一五話 遣らずの弾雨⑥

 時は少し遡り、自然公園を穢遺地が覆い始めた頃。

 ナツは異変に一早く気が付き、現在地からデュロがいるであろう場所を割り出していた。

「ありがとうございます、コン。貴女も撤退してくれて構いませんよ」

「あの進行速度ですと…ナツ様から離れるのは得策ではありません。それに私はナツ様の侍女ですので」

「忠誠心に篤いのは嬉しいのですが、雇った覚えはありませんわ。まあでも私が王后となった際には侍女として雇ってあげましょう」

「それならシノビがいいです。北方では主に仕える従者のことを、シノビと呼ぶみたいでして」

「名称なんてなんですけれども…。殿下を救出すべく現地へ向かいますわ」

「はい、頑張りましょう」

「来てくださる、ドルェッジ」

 剣を招喚しょうかんしてナツとコンは走り出した。


まずいですよナツ様!?」

「わ、分かってますわ!ちょっと武勲を上げて、殿下に良いところを見せようと思っただけなのに」

 運動場へと向かって進行していた二人は道中でショウビと出会い、最初こそ敵と認識されていない風であったのだが、ある時を境に二人を目掛けて攻撃を行い始めたのだ。

 ナツは現在レベル38、チマと模擬戦闘をした頃と比べてレベルが2も上がっているのだが、相手は推奨レベル60以上と大きな差がある。国が指し示す推奨レベルとは、その段階で取得してるスキルポイントの六分60パーセントを戦闘スキルに割り振っている前提のもの。

 仮にナツが戦闘スキルにのみ振り分けていても、六分で36となり限々ぎりぎりな状況。

「ナツ様、あの花弁から発せられる花粉だか霧だかは毒性を帯びているみたいです!毒察知が反応しました!」

「あの強さで毒まで!?もう!!」

(これら相手にに守ってばかりの後手は不利。…というより斬っても斬っても身体を繋ぎ合わせて再生していますから、ジリ貧になるのは火を見るより明らかですわ。ならば短期決戦、癪に障りますが――)

 ナツは姿勢を低く屈めてから剣を背負うように構えをする、そうチマの使っていた夜眼剣術に近い体勢のものを。

 じゃり、と地面をつよく踏みしめて鍛え上げられた筋肉を発条バネに、弾丸の如き速さで距離を詰めては全身で剣を振りかぶるようにして、ショウビの胴を真っ二つに斬り裂いた。

「よしっ!コン、さっさと撤退しましょう!此処は分が悪くってよ」

「はい、ナツ様。正直、この魔物相手は厳しいものがあります」

「スキルやレベルを過信しないようにしていましたけど、逸る気持ちを抑えられない辺り…私も未熟ですわね」

「ご自身で気がつけたのなら大きな一歩ですよ」

「そうかしらね」

 二人は雨に濡れながら泥濘に足を取られないよう、宿へと向かっていけば川へと当たり、コンが緊迫した声を上げた。

「っ?!ナツ様!」

「魔物でも前方に現れましたの?」

「違います、川岸にアゲセンベ・チマ様が」

「アゲセンベ・チマが?彼女はデュロ殿下と行動中のはずですけれど、…近くに殿下がいたりは?」

「単身です。川から打ち上がった状態で、意識があるかも不明、かと」

「それを先に仰ってくださいな!?どこにいますの!?」

「雨で視界が悪いですが、あの辺りに。この国に夜眼族やがんぞくはアゲセンベ・チマ様とアゲセンベ公爵夫人しかおりませんので、確実でしょう」

「救出に向かいます。彼女が危機に瀕しているのであれば、助けることで貸しが作れますし、殿下からの評価が上がるでしょうから!」

「私も同行します。川へは若干の高低差がありますので、」

「私は此処から斜面を下っておりれますわ。コンは迂回してらっしゃい、魔物には気をつけるようにね」

「畏まりました」

 返答を聞いたナツは勢いよく飛び降りて、剣を斜面に突き刺して速度を殺していき、ある程度の着地点を定めては斜面を蹴り飛ばし、対岸のチマ近くへと着地を決めた。

「アゲセンベ・チマ!生きていまして?!」

(意識はありませんが、呼吸は…あるから、水は飲んでいないということでしょうか。脈拍もあり、体温は…夜眼族の体温なんてわかりませんが、意識のないこの状況下で、濡れたままで良い理由わけがありませんわ。近くにブルードの養女は…見当たりませんし、護衛の二人も。先ずは……雨を避けるのが先決!)

