スキルポイントなんて不要だわ!

野干かん

一話 スキルポイントは余り気味!

「『勇者ゆうしゃ』なんて仰々しいスキルを持っているのにレベルが上がり難くてスキルを割り振れない、ねぇ」

「。」

 少年は口を開きかけたものの、喉の奥がつっかえて言葉を吐き出せず、二度三度首を縦に振って首肯しゅこうし意思を伝えた。

「私とまるで逆ね。スキルポイントは腐る程貯まっているのにスキルが一つしかなくて、それも上限いっぱい。…まぁ上限が1なんだけど、『スキルポイント』なんて『譲渡』出来たら良かったのに、『全部』ね。―――へっ?」

 辟易へきえき、そんな表情をしていた少女の手の甲から光が溢れ出て、巻紙が現れては余剰スキルポイントがみるみると減っていく。奇妙な光景に一同が目を丸くしていれば、たちまち数値は0になってしまった。

「ねえ、私のスキルポイント、なくなったのだけれど?」

「みたいですね」

「っ!」

 三人は彼女の巻紙を端から端まで確認していく。


―――


 朝の日差しが少しばかり眩しい初夏の頃。絹糸シルクあつらえられた豪奢ごうしゃ寝台しんだいから、しなやかな銀灰色の尻尾を垂らし、眠っているのは一人の少女であり、掛布からはみ出た顔や手足には同じく銀灰色の体毛が全身を覆っている。

 カチャリ、寝室の扉が開かれれば、頭の頂から生えたる獣の耳が揺れ動き掛布へ頭を埋めて身体を小さく縮こめた。

 入室したのはピシッとした意匠のこった使用人衣に身を包んだ、眠れる彼女のような獣らしさを感じさせない、所謂いわゆる人間的な若い男。

 美形ながらやや男らしさのある顔立ちで、艶のある茶色髪を揺らしている。

「お嬢様、朝ですよ朝。登校まで時間がありませんよ」

「…今日は休み」

「そんなわけないじゃないですか。こんなに休んでいては御学友から忘れられてしまいますよ」

「友達なんていないし。シェオは知っていることじゃない」

「作るんですよ、学校で!」

 はぁ、と溜め息を吐き出して姿を見せたのは、人の形状をした猫のような種族のお嬢様。

 よく手入れされていることが伺える、流れる青みがかった灰色髪。全身を覆う滑らかな体毛に、口を開けて欠伸をすれば人よりも僅かに長い牙のような歯々、そして琥珀こはくが収まったようなきらめオレンジ色の瞳。やや小柄な彼女は美少女と言うに相応しい容姿の持ち主である。

「ふぁあぁ…はふっ。…別に学校なんか必死に行ってい人見つけなくても、お父様か伯父様が丁度いいお婿さんを選んでくれるでしょう、勉強に関しては家庭教師でどうとでもなるじゃない。試験だけは受けに行くわよ」

「結婚後どうなるのですか?社交も必要ですよ」

「そんなの伯父様とアゲセンベ家我が家のだけ顔を出してれば十分でしょ」

 自身の手で髪をけずっているだけの姿なのだが、見目麗しさと猫系獣人である夜眼族やがんぞく純人族すみびとぞくの混血たる彼女の愛らしさから、これ以上なく様になっている。小机の抽斗ひきだしからくし刷子ブラシを取りだして、髪を後ろで一つにまとめては、髪と体毛の手入れを行っていく。

「お嬢様、毛繕いブラッシングは寝台の上で行わないでください。今は換毛期でしょう?」

「…、そうだったわ、ごめんね。履物を取って」

 なんともまあ自由気ままなお嬢様に、侍従は「今日も不登校か」と諦めて世話を焼く。


 猫系なお嬢様の彼女は、アゲセンベ・チマ。宰相さいしょうを務める王弟を父に、夜眼族の国の第九王女を母に持つ、王位継承権を保有する王族の一人。

 そして彼女の父は王位継承権を返還し公爵位を授けられている為、公爵令嬢という存在でもある。

 そんな華々しい出自のチマであるが、不登校になるのには理由があって。

「学校に行きたくないのならレベル上げでもいたしましょう。多少レベルが上がれば、…気が楽になるのではありませんか?」

「レベルなんて上がったところでスキル至上主義のドゥルッチェじゃあなんの役にも立たないじゃない。見なさいよ、これ」

 手の甲に二周円を描き、フッと息を吹きかければ半透明な巻紙スクロールが現れて伸ばされていく。

 書かれている文字は、アゲセンベ・チマ。レベル4。保有スキル、怠惰たいだ【1/1】。

 このドゥルッチェ王国では本人のレベルと、保有スキル数とスキルレベルをその人の優秀さを表す指標としているため、スキルが一つしか存在していない彼女は…嘲笑あざけりの対象なのだ。

