第8話 変

 麗麗は生まれ故郷へと帰っていた。

 地元へ帰るついでに薬に配合されたであろう薬草探しと電脳街への遠征を行わなければいけない、もはやこっちがメインになった里帰りになった。

 

 彼女の探す薬草は桃源草と呼ばれる青い花と果実をつける幻の植物。ごく限られた場所に群生しており、それが彼女の生まれ故郷にあるとされていた。

 なぜそれを探しに行くかというと、飴の成分に未確認の毒物が入っていたからであった。

 もちろんその毒物が幼少期に見た青い果実かはわからない。可能性の一つとして地元に帰るついでに寄り道しているのだった。

 小さな子どもがふらっと辿り着けたはずの場所なので険しい道のりでは無いことは確かだが、地元民ですらそこの存在を知るものは僅かだった。

『道はこっちで合ってたと思うんだけどなー』

 幼少期の原風景を頼りに道を進む。

 

 逢魔時、黄昏に染まる山肌で反射する鉱物が道標となり、不思議とそれを辿るように進んで行く。

 あの時もこの黄金の景色の中を歩いた気がする。

 場所には似つかわしくないどこからか吹く白檀のような香り。

 瞬間、ゴウっと突風が吹く。

 

       凛。

 

 「ここだ・・・」

 

 聖域、澄み渡る空気

 

 およそこの世と地続きではないような場所

 咲き誇る青い桃源郷

 

 日本での暮らしが長くなったからか足を踏み入れた瞬間、鳥居をくぐったような感覚があった。

 

『ここを知っている人はいるのだろうか』

 

 ふと、聖域の中で異物感を覚えた。

 

『誰かいる』

 

 辺りを見回すと微かに、蜃気楼のように人影が一つ揺らめいていた。

 

 あの影を追いかけていいものか

 

 影を追う前に花と果実を摘み、専用の瓶へと入れる。

 

 揺らめく影を追う

 再び、鳥居をくぐる感覚

 

 麗麗は夜に出た。

 

 瓶の中には朧げに光る果実と一輪の花

 

 聖域にいた時間は僅かだったはずだが、時間の流れが違っていたようだ。

 影を追う前に摘んでおいてよかったと麗麗は胸を撫で下ろした。

「さて・・・電脳街か・・・」

 

 麗麗はひとまず実家へ帰ることにした。

 

 

 斑鳩シンリョウジョ

 

 日を追うごとに特殊な症状の駆け込み寺となりつつある。

 

「最近一日の対応数増えてますよねー」

 シンリョウジョのバイト兼いかるの助手・篝大和は営業開始の準備をしていた。

「今はうちだけで賄えてるからいいけどこのまま増え続けたらオーバーフローだな」

「ここ以外無いんですかね?」

「私みたいな症状の持ち主がいれば可能だがな。あぁ、この間はファインプレーだったよ大和くん」

 アズマと結羅がここに訪れる前、いかるは彼らが来た場合の策を幾つか考えていた。そのうちの一つとして大和に適当なメッセージが届いたら警察をシンリョウジョまで呼ぶという策だった。

「なんで蒲田慎司(水の人)さんが警察の人ってわかったんですか?」

「診断書に公務員とあって少し気になったからね。表面上だけど少し探ったんだ」

「そんなことできるんですか?!」

「あくまで映像として記憶された事がぼんやりとわかる程度だ。確証はなかったが賭けはうまく行った」

「またあいつ来ますかね」

「どうかな。来たとしてもあの男自体は直接的な危害を加えるようなやつじゃない」

「なんでわかるんですか?」

「・・・なんとなくだ」

「自分の家に火つけて燃やしたって言ってたんでしょ?危ないですよ」

「ま・・・こちらに恨みの矛先を向けなけりゃ大丈夫さ。あの男の一番の敵は彼自身だからな」

「はぁ・・・」

 大和はふと、聞こうと思ったまま聞きそびれていたことを思い出した。

「いかるさんのその能力ってどうやって身につけたんですか?」

「自分でもよく覚えていない。ここにくる患者と一緒だよ。技術は自力でなんとかやったけど」

 そう言いながら今日の予約客のリストを見ると、気になる症状の患者がいた。

「今日の予約のこの異常変形という症状・・・あの薬じゃないのか?」

 

 時間になり、予約の患者が来た。

 患者は老人、薬物に手を出すような人間には見えない。

 

「驚いた・・・痛みはないのですか?」

「えぇ、あまり。もう歳も歳ですから随分と鈍くなってるんでしょう」

「この速度で変形すれば相当な痛みがあるはずですが・・・」

 

