第20話


「ピーター様はとても元気なのですね」


「……ああ、そうだな」



静まり返る部屋の中、リュドヴィックが深刻な表情で口を開いた。



「ピーターのことなんだが……」



リュドヴィックの話によると、ピーターは彼の姉の子どもなのだそうだ。

それを聞いて驚いていた。

社交界に出ずに、情報に疎いせいかピーターはリュドヴィックの子だと思い込んでいたからだ。


六年前、ベルトルテ公爵邸から駆け落ち同然で出て行ったリュドヴィックの姉、アンジェリーナ。

当時は十八歳だったそうだ。

彼女は置き手紙と共に忽然と姿を消した。

アンジェリーナは遠く離れたゼリル王国の四十歳も歳が上の皇帝に身染められたため、ゼリル王国の元に嫁ぐことが決まっていたそうだ。

彼女が消えたことで騒ぎになったそうだが、そのまま姿を現すことはなかった。

ベルトルテ公爵はその尻拭いに追われたそうだ。


それから時が流れて六年後、辺境の地で悲惨な事故が起こった。

なんと馬車が崖から落ちてしまったのだ。

御者も母親は身元がわからないほど無惨な状態だったが、母親は子どもを守り、なんとか子どもは生きながらえた。

そして同時にベルトルテ公爵邸の家紋が入ったロケットペンダントやアンジェリーナがリュドヴィックに宛てた手紙が見つかった。


そこには隣国の情勢が傾きつつあり、争いに巻き込まれたため、一時的に匿ってほしいとの内容があったそうだ。

肝心の父親や国の名前は血が染みて見えなかったが、なんとか隣国にあるペールジェス王国にいたことは読み取れたそうだ。

子供の名前はピーター。

決め手となったのはピーターが「母上」と呼んでいた人物がアンジェリーナだったことだ。


前公爵は反対したそうだが、リュドヴィックがピーターを引き取ると決めたのが一ヵ月前。

ピーターの面倒を見ることを決めたのだが、宰相を勤めているため多忙だ。

ピーターがリュドヴィックのそばに常にいたがるため、仕方なく城やパーティーに連れていくものの、毎回のように騒ぎを起こす。

誰にも懐くことなく母親を恋しがるピーターに振り回されっぱなしなのだそうだ。

ロウナリー国王に協力を求めて、ベテランの乳母のエヴァを呼んだものの状況は変わらずだったそうだ。



「ディアンヌ嬢はどうしてピーターに好かれたのだろうか?」


「特別なことは何もしておりませんが……」



何故ピーターに好かれているのか、ディアンヌにはまったくわからなかった。

強いて言うならば弟たちと同じように扱っているだけである。

リュドヴィックは髪をかき上げた後に、小さくため息を吐いた。

よく見ると目の下には隈がひどく、疲れているように見える。



「今日はもう遅い。ゆっくりと体を休めてくれ」


「はい。何から何までありがとうございました。リュドヴィック様も、ゆっくりと休んでください」


「…………。失礼する」



リュドヴィックはチラリとディアンヌを見ると侍女と部屋から出て行った。

一人になった部屋で、ディアンヌはズキズキと痛む足を撫でた。

けれどとりあえずはメリーティー男爵家の未来が繋がった安心感でいっぱいだった。


(今日はすごい一日だったわ……)


ディアンヌは広すぎるベッドでソワソワしつつ、そのまま瞼を閉じて眠りについたのだった。



──眩しい朝の光を感じて目を覚ます。


自分が寝坊したことに気がついて慌てて顔を上げた。


(すぐに朝食を作らないと……!)


ベッドから起きあがろうとするものの、足が床に触れた瞬間、あまりの痛みに悲鳴を上げた。

息を止めたディアンヌにじんわりと冷や汗をかく。

一気に現実に引き戻されたようだ。


(い、痛すぎるっ! 筋肉痛もひどい……足が引きちぎれそうだわ)


ディアンヌが痛みに悶えていると、いつもの格好ではないことに気付く。


(わたしは昨日、パーティーで……ここはベルトルテ公爵邸だわ!)


そんな時、扉をノックする音が聞こえた。

ディアンヌはまたカトリーヌが来たのかと思い、身構えてしまう。



「ディアンヌ様、お目覚めですか?」


「は、はい!」



しかし明らかに優しい声が聞こえてディアンヌは肩の力を抜いた。

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