「スキルポイントなんて20も余っているのよ?使い道がないのに、お笑い草よね」

「20?2ポイントではなくて?」

「怠惰に割り振ってからは一〇倍も手に入るの。嫌がらせかしらね」

「なら色々試して後天的なスキルを発生させて、割り振ってみてはいかがでしょう?」

「はぁ…。ねえシェオ、貴方は何時いつからアゲセンベ家に仕えているのかしら?」

「お嬢様が八歳の時、七年前からですね!」

「貴方と一緒に色々と試してきて私は結構楽しかったのよ」

「ははは、侍従の冥利みょうりに尽きますとも」

「…。それなのに!なんッのスキルも発現してないのよ?!…少しは諦めてしまいたくなる気持ちを理解してほしいわ」

「でも諦めてはいないのでしょう。これまでも頑張ってきたのですか一緒に歩んでいませんか?」

「シェオ…」

「お嬢様っ!」

「シェオ、貴方は私との挑戦でどれだけのスキルを習得したのかしら?」

「え゙…、あー、すぅー、二個くらいですかね」

「なら片っ端から言ってみなさいよ」

「えーっと、楽器三種、手芸、園芸、料理に舞踊、剣舞、槍術、一部の魔法と騎馬等は元から持っていましたが上限が上がりましたね!」

「ぐぬぬぬぬー!スキル泥棒じゃない!」

「そ、そんなことありませんよ。ただ、お嬢様とご一緒しているときにだけ妙にスキルが取得し易いってだけで」

「ぐぬぬぬ、ちょっとシェオ、貴方のスキル見せなさいよ!」

「お嬢様、そういうことを他人に強要してはいけませんよ?」

「そのくらい知ってるわよ。シェオ以外に言うもんですか」

「…へ、へぇ、そうですか。なら仕方ありませんね」

 チマと同じ動作をしたシェオはスキルを表せば、そもそも巻紙の長さが違うわけで。

 キャラメ・シェオ。レベル49。保有スキル、風属性魔法適性【10/38】、魔法射程強化【10/10】、魔法威力強化【10/15】、格闘術【10/14】、身体能力強化【5/23】、毒察知【2/5】等々。

 戦闘面に有効なスキルが平均的に取得されており、スキルポイントの振られてないスキルが途中からズラーっと並んでいる。

「は?」

「いやぁ…」

「世の中ってこんなに不公平なものなのね」

「お嬢様はこれからですよ、これから!さあ、気を取り直して何かしましょう」

「今日のやる気、なくなったわ。毛繕いすらもう無理、午後から何かするから。ちょっと漫画取って、どれでもいいから、空想に浸りたい気分なの」

 ペチャリと長椅子に横たわったチマは、まるで液体化したかのように力なく、無気力な表情で本棚を指さしている。

「…わかりました、どれにしますか?」

「なんでもいいわ」

 本棚から三冊ほど抜き出して、手渡せばページめくりのんびりと読み始めシェオは大人しく退散。入れ違うようにアゲセンベ家で飼われているマカロという猫が部屋へとするする入ってきて、チマの隣で丸くなっていく。


「やはりドゥルッチェでは厳しい、だろうか」

「スキル至上主義ではないカリントに、留学という形で行ってもらうのも手ですけれど、チマはドゥルッチェ王国でもカリント国でも王位継承権を持つ一人ですからね。得策とは言いかねますよ」

 カリントという国は比較的スキルの数が少ない者に対する風当たりが優しい部類の国だが、女性の言った通り王弟の娘、そしてカリントの王女の娘という二重に王位継承権を持つチマには、良からぬ虫が多く寄ってくることになるだろう。

「きっと、きっとお嬢様なら再び立ち上がって、新しい道でも今までに通った道でも進んでいくと思います。ですから」

「わかっているさ、そのためにシェオが付いているのだから。隣で支えてくれる相手がいるのなら何処でも、…何処でもあの子はやっていけると思うのだけどね?」

「そうですね、…」

 とアゲセンベ夫妻はシェオへと意味深な視線を向けて、彼は頬を僅かに上気させて困った顔を見せる。

 二人の食事を終えて、レィエが職務で登城しようかという時の頃。扉が大きく開け放たれて、マカロを抱き抱えたチマが顔を見せた。

「シェオ!レベル上げに行くわよ。お父様お母様おはようございます」

「「おはよう、チマ」」

 チマは両親に寄っていっては頬に口づけをする。鼻の下から伸びる、やや硬質な髭が頬に当たることを父親のアゲセンベ・レィエは喜び、口づけの後に頬をすり合わせてくるチマに母親のアゲセンベ・マイは微笑んだ。

「お嬢様、急に気が変わったようですかが…?」

「漫画を読んでたらやる気になったのよ。ある程度上げて駄目ならそれまで、諦めて自堕落に暮らすけれど、…やってみないとわからないものね!」

「はははっ、頑張りなさいチマ。お父様はどんなチマでも応援しているからね」

「ありがとう、お父様!」

「では、お食事にいたしましょうか。満たぬ腹ではレベル上げもままなりませんからね」

「ええ、準備をお願い、皆」

 「かしこまりました」と使用人等は動き回り瞬く間に配膳をし、チマは美味しそうに平らげたのだとか。


「それじゃあ行ってきますわ~!お父様もお仕事頑張ってくださいね」

「気をつけるんだよ、チマ」「いってらっしゃい、チマ」

 ブンブンと手を振り頻り、シェオに荷物を持たせた彼女は蒸気自動車に乗り込んではブラッシングを始めていた。

「では発車しますよ。安全帯はしっかりと着用してくださいね」

「もう着けてるわ」

 座席から伸びる帯を腰に回していることを確認し、シェオは踏板に足を乗せ安全運転で屋敷を後にする。


 蒸気自動車が走りゆくのはドゥルッチェ王国の王都。ドゥルッチェは大陸を縦断するルーラー山脈の東部に位置する国で、一年を通して温暖寄りの気候が保たれて、過ごしやすい気候が特徴的だ。

