第36話 カトリーヌside2
(このクソガキ……わたくしが優しくしてやっているのに何が気に入らないのよ!)
それなのにディアンヌに対してはどうだろうか。
(これは愛のない結婚に決まっているわ!)
それを裏付けるように初夜もなく、リュドヴィックはピーターをディアンヌに任せて城に行き、寝室で過ごした様子はない。
本来ならば屈辱なことも、彼女は気にすることはないようだ。
もしピーターに気に入られたら彼の隣にいたのは『ディアンヌ』ではなく、『カトリーヌ』だったかもしれない。
あの欲のない目が腹立つのだ。
足を怪我しているディアンヌに嫌がらせをしまくるものの、彼女は何一つ動じることはない。
紅茶に虫を入れたって虫を平然と掴んで窓に捨てる。
自分で紅茶を淹れ直す始末だ。
ディアンヌに殴られたと自作自演してみても、足を怪我しているため無理だと言われてしまった。
そのせいてカトリーヌは肩身の狭い思いをしてしまう。
他の侍女たちにも馬鹿にされて恥をかいた。
隠れて服を破っても、まったく動じることなく「もったいない」と縫い直してしまう。
シェフに頼み、隠れて食事を質素にしたところでディアンヌは悔しがりながら食べるかと思いきや嬉しそうに食事している。
悪い噂を流そうにも、表舞台に出ていないディアンヌのことを何一つ知らない。
そして誰もディアンヌを認識していない。
使用人たちも前公爵が結婚を認めたこともあり、ディアンヌがどのような人物か観察しているようだ。
可もなく不可もなく……それだけだった。
それにカトリーヌに協力してくれる侍女がいないのが悔しいところだ。
かろうじて役に立ちそうなのは侯爵家から連れてきた使えない侍女、ララだけだった。
アプリコットのおさげ髪と丸眼鏡の地味な女。
学園にいる時から目障りだったが、いい使い道はあるだろう。
もっと決定的なことをしたいのに、侍女長のマリアやピーターの世話をしているエヴァが、さりげなくカトリーヌの邪魔をする。
その間にもディアンヌとピーターの仲は深まっていく。
(どうすればいいの……あの女を引き摺り下ろせるのは、わたくししかいないのに)
貧乏男爵家から荷物が届き、キッチンで料理を始めた時には殴り飛ばしてやろうかと思った。
仮にも公爵夫人でありながら、手料理を振る舞い始めたのだ。
それから人目を憚らずに泣き出したことも……。
何より許せないのはリュドヴィックにその手料理を食べさせたのだ。
三人で囲むテーブルは笑顔で溢れていた。
しかし、カトリーヌはどうしても許せなかった。
ディアンヌのやること何もかもが気に入らない。
ピーターが来てからリュドヴィックはおかしくなってしまった。
(ああ、リュド様を汚すあの女を今すぐに消さないと……! これはベルトルテ公爵家のためにも必要なことなんだから)
カトリーヌの唇は大きな弧を描いていた。
そしてレアル侯爵家から連れてきた役立たずな地味で気弱な侍女、ララにある命令をするために口を開く。
「あの女、邪魔だから消してちょうだい」
「で、ですが……」
「わたくしに逆らうつもりっ!? あんたの家族なんてすぐに潰せるんだから」
「……ッ」
「できるでしょう?」
そう言うとララは唇を噛んで顔を伏せてしまった。
ララの家は没落してしまい、今は平民である。
たまたま学園で使えそうな奴だと目をつけて、没落寸前にレアル侯爵家の侍女にしてあげた。
今はララの稼ぎが家族を支えている。
今だってマリアにバレないように細心の注意を払いながら、公爵家の仕事をすべてララにやらしていた。
(まぁ……こいつの家を潰したのもお父様なんだけどね)
その分、侯爵家は領地を広げることになったのだ。
「そうねぇ……調理場で火傷させたらどう? 貧乏男爵令嬢の顔に傷がつけば、さすがにリュド様だって嫌がるでしょう?」
「…………」
「刃物で肌をギタギタに切り刻んでもいいわよぉ?」
ララの肩は小さくカタカタと震えているように見える。
だけどそんなことは関係ないのだ。
(ディアンヌを消したら、ララも用済みよ……リュド様が手に入ればどうでもいいの)
侍女なんてつまらない仕事はもうたくさん。
カトリーヌは『ベルトルテ公爵夫人』として、返り咲くのだ。
「もしできなかったら……どうなるかわかっているわよねぇ?」
「ひっ……!」
念を押すようにララを脅した。
ララがわずかに頷いたのを確認してから、カトリーヌは自分の部屋へと戻る。
(これでもう大丈夫。リュド様はわたくしのものよ)
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