第21話


「軽食と紅茶をお持ちしましたよ」


「……!」


「本日よりディアンヌ様の世話をさせていただく、マリアと申しますわ」



部屋にいい香りがするのと同時に、ディアンヌのお腹がグルグルと鳴る。

マリアはダークブルーの髪を綺麗にまとめた落ち着いた雰囲気の女性だ。

マリアは自己紹介をした後に手際よく紅茶を淹れていく。

ベッドの上で温かい紅茶を受け取ったディアンヌは、ほんのりと香る花の匂いにホッと息を吐き出した。

彼女は侍女長を任されているそうだ。

優しく語りかけてくれるマリアにディアンヌの頭にある疑問が浮かぶ。



「どうしてマリアさんはわたしに優しくしてくださるですか?」


「え……?」



つい、カトリーヌのことを思い出してしまう。

それに他の侍女たちもディアンヌに好意的とは思えなかったからだ。

マリアだけはディアンヌに対して優しく見える。

そのことを疑問に思っての言葉だった。



「もしかして、もうカトリーヌが何かしましたか?」


「……えっと」



ディアンヌが言葉を濁すと、彼女は頭を押さえてため息を吐いた。

そこでディアンヌはマリアからカトリーヌの事情について聞くことになる。

カトリーヌは侯爵家の次女で、リュドヴィックを狙ってメリトルテ公爵家に行儀見習いに来ている。

男性やリュドヴィックの前など、表向きはいい顔をしているそうだが、裏では侍女の仕事をほとんどすることはない。


身の回りのことも一緒に連れてきた侍女のララに任せっぱなしだそうだ。

カトリーヌは隠れたところでわがまま放題をしており、マリアも注意しているが聞くことはない。

表向きはいい顔をしているため、リュドヴィックに報告したとしても信じてはもらえない可能性が高いらしい。

完全にディアンヌを敵視していたカトリーヌは、ベルトルテ公爵家の侍女たちからは嫌われているそうだ。

それからディアンヌはリュドヴィックを狙うカトリーヌのような存在かもしれないと警戒されているだけだとマリアが教えてくれた。



「エヴァさんから聞きましたわ。ピーター様を救ってくれたそうですね。まだお二人の出会いや関係はカトリーヌに知らされておりませんが、恐らくこれからは……」



顔を曇らせるマリアをディアンヌは頷いた。

カトリーヌには注意した方がよさそうだ。

エヴァとマリアはリュドヴィックとの出会いを知られているため、ディアンヌには好意的ということになる。



「それにディアンヌ様は随分と無理をされたのですね」


「寝ぼけていてつい……」


「ふふっ、また包帯を変えないといけませんね」


「よろしくお願いします」



マリアはディアンヌの足を見て、困ったように笑みを浮かべた。

包帯には先ほど歩いてしまったからか、傷が開きほんのりと血が滲んでしまう。

マリアと談笑しつつも、ディアンヌは軽食を食べていた。



「私はディアンヌ様を歓迎いたしますから。ベルトルテ公爵邸で過ごす際、困ったことがあったらなんでも言ってくださいね」


「どうしてマリアさんはわたしの味方をしてくれるのですか?」



そう言うとマリアは手を止めて、悲しそうに笑いながら口を開いた。



「私はピーター様の母親……アンジェリーナ様の侍女だったんですよ。アンジェリーナ様は街で捨てられていた私を救ってくださり、皆の反対を押し切ってベルトルテ公爵邸に置いてくださったのです」


「……マリアさん」


「殺伐としたベルトルテ公爵邸で大好きなアンジェリーナ様をお守りすることはできませんでした。私も連れてって欲しかった……」



マリアは最初、身元がわからないことでベルトルテ公爵邸で肩身の狭い思いをしていたそうだ。

しかしアンジェリーナがそばに置いてくれて、マリアの面倒を見てくれたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【長編版】貧乏令嬢のポジティブすぎる契約結婚〜継母としてもがんばります!〜 やきいもほくほく @yakiimo_hokuhoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