 冬という区分もあるのだが気温は氷点下を下回らず、夏も日陰で過ごす分には問題のない気温である。

 そんなドゥルッチェ王国の建築様式は石やコンクリートを用い、落ち着いた色合いで構成されており、周辺国からは地味だのなんだの言われる街並み。とはいえドゥルッチェ国民はこの街並みに誇りを持っているため、他国の色鮮やかな建物を見れば「下品だ」「玩具みたい」とそしる、とても愉快な国家関係を築いているのだとか。

 人口の九分九厘ほぼすべて純人族すみびとぞくで、チマやマイの夜眼族やがんぞくはおろか他種族は見かけるのですら稀、彼女たちは好奇の目に晒され続けていたりする。…まあ本人らは種族的な事を、大して気にしていないのだが。

 屋敷から蒸気自動車を走らせて早二時間。うとうとと舟を漕いでいるチマを起こすべくシェオは声をかけてた。

「お嬢様、そろそろ到着ですよ。眠気を払わないと危ないので起きてくださーい」

「ふはぁっ、…ん~、もう着いたの?ちょっと、休憩…」

「休憩もなにも、車に揺られていただけじゃないですか…。というか穢遺地あいゆのちはもうぐなんで起きてください、何かあったら大変なんです」

「シェオが護ってくれるでしょ?…まあ起きないといけないわね」

 ぐぐっと伸びをして、チマが目にするのは色彩が失われ灰一色となった郊外の土地。

 ここは穢遺地という六五〇〇年前に統魔族とうまぞくと呼ばれた者たちが、神々へと反乱を起こし大戦争を起こしたという名残り。世界中にこの様な土地が残っており、長い時を経ても今尚魔物が生じる場所なのだとか。

 大戦により多くの神々が傷付き、長い眠りに就いた今は、穢が遺るこの地を浄化することが不可能となり、これらの対処を行うのは領地内に住まう者らの役割で、その国々のやり方に応じた対処がなされている。

 さて、そんな場所に足を運んだ二人だが、「有用なスキルもないチマがこんな場所に来て良いのか」という話し。

 結論から言えば問題はない。穢遺地に現れる魔物は場所ごとに決まっており、王都から程近いこの場所は簡単に対処できるような相手しか湧き出てこないので、レベルの低い者がレベルを上げるのに最適。実際に周囲へと目を向けてみれば、ところどころに、へっぴり腰な人が見受けられる。

「お嬢様、得物はこちらに」

「ありがとう、シェオ」

 受け取ったのは柄に護拳ごけんの有る片刃の刀剣で、サーベルと言われる武器だ。さやから抜き取って一振り、使い心地に問題はなく、刀身を見つめれば鏡のようにチマの顔が映る。使用人が丁寧に手入れををしていることが伺える一品に、笑みをこぼす。

 そして綺麗に整っているものの、余計な装飾がないのであくまでも実戦用の刀剣であることが伺え、彼女は気合をいれていく。

「剣術の稽古は長い間してきたけど、実戦に耐えうるかしら」

「いざとなったら私が援護しますので、お嬢様は自由に動いてください」

「はぁ…、レベル上げ開始、ね」

 この場所に現れるのは、五〇センチ程の大きさを藁束わらたばが人や動物の形を模した存在で、名前はワドウといい、非常に弱い魔物だ。

 チマを見つければ身体を膨らませ、ぽさぽさと駆け出し、そこそこに勢いよく飛びかかってくるではないか。

(このくらいなら余裕かしら。…油断はしないけれど)

 片手で握ったサーベルをしっかりとした剣筋で振るい、ワドウの一匹を斬り裂いて刃を返しては振り上げて更に一匹を真っ二つにする。

(スキルを所持していませんが、優秀な師のもとで稽古は十分に積んでいますから、これくらいの相手であれば危なげなく対処できますね。……惜しいですね、本当に)

 割りかし長い期間を剣術の稽古に費やしていたチマ。実力は十分で強い相手にも十分に立ち回れるほどの実力は身につけているのだが、剣術に関するスキルを所持している者であれば、もっともっとの高みを目指せていた故に、持たざる者には厳しい世界である。

 複数匹に囲まれようがお構いなし、迫りくるワドウを斬り裂き続けていけばチマのエンジンも掛かってきて、みるみる内に動きが研ぎ澄まされていく。元来、夜眼族という種族は身体能力にすぐれた者が多く、半分はその血を継いでいるので適応も早い。

「ふぅー…、はっ!」

 飛び跳ねるように動き回ってはワドウを潰してまわり、三〇分程経って肩で息をしながらシェオの許へと戻ってきたのだ。

「どう?もう十分じゃないかしら?」

「ええ、素晴らしい立ち回りでしたよ。騎士にでもなれるのではないでしょうか」

「そんなわけないじゃない、調子がいいんだから」

「はは、見惚みとれるくらに良い動きでしたよ、本当に」

「ふぅん、ありがと」

「ではレベルを確認してみましょう。スキルが生じているかもしれませんし」

 そうね、と返答をし、巻紙を出してみればレベルは7、余剰スキルポイントは50。そして新たなスキルは。

「無いわ。まあそんなものよね。ちょっとだけ期待していたのだけど、期待しただけ損だわ」

 はぁ…、と小さく溜息を吐き出しては穢遺地に視線を戻す。

「まあいいわ、もうちょっとだけレベル上げしていこうかしら」

「その意気ですよ、お嬢様!そうそう、ワドウを倒した際に黒い塊が落ちる事があるじゃないですか、アレが残響炭といって蒸気自動車や色んな道具を動かす燃料の素材になるんです」

