第11話 おとぎ話

レオンが部屋を出て行った後、再び陽とセレーナの二人きりの時間が訪れた。陽は内心の緊張を振り払いながら、静かに口を開いた。


「セレーナさん、一体どういう事ですか?さっきから俺をからかってるみたいですけど、何が目的なんですか?」


冷静さを取り戻した陽は、やや慎重な口調で問いかけた。セレーナはその言葉に対して、真面目な表情で答えた。


「陽さん、私はあなたのヘリオスの力についてもっと詳しく知りたいのです。そして、あなた自身のことも。」


セレーナは机の上にあった古びた本を陽に手渡し、再び彼の隣に腰を下ろした。陽は彼女から差し出された本を手に取り、表紙をじっくりと見つめた。時間の経過を感じさせる装丁だが、それでも大切に扱われていたことが伺える。


「これは…ヘリオスの本?」陽は疑問を込めてつぶやいた。


「えぇ。ただこれは、祖父が私にくださったもので、このヴァレンティーナ王国に伝わるおとぎ話のようなものです。私の家系では代々受け継がれてきましたが、ちゃんと読んでいたのは祖父と私だけでした。」


「ヘリオスのおとぎ話…?」陽は疑念を抱きながらも、その古びた本のページをめくり、目を通し始めた。


---


ー昔々、まだ太陽神アポロンが現れる前、光の神ヘリオスは世界を照らし、全ての生き物に命を与えていた。ヘリオスは特に自然と共存する精霊族を愛しており、彼らに特別な力を授けることを決意した。


ー精霊族に与えられた3つの力ー


光の力:太陽の力そのもので、命を育む光のエネルギー。精霊族はこれを使って生命を守り、豊かな大地を維持していた。

風の力:大気と共に生き、風の流れを操ることで自然のバランスを保つ。精霊族は風を通じてメッセージを送り、嵐や災害から国を守っていた。

水の力:川や湖、雨の流れを司り、生命の源となる水を管理する。精霊族は水を浄化し、恵みをもたらす力を持っていた。


精霊族が平和に暮らしていたその時、「闇の脅威」が突如として現れた。闇は世界を覆い、ヘリオスの光さえも遮るほどの強力な力を持っていた。光が消え、風が止まり、水が枯れ果て、精霊族は次第にその力を失っていった。


精霊族の王たちは全力で闇と戦ったが、その力はあまりにも強大で、ヴァレンティーナ王国は壊滅の危機に瀕していた。絶望の中、ヘリオスは精霊族を守ろうとしたが、彼一人では闇を打ち破ることができなかった。


その時、太陽神になりたてのアポロンが現れ、ヘリオスにこう提案した。


「私の力とお前の光を一つにすれば、この闇を打ち破ることができる。だが、お前の光を私に与えることで、お前は神として私の一部となるだろう。それでも共に戦う覚悟はあるか?」


ヘリオスは悩んだが、愛する精霊族を守るため、自らの光をアポロンに託し、共に闇を打ち破った。しかしその代償として、ヘリオスはアポロンの一部となり、神としての存在は薄れていった。やがて彼は人々の記憶からも忘れ去られていったが、精霊族だけは彼を忘れず、代々その伝説を語り継いできた。


---


陽は一部を読み終え、静かに本を閉じて、再びセレーナに視線を向けた。


「こんな言い伝えがあったのか…でも、この『闇の脅威』とは一体何だったんだ?」


「それが、私にもよくわからないのです。どこにもその詳細は残っていないんです…」セレーナは少し戸惑った表情を見せた。


陽は考え込むように視線を落とした。「(もしかして、今回のゼウスの消失と何か関係があるのか…?)」


陽が沈思していると、セレーナはそっと口を開いた。「実は、私が幼い頃に祖父が見た夢があるんです。その夢の中で、ヘリオスが現れてこう告げたそうです。『天界と下界を揺るがす大きな脅威が訪れる。しかし、異世界から立ち向かう者が現れるだろう。その者は私の力を使いこなし、精霊族の姫が加護を与えることで、力を開放するのだ』と。」


セレーナは静かに続けた。「私が64年ぶりにグランディス家に生まれた娘で、祖父はそれが予言に関係しているのではないかと思っていたのです。祖父は何度もこの夢の話を私に聞かせてくれました。」


「それで…?」陽は身を乗り出して尋ねた。


「1週間前、私の夢にもヘリオスが現れました。『近々、アポロンにより召喚された者が訪れる。その者は救世主となり、天界と下界を守るために戦うだろう。どうか彼に信仰と加護を与え、導いてほしい』と。」


陽は息を呑み、何も言えなかった。


セレーナは陽をじっと見つめ、静かに言った。

「それで…今日」


「あなたがヘリオスの力を持って現れた。」

「俺がヘリオスの力を持って現れた…」


二人の声が同時に重なったその瞬間、陽は何かを悟ったようにカイオスの話を思い出し、口を開いた。


「俺さ、ヴァレンティーナに来る前、アレイオスでカイオスという人に出会ったんだ。彼に修行をつけてもらって…カイオスがフィオーナ草原にあるヴァレンティーナ王国に行けと言ったんだ。きっとここに答えがあると。」


セレーナは頷きながら言った。「カイオスさんの話はレオンさんから少し聞いていましたわ。ヘリオスの力を持った者がこの地にもいたなんて、本当に驚きました。」


陽は再び考え込んだ。「セレーナさんや、お祖父さんの夢が現実になりつつあるとすれば、ヘリオスの伝説にも大きな意味があるはずだ…。」


陽が思い詰めていると、セレーナは優しく彼の両頬に手を添え、目線を合わせて語りかけた。


「陽さん、私たち精霊族は、ヘリオスから受けた恩を忘れていません。もしあなたが誰かを守るためにヘリオスの力を解放するなら、私はあなたに信仰と加護を与えます。」


「セレーナさん…ありがとう…」陽は感謝の言葉を絞り出した。


「これが精霊族としての私の役目ですから。だからこそ、陽さん。太陽神アポロンやヘリオス選ばれたあなたのことをもっと知りたいとも思っているんですよ。」セレーナは微笑みながら、さらに言葉を続けた。


「だから、あんな大胆なことを…?」陽は顔を赤らめ、先ほどの出来事を思い出した。セレーナはくすっと笑い、彼を見つめ続けた。


その瞬間、陽のお腹が大きく鳴り響いた。「グゥゥゥゥ〜〜〜」


陽は驚いてセレーナと目が合い、気まずい顔をしたが、セレーナは微笑んでいた。「お腹、空きましたよね。そろそろ夕食の時間ですし、皆で食事をしましょう。着替えはベッドの上に置いてありますので、準備ができたら下へ来てくださいね。」


「わかりました。何から何まで面倒見てもらっちゃって…あ、あと俺のことは陽でいいですよ。さん付けだと堅苦しいですし。」


「そうですか、では陽…また後ほど。」セレーナは優雅に微笑んで部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る