七話 スズキのカルパッチョ!⑤
(生魚のカルパッチョ!?この王都で!?)
リンは食卓に並べられた食事を楽しんでいたのだが、
(最っ高~!)
「気に入ってくれた?私も好きなのよね、カルパッチョ」
「ええ、最高です。海のお魚を新鮮なままいただけるなんてなんて幸せなんでしょう、チマ様には美味しいものばかりご馳走してもらって」
「ふふっ、
「帆立も?!」
(王都もルドロ村も海から遠くて、生魚文化は産まれて以来!今日というこの日はカルパッチョを堪能しなくっちゃ!)
(なんか…感動している?リンって魚介好きだったのね。事前に呼ぶことが分かっている時は、料理人たちに頼んでおこうかしら)
幸せそうに食事をするリンをみて、チマは微笑みながら新しい小皿へ食事を取っていく。
「ところでリンさんの故郷はどんな場所なのでしょうか、私はカリント出身ということもあってあまり方々には詳しくありませんの」
「私はルドロ村という場所の出身でして、
「葡萄の。なら葡萄酒などはブルード領産が多かったりするのでしょうか?」
「そうなりますね。確か…国内では一番の生産量だとかブルード男爵が仰ってました。雨が降りにくく乾いた、日照時間の長い寒暖差の激しい土地、ちょっとした苦労の耐えない場所です」
「大変ですねぇ。リンさんのご実家も葡萄農家を?」
「はいっ。名前の通り
「ブルード領の高級葡萄酒はどれも有名だね。たしか…先週に飲んだのが、そうだったはずだよ」
「そうだったのですね。渋みの少ない爽やかな口当たりは、ついついグラスを傾けてしまう魔力があり、非常に美味しい一品でしたわ」
「っ、帰郷した際にはマイ夫人からお褒め頂いたとお伝えします!」
「よろしくお願いしますね」
(めっちゃいい人たちっぽい、流石チマ様のご両親!…なんて言えたら良かったんだけど、レィエ宰相周りは確実に可怪しくなっている特異な存在だ。どういう考えの下で行動をしているかは不明だけど、
表情に出したりはしないものの、一挙動一投足を気にかけながらもリンは夕餉を楽しんでいく。…よくもまあ楽しめるものだ。
「ブルード・リン嬢、一つ話があるのだけど席を移しても構わないだろうか?」
レィエが提案すると同時にトゥモが食堂内に机と椅子を並べさせて、机上には加工残響炭と
「赤色角灯なんて用意して、なんのお話をするつもりですの?」
「西方領の事を聞いておきたくてね」
ふぅん、と吐息を吐き出したチマは、尻尾を揺らして食後の甘味を突く。
赤色角灯とは密談用の魔法道具。一定はいないでの会話を外に漏らさない品で、色が濃くなればなるほど効力が増す。真っ赤なこの角灯は、音だけでなく唇の動きまでも読み取ることが出来なくなる、上位貴族御用達の逸品だ。
「畏まりました」
(堂々と行動を起こしてきたし…、西方領と言われてしまえばブルード家のこともあるから断れない)
席を移して対面すると先程までの柔らかな表情のレィエとは異なり、真面目な仕事をする宰相の表情である。
「前座たる雑談はもう十分しただろうから、単刀直入に問わせてもらう。チマに
「…、チマ様が幸せに楽しく“来年”を迎えられる為です」
「来年、ね。やっぱり君もこっち側か」
「ということは、レィエ宰相も、ですか?」
「ああ、驚かされたよ。まさか推しの父親に転生するなんて思いもしなかったからね」
「…。ということはレィエ宰相はチマ様の為に、世界を狂わせていると」
「そういう事だ。私としては正史を迎えてチマを失う選択肢はない。本来であれば敵にしかならない君への妨害を兼ねて、多くを変えさせてもらったのさ。多少、悪いとは思っているけれどもね」
「お陰様で初動は確実に遅れましたよ…」
「唇の動きは隠せても表情は隠せないから変えないように」
「はいっ!」
リンは居住いを正した。
「チマ様のスキルが一つだと公表したのはレィエ宰相で?」
「それは明確な私の失態だったよ。チマを落胆させぬよう、適切な機会でのスキル開示を行う予定だったのだけど、使用人が
「それで運悪くスキル数が明るみに出てしまったと。
「私が登城している間の出来事で対応に遅れてしまった、最大の誤算だよ」