「へぇー、あんなのが残響炭だったのね。初めて見たわ」

「ええ、そうです。いくつか色で種類分けされますが、今回のは一番見かける黒色残響炭。回収して売ればちょっとした小銭稼ぎになるので、集めて売却しましょうか」

「お金にねえ、小銭というけれど今落ちているのでどれくらいになるの?おやつ一食分くらい?」

「漫画半分くらいですね、多分ですが」

「少額、ってことかしら?」

「そうなりますね、簡単に手に入るものですから」

 チマは興味を失ったようで残響炭には目もくれず、黙々とワドウを倒していき。シェオは落ちている炭を袋へと詰めていく。

 トントン、と地面を跳ねる予備運動から、限界まで屈み跳び出すチマ。先ずは横薙ぎの一閃、そしてもう一匹を蹴り飛ばしては、飛び越えがてらの宙返りの最中にサーベルを振るい瞬く間に計三匹を処理。

 難なく着地をしては一呼吸し、サーベルの投擲を命中させては足元に転がっていた石を拾い上げもう一匹を。

 明白あからさまな格の違いを感じ取ってしまったワドウは、敵わない相手だと察して踵を返して逃げ去っていく。

 こうなってしまえば危険もない、乗りに乗ったチマの一方的な狩りが始まり始まり。

「…。」

 そんな光景に息を呑むのがシェオ。先程の軽口が、騎士になれるという言葉が真実味を帯びる、そんな身のこなしだ。

(夜眼族ということもあるのでしょうが、スキルが無いと思えない実力です。…それもこの短期間で、改めて実戦を経験したからか動きが格段に良くなっていきますね)

 忙々いそいそと残響炭を回収しながらチマの活躍を見守りつつ、レィエらに報告する為の文言もんごんを考えるシェオであった。


―――


 あまり遅くなると、特に夜間と成れば穢遺地の危険性は大きく跳ね上がる。おやつ時を過ぎた頃、そろそろ帰る時間だとシェオが促し、チマがそれに頷く。

「残響炭が結構拾えたみたいだし、帰りにおやつでも買って帰りましょうよ。そうね、シュークリームが食べたいわ」

「多分ですけどアゲセンベ家に仕える料理人が作るものよりは、質が劣ってしまいます。それでも良いですか?」

たまにならいいわよ。動いたら甘いものが欲しくなったの」

「そうですか、ならいいんですけど。とりあえず車に戻りましょうか」

「!」

 チマがサーベルを鞘へ納めると同時に、耳がピクンと大音を捉え、振り返っては再びサーベルの柄を握りしめた。

「どうしましたお嬢様?」

「来るわよ、危険なのが。――、ヒィ?!」

 全身の毛を逆立て、尻尾をピンと張り膨らませたチマが見た相手は、数メートル、十数メートル、…いやそれ以上はあろうという体躯をした大蛇。

 それが一人の少年を追い掛け、彼女たちの方へ向かってくるではないか。

「アカバミが何故こんなところに。お嬢様は後ろに下がって下さ…あっ」

 シャー、とでも言いた気な警戒の表情をしたチマを見たシェオは、彼女が大の蛇嫌いであったことを思い出す。夜眼族全体がそうだったりするのだが。それは置いておき。

「シェオ、貴方一人で対処は?」

「まあまあですね、格下多数相手は得意なんですが、大物は苦手で。…多少怪我はするかもしれませんが、お嬢様を護り切ることはできますよ」

「私が加勢したら、シェオとあの少年と貴方の安全は担保できるかしら?」

「…、問題なく。狩れるかと」

「じゃあ行くわよ!あんな化け物をのさばらせていいわけないのよ!それに…うねうねしてて気持ち悪いわっ!」

 踏み出したチマは急加速でアカバミの許へと走り、大口を開けて少年を喰らいつこうとしている、その横っ面へとサーベルを突き立て追撃の蹴りを加える。

「、?!」

 眼を丸くした少年はチマの姿を見ては驚き、転びそうになったものの、加勢してくれる者がいるという事実を感じ取っては、腰にく剣を手にしてきびすを返す。

疾走はしれ、フーア!」

 シェオは衣嚢ポケットから手袋を取り出して左手に装着し、言葉とともに指で空を斬れば半透明の慈鳥カラスが飛び出していき、アカバミに飛び込んでいき無数の風の刃とともに破裂する。

「今!下がるわよ!」

「!、ッ!」

 少年はチマの言葉に頷いて、後を追うようにシェオの許へと合流を果たす。

「集まれ進め砕けよ、フーキッ!」

 掲げられたシェオの左手を中心に暴風の渦が形成されては、握り拳ほどにまで圧縮されれば射出され、風の刃を無数の放ちながらアカバミを細切れにするのであった。

「…シェオって、本当に強かったのね」

「お嬢様の護衛兼侍従ですから。然し…なんでアカバミなんかに追われていたのですか?ここより暫く離れた場所にしか居ないはずなのですが」

「っ、……っっ…あ、ああ、ああの、れれれレベルを上げてたら、…っっでで出てきて」

(話し始めるのに時間がかかり、ひくひくと呼吸をつまらせるような仕草、そして話し始めに連続する言葉。吃音症きつおんしょうでしょうか)