 半身が川に浸かった状態だったチマを引き上げ、肩に担いでみれば体毛が水を吸っており異様に重い。

 身体能力強化の影響もあって、増した体重そのものは問題ないのだが、足元は濡れた石の転がる川岸。体勢を崩してチマ諸共に川へ落ちないよう細心の注意を払って、木の根元へと彼女を降ろす。

(外傷は…、もも脹脛ふくらはぎに裂傷、だけでしょうか。大小打撲が有ると思われますが、体毛のせいで全く判別が出来ませんわ…。なんなのこの面倒くさい種族は…)

 裂傷を塞ぐ可く手巾を取り出し止血を行い、上着を脱いでチマへと着せていく。

(これが限界ですわね。コンが合流次第、アゲセンベ・チマを担いで川を下り、プーレット湖を回りながら宿へと戻りましょう。……問題はその後、…後で対処するほかありませんわ)

「おまたせしましたナツ様。アゲセンベ・チマ様は如何です?」

「一命は取り留めているみたいだけど意識は不明。分かりやすい裂傷は止血し、私の上着で体温の低下を抑えていますが…」

「この雨の中、魔物が現れる状態での運搬は厳しいものがありますね…」

「ええ。近くにアゲセンベ派閥の者は見えない?」

「今のところは…」

「なら急いで宿へと向かいましょう。この女が死んだところで、私が有利になることなんてありませんし、命さえ取り留めてくれればかなりの功績よ」

「わかりました。では私が先導いたしますので」

「お願いします、コン」


 ダン、カチャン。ダン、カチャン。ゼラが発砲はっぽう排莢はいきょう装弾そうだんを繰り返して魔法銃を撃ち放てば、迫りくるショウビは二発で一体が倒されていき、狩り漏らしをビャスを中心にシェオが補助して穢遺地と化した自然公園を突き進んでいく。

 チマから遠く離れてしまった現状、力が制御し難い状況ではあるのだが、チマを救出したい一心で身体を最善の状態で扱えているようで、ゼラの足を引っ張ること無く対処出来ている。

「…、あちらです」

「っぼ、僕も同じ方向から」

「。」

 シェオとビャスが何故にチマの位置を認識できているか、なんてことをゼラは気にする風もなく、「従者の二人がそういうのなら」と同行していく。

「っ。」

 何かしらの音に気がついたゼラは進もうとする二人を制止し、発生源へと視線を向けては魔法銃を構えて待ち伏せる。

「やっぱり!ビャスさん、シェオさん、ジェローズ騎士!」

「「リン様!?」」

 リンだと分かればゼラは魔法銃を下ろし、彼女の周囲にチマがいるかどうかを確認していくがいないと理解すれば、頭頂部で夜眼族の耳を表す手振りをして所在を問うた。

「チマ様は、…私を庇って川に落ちてしまい…、未だ(生きていると思うのですが)…、えっとこの雨では視界が優れず、捜索に協力していただけませんか!?」

「我々もお嬢様の救出に来ました。なんとなくですが所在は分かっているので共に向かいましょう!」

「場所が、分かるのですか?」

「はい。感覚が正しければ」「っす、スキルの影響かと」

(『怠惰たいだ仕徒しと』、デバフスキルかと思っていたけど、パーティ契約と同じ感覚で場所がわかると認識していようかな。でも、それなら盲愛もうあいとかいう統魔族の言っていた、チマ様が生きているというのは事実のはず)

「じゃあ急ぎましょう!」

 といったところでショウビが姿を現して、四人によって塵芥へ変えられて残響炭が転がるのみとなった。

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