【朗報】引退したはずの元S級探索者、またF級からやり直すらしい
橋本秋葉@書籍発売中
第一部 先輩、F級ダンジョンを荒らさないで!
1.伝説の予兆
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「なあ、知ってるか。これは名うての情報筋から聞いた話だけどよ。――あの天才、
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「ゴロウ先輩、探索に戻る気ってないんすか?」
「なんで?」
半分だけ中身の入った麦茶のペットボトルを上空に放り投げる。目を瞑る。頭の中でペットボトルの軌跡を思い浮かべて――右手を出した。瞬間に重量感が手の平を押し込む。目を開けるとうまい具合にキャッチしている。
けれどまだ俺としては不満だ。もっと格好よく、もっとスマートに、それこそ蓋の部分を指の間でキャッチしたい。ということでまた上空へと放る。ペットボトルがくるくると綺麗に回った。中身が泡立っている。また目を瞑る。右手を出す。キャッチ。
てきとうな遊びだ。意味はない。でも意味のない行動が俺は好きだ。そもそもこの世の面白いことはすべて意味のない行動だとも思う。意味のある行動なんてくだらないことばかりだ。なんて。右手を出す。キャッチ。すこしだけずれていた。三センチくらい。修正をイメージして、また上へ。
現在地点は河原の土手沿いにある公園のベンチだった。隣に座っているのはテレサ。テレサという名前の、白い髪の毛が特徴的な女子だ。歳は俺の一つ下。つまりは二十二歳。
「なんでって。まあ。理由は特にないんすけど」
「嘘つけ。理由がないと俺を呼び出したりしないだろ」
「まあ。まあ。まあ。それはそうっすね」
「なんだよ。引きこもりのニートを外に呼び出して」
放る。目を瞑る。キャッチ。放る。目を瞑る。キャッチ。繰り返す。そのうちに感覚というものが掴めてくる。ある種の成功体験を――まだ成功していないにも関わらず得る。それが予兆だった。次に放ったペットボトルを俺はうまい具合に人差し指と中指で挟んでキャッチした。
それで遊びは終わりだ。飽きた。
「はあ。先輩、相変わらず謎っすよねぇ。高校のときからなーんも変わってない」
「? まあな。むしろ高校生のときから変わった人間の方が珍しいんじゃないか」
「いやいやいや。みんな大人になってますよ」
「大人のふりをしているだけだろ?」
ちなみにテレサというのは本名ではなく愛称だった。なにが由来だっただろうか? 白い髪が根本的な愛称の要因になっている気がする。けれど具体的な文脈は忘れた。とにかくテレサはテレサだった。付き合いは中学校のときのダンジョン探索部まで遡る。同じ部活で先輩と後輩の関係性だったのだ。
テレサは雪みたいに白い髪の毛を川沿いの風になびかせていた。ジャージ姿なのはランニングの後だからだろう。身体作りに余念がないのだ。それは中学校のときから変わらない。
人は変わらない。
夕焼けの光が川面に乱反射して赤と白が混じり合っていた。
「もう引退して何年っすか。先輩」
「さあ。引退したのが高校三年生の夏だからな。何年だ?」
「およそ六年ってところっすね。六年。……なにやってたんすか」
「ゲーム」
ペットボトルを軽く振りながら答える。中は気泡でぐちゃぐちゃだった。ただ俺は気にせずに麦茶を飲み込んでいく。一気に。生ぬるい液体が喉を通って胃に落ちていく。
十七歳の夏に俺は探索者を引退した。
べつに特別な理由があったわけではない。
だから普通に探索者協会の会見場で俺は堂々と言った。
「飽きたので引退しま~す」
しかしどうやら俺の発言はよくないものだったらしい。こちらに向かってフラッシュを焚いていたカメラの群れが一瞬だけ静止した。光が
「えっと……ゴロウくん。飽きたというのは?」
人懐っこく、それでいて苦笑を滲ませながら質問を飛ばしてきたのは顔馴染みの記者だった。リンさん。当時はまだ大学を卒業したばかりだっただろうか? おっとりとしたお姉さんという印象を俺は抱いていた。
俺は答える。
「探索者、飽きました。ダンジョンも、飽きました。あといまハマっているゲームがあって! そっちに時間掛けたいな~っていう。あ。探索者のライセンスも返納する予定なんで。はい。以上です~」
あのときの地獄みたいな空気を俺はこれから先も忘れないだろう。
俺は本当に本心としてダンジョン探索に飽きたのだ。探索者として活動することにも飽きたのだ。けれど俺の会見は波乱を呼んだ。全国的なニュースにもなってしまった。新聞にも載った。見出しはこうだ。
『史上最年少のS級探索者・烏丸ゴロウ、電撃引退! 原因は探索者協会か!?』
なぜにどうしてあの記者会見の内容で探索者協会に波紋が及んでしまうのだろうか? まったく俺には分からない。分からないからノータッチ。ノーコメント。というのはさすがにお世話になった探索者協会に悪いので、SNSを使って発信もした。
けれど広まった嘘というのは狭苦しい真実よりもリアルなのだ。
結果として俺は立つ鳥後を濁す、といった具合に探索者協会に迷惑をかけてしまったわけだ。まったく納得できないけれど。
ちなみに引退してから一年ほどは探索者協会にも顔を出していた。顔馴染みに挨拶するためだ。また職員の人達とも俺は仲が良好だった。よく談笑していた。……それもゲームに本格的に夢中になってしまってからは顔すら出さなくなってしまったけれど。
と。
頭上を飛び立っていく白鳥の群れを見て俺は回想をやめた。過去から現実に返ってくる。
気がつくとテレサがベンチを立っていた。夕陽を背景に、白い髪の毛を
俯き加減の表情は、深刻な色を帯びていた。
テレサは言う。細い声で。
「先輩、私を助けてくれませんか」
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