(話すのが苦手な子なのね)

「自分の話しやすいように話しなさい、私たちは急いでいるわけじゃないのだから」

「っ、」

 こくり、と一度首肯しゅこうして、少年は話し始める。

 彼もレベルを上げと生活費を稼ぎに、普段から仕事の合間に穢残地に出向いているとのことなのだが、レベルが他のものと比べて異常に上がり難く、ちょっとでも強い相手と戦って早くレベルを上げようと奥地に踏み込んだところ、ここには居らず敵うはずもないアカバミと遭遇してしまい今に至ったのだという。

「ふぅん、レベルが上がり難いなんて大変ね。私は無駄にレベルだけ上がってるのに」

「お嬢様、今のレベルはいくつなのですか?」

「14だって、スキルは…もういいわよね、増えてないわ」

 スキルポイントは120。他の者からすればレベル120相当なのだが、残念ながら割り振れるスキルがなければレベル1と代わりはない。

「っすすスキル、一つだけなんですか?」

「そうよ。しかも『怠惰』なんていう記録にもない意味不明のスキル。はぁーあ、攻めて剣技とか魔法に関するスキルなら一つでも諦めがついたのに」

「ぼぼぼ僕は、スキルはあります、が。っ、レベルが全然で」

 そういって少年は自身の手の甲をさすり、息を吹きかけて巻紙を出す。

 ティラミ・ビャス。レベル3。保有スキル、勇者【2/??】、剣術【0/30】、身体能力強化【0/29】、衛護【0/15】等々。

 シェオに劣らず多くのスキルを所持している、晩成型の少年のようだ。

「貴方、名前はビャスっていうのね。私はチマ、アゲセンベ・チマ。こっちの侍従がキャラメ・シェオよ」

「っ、てぃティラミ・ビャスです」

「ティラミさん、あまり巻紙を他人に見せてはいけませんよ」

「っ、…」

 言葉が出せなかったのかブンブンと首肯して、巻紙を消していく。

「然し『勇者』、ですか。歴史を紐解いても数人しか持ち得ない伝説のスキルをお持ちとは、何れは騎士として活躍できるかもしれませんね」

「『勇者』なんて仰々しいスキルを持っているのにレベルが上がり難くてスキルを割り振れない、ねぇ。貴方も貴方で難儀な人生ね」

「。」

 少年は口を開きかけたものの、喉の奥が支えて言葉を吐き出せず、二度三度首を縦に振って首肯し意思を伝えた。

「私とまるで逆ね。スキルポイントは腐ってるのにスキルが一つしかなくて、それも上限いっぱい。…まぁ上限が1なんだけど、『スキルポイント』なんて『譲渡』出来たら良かったのに、『全部』ね。―――へっ?」

 辟易、そんな表情をしていた少女の手の甲から光が溢れ出て、巻紙が現れては余剰スキルポイントがみるみると減っていく。奇妙な光景に一同が目を丸くしていれば、たちまち数値は0になってしまった。

「ねえ、私のスキルポイント、なくなったのだけれど?」

「みたいですね」

「っ!」

 三人は彼女の巻紙を端から端まで確認していく。

 ただただ余剰スキルポイントが0になっただけで、これといった変化はなし。『怠惰』に割り振られたポイントを確認しても【1/1】のままである。

「はぁ…、別に使い道なんてないから良かったけど、意味不明すぎるわ。なんか疲れたし屋敷に帰るわよシェオ」

「いい時間ですからね。ティラミさん、我々はこれで御暇おいとましますが、ご帰宅の際にはお気をつけ下さい」

「あ、あの!たた、助けてくれて、あああありがとうございました!」

「私はアゲセンベ公爵の娘、アゲセンベ・チマ。困っている民がいるのであれば、見捨てず手を差し伸べる義務があるの、当然のことをしたまでよ」

「…っ」

「…でも。どういたしまして。礼は受け取っておくわ」

「!」

 パッと笑顔を見せたビャスは深々と頭を下げて、チマたちの乗り込んだ蒸気自動車が見えなくなるまで見送っていた。

(父さん母さんみたいに僕の言葉に耳を傾けてくれる、優しい人だったなぁ。あっ)

 振り返ってみればアカバミから出てきたであろう大きな残響炭、それとチマの使っていたサーベルが放り出されたままであり、拝借するのは如何なものかと考えて、今度王都に行く際に届けようと回収するのであった。


―――


 王都より少しばかり離れた位置に纏まった家々が立ち並ぶ、小さな農村にビャスの家はある。集めた残響炭を換金し、いくつか食料を購入して帰路につけば、彼より背の高い男子が何にか現れては道に立ちはだかる。

