一時間創作「ワンライ」

ぐらたんのすけ

じゃがいも。チャレンジャー。紙粘土。

 私がまだ保育園に通っていた頃の話。

 

 いつも通り外の遊具で遊んでいた。

 そこにはサキちゃんという仲良しの子も一緒だった。

 保育園のお庭にあるドーム状の遊具。

 その中でいつも、二人でおままごと遊びをしていた。

 昔のことなのであまり良く覚えていないのだが、確か些細なことで喧嘩したのだ。

 なんせ5歳のことだから、当人達以外は誰も気にすることはなかった。

 ただやはり当人達にとっては重大なことだったのだ。

 サキちゃんとはそれきり険悪な仲となっていた。


 ある日、先生が皆で紙粘土のお人形を作ろうと言った。

 私は張り切って可愛らしい少女のお人形を作っていたのだ。

 それなりに自身はあった。先生はいつでも褒めてくれるから、下手くそでもいいと思っていた。

 

 「ユミちゃん、なにそれ。じゃがいもみたいだね」


 サキは私の作ったお人形を、笑いながら指さしていた。


「…………これ、おにんぎょうさん……」

「嘘でしょ?w下手くそだね。お人形には全然見えないよ」


 彼女がどうしてそんなひどいことを言うのか分からなかった。

 手のひらでまだ乾かない紙粘土の臭いが、つんと香る。

 確かに、角度を変えてみれば歪で変な形に見えるかも知れないが、私にとっては可愛いお人形さんなのだ。


「そんなんじゃ、頑張った賞ももらえないね」


 サキはそう言って自分の作業に戻ってしまった。

 その手元には遠目から見ても可愛らしい猫を模した紙粘土が握られていて、思わず涙が出そうになる。

 私だって、まだ未完成なだけできっと。

 

 その日は家に帰ってからも粘土を捏ねていた。

 捏ねても捏ねても不格好で。乾くどころか、涙で潤いを増していく粘土が憎らしかった。

 私が精一杯生きてきた5年間の中で、一番悔しかったのはこの時だった。

 生まれて初めての敗北感。

 今までは皆全員特別なのだと思っていた。

 先生は全員のことを褒めたし、皆互いのことを可愛いと言い合っていた。

 間違っていた、保育園は戦場だ。全員がライバルでありチャレンジャー。

 ひたすらに、可愛いお人形を追求する。内に眠る職人魂が燃え盛る。

 そうしていくら時間が経っただろうか。夜は既に明けていた。

 私は柔らかい布団で寝かされていた。母がここまで連れてきてくれたのであろうか。

 机の上には、仕上がったお人形。

 まだ納得がいかない部分はあるが、どの角度から見てもじゃがいもに見えることは無かった。

 

 それを大切に握りしめ、私は保育園へと向かう。

 先生はいつもと変わらぬ様子で褒めてくれた。でもそれは以前までとは打って変わって私の心に響くことはなかった。

 私がこれだけ頑張ったのは、サキよりも可愛いお人形を作るためだ。闘志の炎消えていない。


 暫く遅れてサキも保育園へとやって来た。思わず睨みつけるが、その手に紙粘土はなかった。

 どうしたのだろうかと訝しんで見れば、サキは保育園にいる間に人形を完成させていたので、そのまま乾燥させていたらしい。

 その日は一日あまり楽しくはなかった。

 何をしていても紙粘土が頭によぎって離れない。早くサキの作品と自分の作品を比較したかった。


 お昼寝の時間に、隣で寝ていたケイ君は私に囁いた。

 

 「おにんぎょうさ、おれきょうりゅうじゃー、つくったんだぜ」

 「じょうずにできた?」


 先生にバレないよう小声で尋ねると、彼は満面の笑みで言った。


「うん!さいこうにかっこよくできた!あとでユミちゃんにも見せるね!」


 私はそんなケイ君が可笑しくて、声を殺して笑った。

 でも、それと同時に少しモヤッとした。

 自信満々なケイ君に対して、何時までも不安で仕方のない私。

 また馬鹿にされるかもしれない。そんな考えが頭によぎるのを振り払うように、私は布団に潜った。

 

 そしてお昼寝の後、時が来た。


 先生が「皆で作ってきたお人形を発表しよう!」と言った。

 各々作ってきたお人形を手に、皆で見せ合う。

 私は真っ先にサキを探した。けれど何処にも見当たらなかった。

 本当にどこにも居なかったのだ。


「先生!サキちゃんがいないです!」


 誰かの声が上がった。

 先生は一度全員を集めて、本当にサキがいないことを確認して部屋を出ていってしまった。

 残された私達は不安で、手に持った紙粘土にじわじわと手汗が染み込んでゆくのが分かった。

 サキちゃん、どこいっちゃったんだろう。

 そう思ったとき、ふと一つの考えが頭に浮かぶ。


 サキちゃんなら、きっとあそこにいる。

 私は背伸びして部屋の引き戸の鍵を開けると、庭の遊具に向かって飛び出した。

 昔、私達が遊んでいたドーム状の遊具。

 その中の物陰を覗くと、やはりすすり泣く声が聞こえた。


「サキ、ちゃん?」

 

 サキはハッとした表情で私を見上げた。

 その目は赤く腫れていて、手には紙粘土が握られていた。


「なんでここにいるの?」


 そう私が問うと、サキは再び俯いてしまった。

 

「お人形さん、せっかく可愛くできたのに、割れちゃった。可愛くなくなっちゃった」


 震えながら絞り出したサキの声は、私まで悲しくさせるようで。

 その空気に耐えられず私は言った。


「サキのお人形さん。見せてよ」


 サキは最初嫌がる素振りを見せていたが、私が動かないのを見て渋々と差し出した。

 それは猫の原型を止めていたものの、至る所が乾燥でひび割れ、お世辞にも可愛いとは思えなかった。

 でも私は言った。


「サキちゃんのおにんぎょうさん、かわいい」

「えっ……」


 サキはびっくりしたように私を再び見上げる。

 そして少し考えた素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「ユミちゃんのも、見せて?」


 私の言った可愛いは、サキにはきっとお世辞なのだとバレていたのだと思う。

 それでもサキは私の、相変わらず不格好なお人形を見て言うのだ。


「ユミちゃんのお人形さんも、とっても可愛い!」


 その言葉を聞くと胸がスッと軽くなって、私はサキのお人形に勝ちたいと思っていたわけではなかったのだと気付いた。

 ただ、可愛いって言って欲しかったのだ。また一緒に遊びたかった。

 その後は遊具に隠れたまま、二人でおままごとをして遊んだ。

 歪な女の子と、歪な猫。それでも私達を繋げてくれた大事なお人形。

 

 暫くすると、外から軽い足音が聞こえてきて、二人で思わず外を見る。

 

「ケイがたすけにきたよ!!」


 そう言って遊具の内側に飛び込んできたケイ君はの手には人形が握られていた。

 ただそれは表現しがたい不格好さで、私達は思わず顔を見合わせ「じゃがいもみたいだね」と笑い合うのだった。

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