第2話 紅崎さんは技術が欲しい

――微かな月明かりが彼女の艶かしい体のシルエットを浮かび上がらせる。そんな彼女の服を脱がす権利は自分だけにあるのだという背徳感に溺れながら俺は手を伸ばした。俺の指が少し肌に触れただけで彼女は目をとろんとさせながら身動ぎする。――


「杏ってファーストキスまだなの〜?」


「な、ななな何言ってるの!!??」


 目の前でうぶな恋愛トークに花を咲かせている女子高生があの文章を書いた著者だなんて信じられるだろうか。しかもその中でも顔を真っ赤にさせて、1番不慣れな反応をしている彼女が。キスの話題でこんなに真っ赤になっているのに……。


――シャツを脱がす振りをして、中身だけ抜き取ると感部が布に触れたのか彼女は、ん、と色っぽい声を出した。そんな彼女の様子に俺は沸き立つ何かを覚え、その両手をしっかりと押さえつけた。そして、衝動に任せて深い口付けを落とす。――


「ちょ、ちょっとここで着替えないでよ!!」


「下にジャージ着てるって!ていうか、私は女だしね!?」


「そ、そういう問題じゃないもんっ」


 あんな文章を書ける人間が目の前で女子が着替えをしているだけで恥ずかしがるだろうか。顔をしっかり両手で覆って見えないようにしている。やっぱり紅崎さんが、紅野 ヒロトだなんて信じきれなかった。


 ◆


「あ、紅野せんせ?」


「にゃ!?学校で呼ばれるとこそばゆいですね……!」


 信じきれないままに本人を作家名で呼んでみた。すると、紅崎さんは照れくさそうに頬をかきながら反応してくれる。その反応はたまらなく可愛いんだけどな……。


「そっか、友達とかは知らないんですね」


「い、いくらなんでも言えなくないですか!?」


 考えてみれば当然な気もするけれど、これは校内で僕だけが知っている事実……。なんか嬉しくなってきた。そして恥ずかしそうに頬を染めている紅崎さんに少し意地悪がしたくなってしまった。


、言えないんですか?」


 僕は紅崎さんの顔を覗き込みながら聞く。僕にじーっと見つめられた紅崎さんは困ったように視線を僕から外した。なおも見つめ続ける僕に観念したように口を開いた。


「え、えっちな……小説を書いてることです……うぅ……」


 余程の羞恥に苛まれたのが若干涙目になりながらも声に出して言ってくれる。僕はその表情にゾクゾクした。やばい、前から思ってたけど紅崎さんの表情やら幼い顔立ちって加虐心を煽るよな……。


「そ、そんなことは良くてですね!?昨日はありがとうございましたっ!放送委員の活動には支障があったりしなかったですか?」


「ふぇ?」


 話をすり替えようと紅崎さんが顔をあげる。そして、彼女の口から飛び出した予想外の言葉に僕は目を丸くした。あ、紅崎さんが僕の情報を知ってるだと……!?


「あ、紅崎さん。僕が放送委員って知ってるんですか!?」


「はい!ずっと前から知ってますよ!!」


 戸惑いながら聞き間違えじゃないかと確認してみる。すると、紅崎さんは笑顔で肯定した。まじか、こっちが一方的に認知してたわけじゃないんだ……。


「原稿を自分で書いてるって聞いてから、いいなぁって思ってたんです……!」


「い、い、いいなぁぁぁぁああ!?」


 拳を握りながら熱弁する紅崎さんにドギマギしてしまう。そんな言われ方されたら少し、勘違いしそうになってしまう。それはどういう意味のいいなぁなんですか!?


「はいっ!原稿を書けるような人ならきっと文章の校正とか得意なんだろうなぁって……!」


 あ、あ〜。無邪気に話す紅崎さんに僕はガッカリしてしまった。ま、まあ、接点のない片思いだと思っていたのに相手も僕のことを知ってくれていたんだから、いい方……だよな?


 ◆


「俺の彼女なんて、俺の顔がどタイプとか言ってたのにちょっとモテる先輩に言い寄られたらコロッとそっちに乗り換えたからな!?」


 放課後、中学の頃の友達とかファミレスに来ていた。最近彼女に振られたというやつの愚痴大会に付き合わされていた。そんな話を聞いて、僕はポツリとこぼしてしまう。


「いーなー」


 せめて、顔を見てくれてたならどれほど良かったか。放送委員なのに声すら多分聞かれていない。彼女を惹き付けたのは文章が書けるかどうかだ。


「オレの彼女もひでーぜ?オレがバイト2個掛け持ちで稼いだ金でデート全部払わせんの。学生同士なのに、きつくね?」


 その話はなんとなく技術力だけ買われた僕に似ている気がした。まあ、付き合ってるだけ友達の方が上だけど。僕なんかまだ友達と呼んでいいのかすら分からない程の関係性だ。


「わかるわー」


「「さっきからお前の恋愛観大丈夫か!?」」


 またもや心の中で思っていたことを呟いてしまっていたらしい。まあ、大丈夫。何も接点がなかった頃よりだいぶ進歩したはずなのだ。


 最近の悩みは彼女が書いた小説を純粋にえっちな気持ちで楽しめなくなったことだ。どうしてもヒロインの見た目の妄想に紅崎さんがチラつく。そして、これを書いているということは彼女もこんなことを望んでいるのかもしれないという想像をしてしまうことだ。


 


 

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