「よぉー、ビャス。今日はレベルが上ったか?」

「っ、……う、うううん、…上がってない」

「へっ、低レベのビャスがいくら頑張ったって無駄なんだよ、むぅだっ!あっはっはっは」

 手に持った食料を引っ手繰り、「しょうもない」「しけてる」と笑っては大事そうに抱えていたサーベルを眼にして、ビャスを蹴飛ばして奪い取る。

「ビャス、なんでお前がこんな良い剣を持ってるんだよ、何処かから盗んだのか?レベルが上がらないからって」

「っ!………、ち、ちちがう!」

「どうだか。今言いよどんだろ、やましい心がある証拠だ。へへ、良い剣だしこれは俺が没収する」

「駄目!!」

「アァ?盗人のくせに文句あんのかよ。…反抗的なムカつく眼してんな、おい」

 徒党を組んでいる男子たちは目配せをして、ビャスを囲んでは殴る蹴るで痛めつけていき、アカバミの残響炭までもを奪っては帰路に就こうとしていた。

「うっ…、そそそそれは、……、それは!あの人の物だ!返さなくちゃいけないんだ!!」

 転がる石ころを拾い上げては全力で投げつけ、リーダー格の男子の頭へ命中させた。するとドクドクと血が流れ始め、ビャスは再び袋叩きにあったのである。


「…」

 ボロボロになったビャスは自宅の扉を開き帰宅するのだが、彼を出迎える者も居なければ、「おかえり」と暖かな言葉を掛けてくれる者もいない。両親は数年前に流行り病にせって逝去し、若くして天涯孤独となってしまった彼の家は、非常に寂しい場所である。

 結局、サーベルも残響炭も奪われて、食事をする気力も失ってしまったビャスは、寝台に倒れ込んでは悔し気に涙を流して就寝した。


 くる日。ドンドンと扉を叩く音に起こされて、寝癖も直さずに扉を開ければ、そこにいるのはサーベルと残響炭を抱えた村長の姿。

「ビャス、昨日は息子が失礼を働いたな。これは返却する」

「っ…、っっありがとうございます」

「はぁ…うーん、あー、その、なんだ」

「?」

 困った、というわかりやすい表情を露わにした村長は、頬を掻きながら言葉を探していく。

「昨日、ウチの息子に石を投げつけて怪我をさせたろ?それに対して妻が酷く腹を立てていて、ビャスを村から追い出せと言って聞かないんだ…」

「…っ!」

「私としてもビャスご両親は親友だったから、昨晩から説得をしていたんだけど、知っての通り妻は頑なだろ?…すまないビャス!君には村を出ていってもらうことになってしまう」

 村長は平身低頭に謝罪し、険しい表情を見せていた。軽々と嘘を付くような男ではないことはビャスも承知しているし、誠実なことで有名な男だ。心からの謝罪を発し、本当に妻を説得をしていたのだろう。

 ビャスも多く世話になってきた相手なので、頭を上げてくれと身振り手振りで示しては、少しばかり表情を曇らせた。

「お詫びと言ってはなんだが、暫く食いつなぐ金子きんすと王都での知り合いに紹介状を書いた。ビャスが言葉が得意でないことも添えてね。本当に悪いと思っているが、…はぁ、居を移してもらえないだろうか」

「…、っっわ、わかりました。い、家の荷物は」

「この家は私が責任をもって保存しておくし手入れもしておこう。一年、いや二年以内に取りに来てくれればいい。…こんなことになって、本当にすまないと思っている」

「いままで、おお世話になりました。村長」

 サーベルと残響炭、そして金子と紹介状を受け取ったビャスは、密々ひそひそと耳にこびりつく声と粘りつく視線を背に、村を後にした。


―――


「さあお嬢様、本日は学校に行きませんか?」

 明くる日、朝一番でチマの寝室に飛び込んできたシェオの声に、尻尾だけ揺らして返事をしては掛布を深く被って丸くなる。

「昨日に頑張ってレベルを上げられたのですから、学校に行ってお勉強をし、友達を作るくらい簡単ですよ」

「…。」

「お嬢様?狸寝入りしても無駄ですよ、ほらほら起きて下さい」

「はぁ…昨日頑張ったのだから今日は休みよ、休み。帰ってきてから、ドッと疲れたの。…ふぁ」

 ぐぐぐっと伸びをして寝台から立ち上がったチマは、小机に載せられている櫛と刷子を手に部屋を移動して、いつもの長椅子に横たわっては髪や体毛の手入れを行っていく。

「学校なんて座って話しを聞きながら勉強するだけじゃないですか。移動も車ですし疲れることなんてありませんよ」

「簡単に言ってくれちゃって。他の子から嫌な視線を向けられて、陰口言われると疲れるのよ、精神が!」

「そういうものですか?私にも色々言ってくる輩はいましたが、毎日楽しく友達と勉強していましたので」

「シェオって市井の出身よね?市井の学校って、どういう場所だったの?」

(話しを逸らしましたね。まあいいでしょう、興味を持ってもらえるようにしなくては)

 シェオは一度考え込んでは、椅子の一つに腰掛けて口を開く。

「知っての通り私は孤児院の出身です。なので、学校にも同じ孤児院で寝食を共にした、家族と呼べる友人たちと一緒に学校へ向かっては、文字の読み書きや算術、希望者には簡単な戦闘術などを学んでいたました。…ああ、そうそう、貴族向けの学校と違って、7歳から通うんですよ」

「聞く限り、家で家庭教師に学ぶような内容だし、そういうものなんでしょうね」

「やはり、誰として隔たりのなく、生きていくのに必要な学問を無料で教えてもらえるのは非常に助かりました。お陰様で旦那様に見いだしてもらい、こうしてお嬢様にお仕えできていますからね。さて、学校の良いところはですね、なんと昼餉ひるげをご馳走ちそうしてくれるうえ、優秀な成績を修めると運営している貴族、私のいたところではアゲセンベ家からご褒美として美味しい甘味をいただりもするところです。いやぁ、今でのあの甘美な褒美は忘れられません」

