九州の大名たち――強者たちの交渉
会議が終わった後、湊は信長から直接任務を託された。
「湊、そなたの知識と洞察力がこの戦いを左右する。湊には大陸に渡り、蒙古の動向を探ってもらいたい。そして、大陸の協力者がいるならば手を結べ。日本を救うためには、我々の力だけでは足らぬ」
湊は、信長から任務を託された瞬間、胸の中に熱いものがこみ上げるのを感じた。日本を守る――それは、自分がこの異世界で果たすべき役割だと理解していた。しかし、その重さに比例して、心の奥底には不安が渦巻いていた。
「大陸へ渡り、モンゴル帝国の動向を探る……」
湊の頭には、あの未知の大地のことが浮かんでいた。異国の技術、異国の戦術――そして、時宗が警告した呪術の存在。自分一人でそれらに立ち向かえるのだろうか? 不安がわずかに胸を締め付けた。しかし、その一方で、信長に期待されることは、彼に新たな力を与える。
(俺がやらなければならない……この重い使命が、俺の肩にかかっている。日本を救うために、恐れず前に進むしかない)
湊は覚悟を決めた。今は恐れを振り払い、任務に全力を注ぐ時だ。信長と時宗の言葉に耳を傾けながら、彼はその決意を胸に刻んだ。
大陸に向かう前に、まずは九州の有力大名たちとの連携を取り付けるために旅立つこととなった。九州はモンゴル帝国の侵攻に対する最前線であり、九州大名たちの協力が不可欠だった。
信長が湊に語りかけた。
「湊、今回の九州への任務は並大抵のものではない。九州の大名たちは強力だが、それぞれに強い独立心を持ち、簡単にまとめられる者たちではない。そこで、お前には心強い味方をつけておく。北条時宗殿だ」
その言葉に湊は驚いた。
「ですが、それでは…」
湊が言葉を発したその時、背後から時宗が現れ、落ち着いた声で言葉をかけてきた。
「湊、信長殿ともよく話し合ったのだが、そなたの任務に私も同行することとした。信長殿によると、九州の諸大名はくせ者揃いであり、説得は容易ではないが、彼らに元寇を経験した者としての知見を伝えることができれば、心動くかも知れぬ。その後は、私も大陸に同行する。これも、信長殿と決めたことだ」
日本がモンゴル帝国と対峙するには、時宗が日本にいる必要があると考えていた湊は驚愕の表情で言葉を発する。
「しかし、時宗殿は、元寇を防いだ最も頼りになる方です。その方が日本を離れるとなると……」
時宗はうなずき、遠い目をして語り出した。
「日本の舵取りは信長殿で十分だ。私が日本にいれば却って邪魔になるかもしれぬ。昔は、執権の立場であり、役目があったため日本から離れることが適わなかったが、今なら自身の目で蒙古を観ることができる。そのうえで、元執権の観点で戦略を考えることができる。それが、日本のために最も良いと考えたのだ」
湊は時宗の言葉に重圧を感じながらも、同時に使命感が胸に湧き上がるのを感じた。
「湊、九州の大名たちにとって、私は過去の英雄に過ぎぬかもしれぬ。だが、蒙古の脅威をよく知る者として、彼らに伝えねばならないことがある。元寇の時のように、ただ軍勢を動かすだけでは防ぎきれぬ戦が待っている」
湊は「本当に大丈夫なのだろうか・・・」という一抹の不安を感じつつも、時宗と共に九州の大名たちの元に旅立つのであった。
まず湊たちが訪れたのは、薩摩を治める島津義久の城だった。島津家は九州南部で圧倒的な軍事力を誇り、その戦略は九州全土に響き渡っていた。だが、義久は強烈な独立心を持ち、簡単に他者に従う人物ではなかった。
城の大広間に通された湊と時宗を迎えたのは、鋭い眼差しを持つ義久だった。彼は冷静に二人を見つめ、威厳ある声で口を開いた。
「信長の名は耳にしているが、この島津が簡単に頭を下げると思っているのか? 薩摩は薩摩の道を行く。それに従う理由があるなら、聞かせてもらおうか」
義久の言葉には、信長に対する強い警戒と疑念が込められていた。彼は、湊と時宗が単なる信長の代弁者ではないかと探っているのだ。
湊は一瞬息を呑んだが、すぐに冷静さを取り戻し、一呼吸置いて答えた。
「島津殿、我々が求めているのは単なる命令ではなく、貴殿の力と知略です。蒙古が迫る今、日本全体が一つにならねば、この国は滅びるでしょう。しかし、この戦は貴殿の領土を守るための戦でもあります。薩摩は独立した強力な勢力ですが、蒙古が九州に侵攻すれば、薩摩も無傷ではいられない。薩摩の未来を守るためにも、協力をお願いしたい」
