第35話 カトリーヌside1


* * *



カトリーヌはリュドヴィックが帰ってきたと聞いて、気持ちが高揚していた。

しかし、寄り添いながら眠るリュドヴィックとディアンヌを見ながら愕然とする。

ガリガリと爪を噛み、歯がギリギリと鳴った。


(あそこはわたくしの居場所になるはずだったのに……!)


カトリーヌはディアンヌがリュドヴィックと結婚すると聞いた時、怒りを通り越して呆れていた。

娼婦ではなく没落寸前の男爵令嬢だったらしいが、カトリーヌにはどっちも変わらない。


(あんな貧乏クソ女が、リュド様に相応しいわけないでしょう!? すぐに潰してやるんだから)


わけのわからない男爵令嬢よりも、侯爵令嬢で家柄も申し分ない自分の方がどう考えたって相手に相応しいのではないのだろう。

頭がよく美しいリュドヴィックに釣り合うのはカトリーヌしかいないのだ。


こうして彼のために尽くして努力しているのに、侍女長のマリアや他の侍女たちはいい顔はしない。

父も「そろそろ現実を見ろ」と、意味がわからないことを言うから強行手段に出てここにいる。

何人かの使用人はカトリーヌに魅了されて言うことを聞くが、味方は一部だけ。

ここにきて半年の間、リュドヴィックはカトリーヌを見てはくれない。


そもそも忙しいリュドヴィックは城に入り浸り、メルトルテ公爵邸に帰っても書斎で仕事ばかりしている。

それでもカトリーヌは諦められずに、何度も何度もリュドヴィックにアピールしていた。

それなのにまだカトリーヌの魅力に気づいてくれないことに不満を持っていた。


(リュドヴィック様はわたくしに遠慮しているんだわ……なんて慎ましい方なのかしら。そんなところも素敵だけど)


自分が一番に彼の愛を獲得するのだと信じて疑わない。

事実、リュドヴィックの一番近くにいるのは、カトリーヌなのだから。

一応する必要もないと思ったが、万が一がないようにディアンヌに身の程をわからせてやった。

これでさっさと出ていくと思っていたのに、カトリーヌの予想は外れてしまう。


あっという間にディアンヌにすべてを奪われたのだ。

足に怪我を負って娼婦のような格好で現れたディアンヌ。

そんな女がリュドヴィックの婚約者になるどころか、それを通り越して結婚してしまう。

それを聞いた時、カトリーヌは夢でも見ているのかと思った。


ディアンヌを社交界で一切見たことはない。

カトリーヌは侯爵家にディアンヌのことを調べるようにたのむと、まさかの今まで社交界にすら出ることができなかった没落寸前の男爵令嬢であることがわかった。

それにディアンヌはリュドヴィックに対して馴れ馴れしく接していて、彼に好意を寄せている様子もない。


(あのリュドヴィック様を見て、よくそんな反応ができるわね……目が腐っているのかしら)


ディアンヌの精神がカトリーヌにはまったく理解できなかった。


(……信じられない。こんな女が公爵夫人なんて嘘でしょう? ベルトルテ公爵家の格が疑われてしまうわ!)


しかし前公爵も何も言うことはなく、たった数日で二人は結婚することになった。


(わたくしが、あの田舎臭い男爵令嬢ごときに負けたというの? 認めない……絶対に認めないわ!)


カトリーヌは怒りで頭がおかしくなりそうになっていた。

しかしリュドヴィックのそばにいたカトリーヌはわかっていた。

彼は誰とも結婚するつもりはなかった。

しかしなんとなくではあるが突然、ディアンヌと結婚した理由がわかったような気がした。

一カ月前に屋敷にきたピーターのことではないかと。


リュドヴィックは駆け落ちした姉のアンジェリーナの息子、ピーターを引き取った。

母親を亡くしたピーターは一言で言うとクソガキだった。

自分がピーターの母親代わりになればリュドヴィックと結婚できるはずだ。

そう思ったカトリーヌはピーターにすぐに近づいた。

彼の悲しみをカトリーヌが癒せば、リュドヴィックはこちらを見るはずだと、そう思った。


だがピーターはカトリーヌを拒絶したのだ。

それに貴族として育っていないピーターはカトリーヌにとっては未知の生き物である。

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