 仲皿三郎・七十九歳

 

 彼の年老いた顔は瞬時とはいかないまでもかなりの速度で別人の顔に早替わりした。

「一つ聞いておきますが・・・あなたのその姿は・・・本来の姿ですよね?」

 不躾な質問であることはわかっていたが、今は用心するに越したことはなかった。

「え?えぇそうですが・・・」

「・・・で、変形出来ないようにするのでしょうか?」

「えぇ、歳も歳なので自分でも制御出来ない時があるんです。気がついたら違う顔になっていたりして・・・だから家族に驚かれちゃって・・・」

「そうですか」

「あまり自分がボケてるとも思いたくないですが・・・私の顔が変わることで余計にそう思われてしまうみたいで・・・」

「一つの判断基準になってしまっているんですね。ちなみに症状はいつ頃から?」

「えーっと・・・ここ一ヶ月くらいだったかなぁ・・・元々物忘れが酷くなってきてたのもあって・・・家族は私を施設に入れようとしていたんです」

「ではその矢先に症状が現れて」

「最初のうちは流石に驚かれましたが、自分もですが・・・見慣れたんですかねぇ、今じゃあ爺さん自分の顔も忘れたのかって」

「それはお辛いですね」

「だからせめて・・・姿は変わらないようにと・・・」

「わかりました。では処置いたしましょう」

 いかるは老人の頭に指を突き立て脳を探った。

『嘘は言っていないようだ。疑いすぎるのもよくないな』

 

 ガチャリ

 

「はい、これでひとまずの処置は終わりました。もしまだ症状が出るようであればいつでもお越しください」

「おぉ・・・変形しませんね。ありがとうございました」

 老人は深々と頭を下げてシンリョウジョを出ていった。

「しかし・・・今みたいに変形、変身できる能力が他にいたら・・・」

 この症状のことは未だに不明なことが多い。

 能力であればわからないがこれが症状であるならば、他にも同じ症状が現れている人間がいる可能性はゼロではない。

 あそこまでの変形は流石に症状の中でも特殊な部類だと思いたい。

 ひと段落した頃、着信があった。

「あ、るーちゃん。今大丈夫?」

 麗麗からの着信だった。

 

 

  電脳街

 

 下水と芳香と体臭、あらゆる文化が入り混じった迷宮の街・電脳街。

 かつて九龍城砦と呼ばれていたこの街は取り壊しの可能性も十二分にあったが、外部から住み着いた者たちの反対運動もあって取り壊しの計画は中止。繰り返される違法増築により今やかつての倍以上の規模になっていた。

 

『虚兎商店』

 

 電脳街中心部のとある一角にある個人商店。

 

  梁蓝莓 リャン・ランメイ

  梁草莓 リャン・ツァオメイ

  

 2人の姉妹が経営している。

 姉・ランメイは妹を買い出しに行かせ、店で一人暇を持て余していた。

「はい“囍”ねーいつもありがとねー」

 主に日用品を販売しており、中心街ということもあってそれなりに繁盛している。

 ここは電脳街、急進する時代の流れから降りた人間がやってきて余生を過ごす街でもあった。

 基本的に見慣れない顔がレジに来た時は服装などを見た上で”旅行者特別価格”で売っており、その分の儲けがたんまりとあった。

 昼飯時、あたりの飲食店が繁盛している間は暇になる。

 そんな時間帯に珍しくも旅行者が入ってきた。

「あー疲れたーやっとついたわー」

 赤のライダースに金髪の女、話し言葉からして本土の人間だ。ほんとに旅行者か?