義久は一瞬黙り込んだが、その目には深い計算が伺えた。
「ふむ……貴殿、ただの使者ではないな。だが、忘れるな。薩摩は独自の戦術で幾度となく外敵を退け、我が島津は常に自らの道を歩んできた。この島津が従う理由があるならば、それは我々の戦術が尊重され、我が軍が最前線でその力を振るう時に限る。我々の誇りを忘れずに戦うことが条件だ」
時宗が落ち着いた声で言葉を紡いだ。
「島津殿、元寇の脅威を退けた私が言うのだ。この度の蒙古は、かつての侵攻とは比べ物にならぬ。彼らの技術と戦術は、薩摩の知略と軍事力なしには防ぎきれぬであろう。貴殿の軍勢は、九州防衛の要となる。我々は決してその力を軽視するつもりはない。共に勝利を掴むため、貴殿の知略を最大限に生かすことを約束する」
義久は満足げに頷いた。
「よかろう。我が軍が出陣すれば、その力は必ず役に立つだろう。ただし、戦の指揮は私の意向を無視させるわけにはいかん」
こうして、島津家の協力を取り付けたが、義久の強い独立心が常に影を落としていた。
次に湊たちが訪れたのは、豊後を治める大友宗麟の城であった。宗麟はキリシタン大名として知られ、西洋の文化や技術を積極的に取り入れていた。その背景には、宗麟自身の野心が強く影響していた。
大友家の城は、西洋風の壮麗な装飾で彩られており、宗麟はその豪奢な空間で二人を迎えた。彼は尊大な態度で二人を見下ろし、言葉を発した。
「時宗殿、湊殿、ようこそ豊後へ。京での話し合いでは十分な時間が取れなかったが、ここでは余裕を持って語り合おう。我が大友家は、神の力と西洋の技術を得て、もはや無敵の存在となった。蒙古など、神の御意志があれば消し飛ぶ存在に過ぎぬ。我が信仰の力を、お主たちも十分に理解しているであろうな?」
湊は一瞬戸惑ったが、冷静に答えた。
「宗麟殿、神の加護が日本を守るというお考えは理解しております。しかし、現実の戦場での勝利もまた、神の意志を果たすためには不可欠です。蒙古に対抗するには、神の力とともに、貴殿の軍勢と知識が大きな力を発揮するでしょう。」
宗麟は少し目を細めて湊を見つめ、やがて微笑を浮かべた。
「ふむ……お前たちに協力するのも、神の導きかもしれぬな。ただ忘れるな、神の力なくしては、我らの勝利はない。……よし!まずは祝杯を挙げるとしよう。今宵は豊後の酒を味わうがよい。」
宗麟の協力を得ることができたが、その裏には宗麟の野心と信仰が常に見え隠れしていた。
最後に訪れたのは、肥前を治める龍造寺隆信の城であった。隆信は冷酷な野心家として知られ、九州北部で急速に勢力を拡大していた。彼は、モンゴル帝国との戦いを利用してさらなる覇権を狙っていたのだ。
龍造寺は冷ややかな目で二人を見つめ、軽く鼻で笑った。
(この男が元寇の英雄、北条時宗か)
「……さて、時宗殿よ、我が龍造寺家は、これまで勝ち続けてきておる。元寇だろうがなんであろうが、勝利を掴む者こそが真の力を持つ。我が軍が前線に出るなら、それに見合った報いが必要だ。戦の結果次第では、我が領土も大いに広がるだろう」
湊はその野心を感じ取りながら、冷静に言葉を紡いだ。
「龍造寺殿のご武名はすでに轟いております。また、蒙古が攻めてくる時には、肥前が最前線になることは明らかです。その時、貴殿こそがこの国を守る英雄として名を馳せるでしょう。もちろん、戦の結果次第ではさらなる名声と領土が約束されるはずです」
隆信は目を細め、不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、策士だな、結城湊。よかろう、我が軍も協力してやろう。ただし、約束を違えれば、その時は容赦なく動くつもりだ。肝に銘じておけ」
こうして、龍造寺家の協力も取り付けたが、その背後には隆信の冷酷な野心が潜んでいた。彼がこの戦いをどう利用するのかは、今後の戦局に影響を与えるだろう。
湊と時宗は、九州の大名たちとの交渉を成功させたが、それぞれの野心と個性が今後の戦局にどう作用するのか、彼らにはまだ見極める必要があった。
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