「…。」

(家にいるほうが美味しいお菓子を食べれるわね)

「そして昼餉が終わった後には、任意参加の地域奉仕活動がありまして参加すると少額ではありますが金子をいただけるのです。貰った金子を握り締め、学校の友人たちと街中で遊ぶのはそれはそれは楽しくて」

「地域奉仕って?」

「主には地域内の清掃や公共物の手入れという美化活動が主ですね。街中は綺麗に保たれているじゃないですか、アレは地域奉仕活動の成果なんですよ」

「へぇ、奉仕支援費の一部ってそういうことに使われているのね。少なくない金額だったはずだし、納得のいく用途ね」

「どうです、お嬢様?学校、行ってみたくありませんか?」

「全然まったく少しも。シェオ基準というのもあるのだけど、魅力的なものはなかったわよ」

「ん?…あー…」

「理解した?」

「はい…」

 興味なさ気な表情のチマは、爪鑢つめやすりを取り出し爪の手入れを始め、「今日も無理か」とシェオは諦めて退散するのであった。

(別の切り口を探しましょうか…)


 チマがいつものように私室でダラダラと飼い猫のマカロを撫でながら漫画を読んでいれば、控えめな調子で扉が叩かれて入室を促す。

「入って」

「お嬢様、お客様とおぼしき方がお見えになられましたがいかがなさいましょう?」

 入ってきた使用人はやや困り顔で、来客を告げてはチマに判断を仰がせる。

「客?そんな予定は、暫くないはずよ。誰が来たの?デュロとか?」

「デュロ殿下でんかではなく、…たしかティラミ・ビャスと名乗る市井の方です。お嬢様に刀剣と残驚炭の返却及びお話しをしたいとのことでして」

「あぁ、ビャスね、そういえばサーベルの回収を忘れてたわ。お客さんとして持て成してね、支度をしたら向かうから、それと話すのがあんまり得意じゃない子だから、言葉に詰まるようなら待ってあげてね」

「はい。畏まりました」

「そういえばシェオは?」

 こういった連絡には通常、シェオがやってくるのでチマは疑問を尋ねてみれば、外出中とのことで少しすれば戻ってくるとも。

「そう。とりあえず連絡ありがとね。支度するから誰か呼んできて」

 使用人はうやうやしく頭を下げてから小走りで人を呼びに行き奔走する。


 応接室に案内されたビャスは、終始キョロキョロと屋敷内を見回して、住んでいる世界が違うことを実感していた。豪華絢爛ごうかけんらん綺羅きらびやか、…という風ではないのだが、格式と気品を感じるやや落ち着いた内装は、市井出身の彼からしても「すごい」と納得できるだけの様相であるのだ。

「…っ、あ、あの、剣と炭、どどどこ置いたら」

「横の机の上に置いていただいて構いませんよ」

「…っ」

 頷いたビャスは机が汚れないように、自身の鞄を下敷きに残響炭を置いて長椅子の端っこに腰を掛けた。

「それではお嬢様は支度中ですので、今暫くの間お待ちくださいませ」

(場違い、だよね)

 ビャスがそわそわと待っていれば、シェオと合流したチマが応接室にやって来て。

「こんにちはビャス。サーベルと残響炭を持ってきてくれたって、…貴方怪我をしているの?」

「え、あ、たた大した怪我じゃないです」

(何か訳ありそうだけど話したくはないのかしら)

「とりあえず、サーベルを届けてくれた礼に治療と、綺麗な格好に変わりなさいな。シェオ、手配を」

「ビャス様、こちらへ」

「っっ、…?!」

 いきなりの事に言葉が間に合わず、口をはくはくと動かしながらビャスはシェオに連れて行かれてしまう。それから湯浴ゆあみをして身体を清め、多くの傷をアゲセンベ家の回復魔法を使えるものに治療させ、綺麗な格好にされては応接室に戻される。

「綺麗になったわね、怪我は治った?」

「問題ありません」

「そう。治療に当たった者は?――そう、私が褒めていたと伝えておいて」

 細々話をして、チマはビャスに向き直った。

「改めて、サーベルを届けてくれてありがとうございます、ティラミス・ビャスさん」

「っ、どどどういたしましてっ!」

 見目麗しい笑顔を振り撒いたチマに、ビャスは目を白黒させて返答をする。そんな様子に、シェオは「わかる」と心内で頷きながら、サーベルと残響炭を下げながら机上を清めて、茶と菓子を並べていく。