「いやー噂には聞いてたけどほんとに歩いてるだけで階数変わるんだねー」

 女はどうやら誰かと通話しているようだった。

「外に出ようとしたら三階から落ちそうになったりしてさー。挙げ句の果てに爺いに道聞いたら一発やらせろってもーほんと、あ、お姉さんこんにちは」

「らっしゃい」

 あまり関わらずにこの場を凌ぎたいと感じ、ランメイはそっけない態度をとった。

「じゃあ一旦切るねー愛してるよるーちゃん」

 女は通話を切ると店中の品物を物色し始めた。

 ランメイの吐くタバコの煙が充満していく。

「あ、おねーさんいいの吸ってんね、それカートンで頂戴」

「・・・・・はいよ」

「あと・・・ここでやばい薬、っつか飴?売ってるでしょ。どんなのか教えてくれない?」

 なるほど、どこで聞きつけたかそれを探しにここまで来たのか。それにしたって本題に入るのが早い。

「・・・うちで売ってるのは普通の飴やけど?これなんか美味いよ、日本のアニメで有名なやつ」

「あーあー違う違う、これに見覚えは?」

 ライダースの女は袋に入った現物を取り出した。

「・・・知らんねぇ」

「じゃあこの男は」

 次に女が取り出したのは男の写真。そこに写っていたのはつい最近も大量買いして行ったあの白髪の男だった。

「ちっ」ランメイは思わず舌打ちをしてしまった。この男が口を滑らせたんだろう。「あんた、どっから来たん?」

「Japan」

「その本土訛りはどこで習ったんかな?」

「今は日本に住んでいるってだけさ。昨日まで里帰りしててね、ついでに探し物を探しに来たのさ」

「日本からだったら先こっち来た方がよかったんちがう?」

「探し物がもう一つあったんよ」

 と言いながら赤い女が取り出したのは一つの瓶。中には青い一輪の花と青い果実が入っていた。

「・・・・・これは?」

「この飴、いや薬の成分の毒の素。

 調べたら中に未知の毒物があってね、もしかしたらと思ってこれを先に探したんだ」

「流石に成分までは知らんね」

「じゃあやっぱここで売ってるんだな?ビンゴ」

「・・・・はぁ、あんた、外部の人間だからわからんだろうけど電脳街で洛丸の話しすんじゃないよ」

「ラクガン?」

「その飴ちゃん、名前も知らんかったん?」

「そういや知らなかったな・・・これはどういうブツなんだ?」

「うちは仕入れて売ってるだけ、火出せるようになるとか聞いてるけど深くは知らないことにしてるよ」

「どこから仕入れてるんだ?」

「あんた私らを消させる気か?答えられるわけないわ」

「・・・この男はよく来るのか?」

「たまに来るだけ、毎回バカみたいに買い付けよるけど」

「Tokyoでこいつがばら撒いているっぽくってね。なんか言ってなかったかこの男?」

 ランメイはあの男が来た時のことを思い返した。

『日本も治安が悪くなってきてねぇ。悪い大人から自分を守れる力をつけさせとかないと』

「みたいなこと言ってたなぁ・・・後は症状の延長上がどうとか・・・」

 ふと、ランメイは思った。

 なぜこんな得体の知れない女にベラベラと情報を喋らなければならないのかと。

「なぁ、あんた根掘り葉掘り聞きよるけど礼儀ってもんがあるん違う?」

「ん?」

「名前、あんたの」

「あぁめんごめんご、あたしは鳳麗麗(フォン・リーリー)博士だよ、よろしく」

「あたしは梁蓝莓。悪いけど質問打ち切らせてもらいます。そろそろ繁盛する時間なんで」

「じゃあ最後に一つ、これはどこで作られている?」

「知ってても言えるかい。

 ま、これ以上ここにおってもあんたに収穫ないよ、お引き取りどうぞ」

 麗麗は「それもそうみたいだな」と言って踵を返して出口へ向かった時

「到家了!」

「うわびっくりした」

「妹」

 ランメイの妹、ツァオメイが帰ってきた。

「・・・・お嬢ちゃん何歳?」

「忘れた!」

「13、私の6個下だろ」

「へぇあなた19なんだ。はい私の連絡先」

「あ?」

 麗麗から渡された名刺にはSNSのアカウントとメールアドレスが記されていた。

「あの男が来たら連絡してね。ほなまた来ます、さようなら」

「再見!」

 ツァオメイの元気な声が店内にこだました。

「なんやってんあいつ」



  シンリョウジョ付近

  

「もう大丈夫かな」

 老人の姿は若い女へと変貌した。

「へぇ、バレなかったんだねぇ」

 変貌の様子を見ていた立里アズマが近寄ってきた。

「アズマさんの言う通り心は読み取れないみたいですね!超再生のことはわからなかったみたいです!」

 超再生、傷がついた瞬間から再生する症状。

 前にこの症状で斑鳩シンリョウジョに訪れた際は処置の必要無しとされた。

 この症状に洛丸の毒性を加える事で、無痛化した人体を破壊した側から作り替える能力、“変身”へと開花した。

「やはり君の超再生の症状と他人になりたい願望はベストマッチだったね

 で、どうだい?じっくり観察できたかい?」

「うん!」

「じゃあ、見せてもらっていいかな」

 真希奈の姿は

 斑鳩いかるへと変貌した。

「これで変身の強度を上げられるぞアズマくん?」

「うん・・・美しいね・・・ところで本当の君はどこにいるんだい?」

 

 尾張真希奈・能力=変身

 

「私はどこにもいるし、どこにもいない」

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斑鳩いかるのシンリョウジョ ちきりや @chikiriya827

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