浮かべた。スズリも頷いた。あのレミーも文句を言わずに画面を眺めている。そして自分も――ハネコ自身も、目を引かれていた。
やっていることは意味不明だ。映っている人間も変態としか思えない。解説がなければハネコもまるで理解が及ばなかっただろう。それでも――たとえ理解が及ばなかったとしても、画面を見続けていたことは確かだった。
なぜなら――謎の爽快感と期待感がある。
「ちなみにハネコ殿に遅れて解説するでござるが、実技試験はグループで行われるでござる。どんな受験者と組んでも問題はないでござるね。ただソロだと問答無用で落とされて、試験の形式とすれば――チーム戦による競技でござる」
「……競技なの?」
「倒した魔物の種類、数。そして階層を抜けるスピード。ダンジョンを攻略して出てくるまでの時間。すべてが数値化され――今回は合計で十グループであったはずでござるから、合格は、三グループでござるね」
スズリが言い終わると同時、暴れまくってマッド・インプを処理し続けていた烏丸ゴロウがふいに画面中央で静止し、カメラに向かって、言った。
『これ、視聴者楽しめてんのかな?』
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「これ、視聴者楽しめてんのかな?」
なんて問いかけてもカメラマンをしてくれている女子高生――シラズさんの反応は鈍かった。シラズさんは「ひぃひぃ」と喘ぎながらカメラを持ってくれている。そんなになっても手を離さないとは素晴らしいジャーナリズムだ。
俺は木の枝に掛けていた服を着直して、それから
F級ダンジョン。
どこのダンジョンなのかは分からない。目隠しをされた状態でバスに乗せられてやってきたのだ。バスを降りると手入れのされていない広大な田んぼの中央だった。遠くには山と川しか見えない。
そしてそんな場所にぽつんと立っている――
黒塗りの案山子だ。顔もなにも見えやしない。しかし黒塗りの案山子こそがダンジョンへの行き先案内人である。案山子の左手に触れて五秒間目を瞑れば、あっという間にダンジョンに侵入しているのだ。
ちなみに俺はシラズさんとの二人グループである。他は最低四人、多くて六人で固まってグループを組んでいた。……これはもちろん俺の不審者然とした変装に問題があるのかもしれない。ただ、それだけではないだろう。
狸谷の策略。
たぶん俺とシラズさん以外の受験者には狸谷の息が掛かっている。グループを組む速度があまりにも速すぎたのだ。気がついたときには俺とシラズさんだけが余り物として残っていた。
「あ、あの、あの、名無しさん」
「ん?」
「これ本当に、大丈夫なんですかね? 配信なんてしてて。試験なのに」
「大丈夫大丈夫。お偉いさんに許可は貰ってるし。なんならお偉いさんの要望だから」
「は、はぁ。そ、そうなんですか。そうなんですね……」
ちなみに俺は素性を名乗っていない。名無しである。だから名無しさん。
「ま、合格しようぜ」
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