しかし、昨日の今日で届けてくれるなんて、ビャスは律儀な性質たちなのね。届けてもらった物に言うことじゃないけども、これくらいなら何時いつでも良かったのに」

「………、ちょうど良くて」

「丁度いい?」

「はい。むむむ村から追放されちゃいまして」

「へ?」「どういうことですか?」

 チマとシェオは顔を見させ、ビャスから村での出来事に耳を傾けていく。

「なによそれ、ビャスは悪くないじゃない!ちょっと腹が立ってきたわ、シェオ行くわよ!」

「落ち着いてくださいお嬢様。おかんむりなのはわかりますが、お嬢様が向かったらどうなるか、理解できていますか?」

「小娘一人出てったところでどうにもならない、とでも言うのでしょう?叱るくらいのことは出来るわよ」

「お嬢様は公爵令嬢、もっと言うなら今上きんじょう陛下へいかめい。相手はただの一農民。周囲に知られれば、その村の住民全員が路頭に迷うことになってしまいますよ」

「…?!、っだめです。身寄りない僕の面倒を、み見てくれた親切な方もいるので」

「む。…まぁそうよね。ちょっと頭に血が上っちゃったわ」

 冷たいお茶で喉を潤したチマは、一度冷静になって菓子をむ。

「じゃあビャス、貴方は今日帰る場所もないの?」

「っはい…」

「じゃあアゲセンベ家で雇ってあげるわよ。こうして足を運んだのだし、何かの縁だわ。シェオ」

「うーん、…まあ問題はないと思いますよ。お嬢様から旦那様とトゥモさんにお強請ねだりしてくださいね」

「わかったわ」

「そ、そのいいのですか?」

「いいわよ。なんの仕事が割り振られるかは分からないけれど、住み込みで衣食住に困ることはないわ」

「ああありがとうございます!」

「どういたしまして」

 シェオもだが、この屋敷に仕える者はアゲセンベ家の運営している市井学校からの出身者が多く、似たような境遇の者もいる。そして肌が合わなければ、別の場所も斡旋あっせんできるので、これ以上ない環境なのだ。

 シェオは使用人を呼びつけて事情を説明、家令へと言伝てた。


 菓子をビャスに勧めたり、ビャスの話しを、彼の話し易い速度で聞きながら過ごしていれば、何かを思い出したかのように声を上げた。

「おおお嬢様、その一つ話したいことがありまして」

「どうぞ」

 チマが許可をだせば、ビャスは自身の手の甲を撫でては息を吹きかけ巻紙を出す。

「みみ見てください、これ。スキルポイントが」

 といって見せられた巻紙には。レベル3から一切上がっていないのにも関わらず、スキルポイントが120も保有されていた。

「スキルポイントがいっぱいあるじゃない、これならスキルを振って強くなれるわよ」

 「よかったわね」とビャスの進展を喜び、笑顔を見せて茶を飲んでいく。

「お嬢様、何を他人事みたいに言ってるんですか。これは、お嬢様の消失したスキルポイントの量と一致していますよ」

「ほ?」

 改めてレベルが上っていないことと、余剰ポイントを確認してみればシェオの言っていることにも一理ある。ビャスへ視線を向ければ、コクコクと首を縦に振っているではないか。

「???。つまり、私のポイントは全部ビャスに渡ったってこと?」

「きっと」「た、多分」

「…。…ふむ、世の中は不思議なことがあるということね」

 そんな事を聞いたこともないチマは思考を放棄して、菓子を食む。パリパリと煎餅せんべいを。

「…。お嬢様、ビャス。一つ提案です」

「なに?」「…。」

「この件の口外は禁止とさせていただきたく」

 真剣そのものの表情をしたシェオに、ビャスは息を呑んで頷き、チマは不思議そうに頭を傾けた。

「どうして?」

「もしもお嬢様に、スキルポイントを分け与える事が出来、レベルが上がる毎に10のスキルポイントを得られるとしたらどうなると思いますか?」

「私の自堕落な生活は終わりを告げるということ、ね」

「いや、自堕落な生活は今直ぐにでも止めてほしいのですが…、というか学校くらいには行ってください。それは扨措さておき、そのポイントを利用して力を得ようとする輩から身柄を狙われたりするのです。そんなのは本望ではないですよね?」

「そうね、そんなのは嫌だわ」

「お嬢様の身を守る為にも、この事は口外禁止。ビャスもいいですか?貴方を拾ってくれるというお嬢様の恩義に、砂をかけるような真似はしませんよね?」

「っ…!!」

 言葉に詰まったようで、激しく首肯している。

「ところでお嬢様」

「なにかしら?」

「今度レベル上げをして、私にもスキルポイント分けてくれませんか?」

「いたわ。私の力を利用しようとする、不逞ふていの輩が」


―――


「チマのスキルにそんな効果がね。口外を禁じたのは正しい判断だったよシェオ」

「お嬢様を思ってのことです」

「そういうところを評価しているのだよ。然し、知らなかったよ、そんな効果だったなんて。となると――」

 レィエは独り言を呟いては考え込み、納得したようなしてないような表情でシェオへと向き直る。

「うちで雇うことになって、且つチマからスキルポイントを譲り受けたティラミ・ビャスは、スキルをどのように振り分けたのかな?」

「『勇者』というスキルを中心に、剣術関連や身体能力強化へと振り分けていました。未だ実力を見てはいませんが、優秀な人材になると思われます」

「ふむふむ。ならチマの護衛として、シェオと働いてもらおうかな。仕事を教えたり、礼儀作法を仕込んだりを頼みたいのだけれど」

「お任せ下さい」

「護衛も増えることだし、身の危険に晒されることはないだろう、そうそう、チマがレベルを上げたらシェオもスキルポイントを貰って、力を付けるように」

「いいのですか?」

「いいさ。チマを護るのは君の役割でもあるのだからね」

「はい!」

「まあレベルを上げに行きたがるかは、チマ次第だろうけども」

「はは、そうですね。…入学以来、学校へも足を運んでおりませんし…」

「好きなようにやらせてあげなさい。そして、君も君の思うように動いてくれて構わないよ」

 慇懃いんぎんに頭を垂れたシェオは書斎を後にし、窓から月を見上げたレィエは物憂い気に溜息を吐き出した。

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