「でも、今の使用人の方々を見るに、言いふらす風でもありませんが」
「その影響で虫の始末が進んだのだよ」
「そうですか」
「で、先程の君はチマの幸せを第一に考えていると言っていたね。攻略でもする心算かい?」
「チマは好きなキャラですけど、チマ様ではありませんし私に同色の好はありません。チマ様が頑張れるお手伝いをと考えております、先ずは学校での生徒会活動。お友達も出来ればいいのですが、チマ様は少しチョロい気が感じられるので…」
「…、否定はできないね。…そうだねぇ、君が道を
「同じ転生者と協力出来るのは願ったり叶ったりなんですが…、何をさせる心算ですか?」
「なに簡単なことさ、チマと
「承知しました。とりあえずは普段通りでいいということですね」
「嬉しい返事だ。努力します、なんて言われたら対策を練らないといけなかったからね」
「っ!」
レィエからではなく、何処かから刺さる鋭い視線に驚くも、表情と態度は変えずに貫く。
「仲間でないのなら手段は選ばないと…」
「そんなことはしないさ、今のも手違い。やりたい事の時期を遅らせてもらうよう、こちらから利益の提示なんかはしたけれど。多少の金銭支援や動きやすくなるための助力とかね」
「…、私の目的はチマ様の生存ルート、願わくば幸せに暮らしていけるようにお手伝いをすることなので、レィエ宰相と敵対することはありません」
「ありがとう、感謝するよ、同志」
「ところで、他にもいたりするんですか?転生者って」
「私と君以外は知らないね」
「そうですか。とりあえずは頑張りましょうか」
「そうだね。チマもそろそろ可愛い膨れっ面になってしまいそうだし」
二人はチマに視線を向けては手を振って、転生者同士の密談を終える。
「お真面目そうな密談でしたわね、お父様」
「もしかしてお父様を取られないか心配なのかい?お父さんうれしいなぁ」
「赤色角灯まで使ったのですから、それ相応に重要な事柄なのでしょう。ですから詮索はいたしませんわ。ですがどんな内容でもリンを脅したりはしないでください、大切なお友達なので」
「む、妬けちゃうなぁ。なんて、チマに友達が出来てうれしいよ。リン嬢、チマとは末永く友人ていてほしい」
「はいっ!」
二人は食卓に戻って歓談を再開する。
(ラスボスと黒幕、その両方に協力することできる状況を作れた。後は統魔族を討つだけ)
(主人公と攻略キャラの数人が味方に加わっている。この状況であれば)
転生者二人は未来へ準備を整える。
(眠れる魅惑のもふもふお嬢様っっ!く~っ、神!)
翌朝、チマより先に目をしたリンは同じ寝台で眠りについていた彼女の顔を眺めながら幸せに浸る。ゲーム内では見ることの出来ないスチルを脳内に記録して、いつでもギャラリーモードで楽しめるように一秒たりとも無駄にすることなく見つめていく。
「う…」
「?」
「
(どんな夢を見ているんだろう…)
なんて考えていると部屋の小扉からマカロが入り込んできて、チマの隣で丸くなり欠伸を一つ。リンは眼福だと暫くの間、横になって寝顔を眺めていたのだという。
畑の宝石が
まあ色々とあったけど、貴族の友達も出来て元気にやってるよ。
それでね。公爵様のご令嬢が仲良くしてくれて夕食に呼ばれたんだけど、その時に公爵夫人がブルード領の葡萄酒を褒めてくれてね、ちょっと嬉しくなっちゃったから手紙を書いたんだ。
「へぇ〜、リンのやつ公爵様の娘さんと仲良くなったんだってよ。そんでブルード領の葡萄酒を褒めてもらったと」
「社交辞令かね?」
「ブルードの葡萄酒は国内一だし、
「とりあえず、収穫したらリンに葡萄さ送りつけるか」
「だな」
ルドロ村の面々はリンの手紙を読んで、彼是と話していく。
「賢い娘だと思ってはいたが、公爵様の娘さん仲良くできるとはな」
「公爵様って…公候伯男、一番上の貴族さんか」
「たしか…公爵様ってと王族だず?すごいでや」
「はえー。まあアレだな、男爵様相談してどういう葡萄送るかきめるとすっか」
田舎娘の大躍進にルドロ村は活気づく、本人の知らぬところで。
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