第6話
『……お前、やってる事メチャクチャだぞ……!!』
『なんで? 帝国は、全部わたしが食い尽くしたの』
グチャグチャ。
肉を喰う音が響く。
『食べたならもう、わたしの物なの』
グチャグチャグチャグチャ。
肉が潰れる音が響く。
額から血を流す俺のものではない。避難していく兵士、必死に立ち向かわんとする騎士たちのものでもない。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。
少女の小ぶりな腹が、どんどんと膨れていく。幼い体に不釣り合いの、妊婦のように膨れ上がった腹。娼館ならば淫靡な光景として持て囃されたであろう光景も、今はただ不気味な怪物にしか映らない。
リリカ・リリラト・リラトゥの胎の奥から、この音は響いている―――――!
『―――わたしの全部で、貴方に勝つの』
瞬間。
リラトゥの腹を突き破り、母の命令を受けた
「……夢見が最悪過ぎる……」
どうも。正直自分のことをコスパの良い英雄だと自覚してないでもないでお馴染み、クライヒハルトである。
リラトゥと久々に会ったからか、去年の戦争のことを夢に見た。
あれは本当に地獄だった……戦争の終盤も終盤、リラトゥが帝国軍全てを囮にして俺の陣地へ襲撃を掛けてきたのである。自らが生み出せる魔物の殆どを投じた、戦略的には愚策なはずの総攻撃。
戦術や戦略など一切気にしない。ただ俺と戦いたいだけで、国一つを使い潰せる怪物。
単一の目的の為に全てをなげうって動く、昆虫めいた無機質さが彼女にはあった。
「あれを制御できると思った前の帝国、マジで何考えてたんだ……?」
ちなみに。
コスパの良さという点では、リラトゥも中々の物だったりする。
なんせ、帝国軍は一人残らず解体されたからな。文字通り。今はあいつが産みだした兵隊が、無賃無休で帝国の治安を維持している。他にも、奴の産み出したオーガやトロルが公共工事で活躍したりしている。無限に人手を産み出せるという点では、奴ほど国家運営に向いている英雄は存在しないだろう。
たった一人に軍やライフラインを全て依存するという恐ろしさにさえ目を瞑れば、奴を自国の英雄として祭り上げた前皇族たちも優秀だったのかもしれない。結果は……まあ、うん。
この世の無常さを嘆きながら、近寄って来たメイドの方々(マリー殿下の部下をお貸しいただいている)に身だしなみを整えてもらう。
無常と言うなら、今の俺だってそうだ。
今日は、リラトゥが友好のために主催するパーティの当日。当然、俺もそれに出席せねばならんのだった。嫌すぎ。どんなパーティになるんだろうな。メインディッシュに人肉が出てこない事を祈る。
「……はぁ……」
「――――――!! 申し訳ありません、何か粗相を……!」
「アッ違うんです違うんです、ほんとごめんなさい」
「……初代皇帝、リリカ・リリラト・リラトゥです。本日は多くの方々にご参加いただき、誠にありがとうございます。前皇帝の愚かな選択により、両国の間には多くの血が流れました。しかしわたしたち帝国は、王国と手を取り合って進んでいきたいと願っています。この会が、両者を結ぶ一助となる事を願います」
……淡々と言葉を紡ぐリラトゥを、表向きは笑顔を浮かべながら見つめる。
よく言うわコイツ……。戦争を進言したのもお前だし、途中で帝位を簒奪してノリノリで攻め立ててきたのもお前だろ。責任を全部前皇帝におっ被せやがって、歴史捏造にしたって
リラトゥの適当なペラ回しを聞き流しながら突っ立っていると、彼女の横に一人の男性が歩み出てくる。豪奢な赤いローブに、よく鍛えられた肉体。彫りの深い、厳めしい顔立ち。姫様のパッパである、グラナト陛下だ。
「シグルド王国国王、グラナト・アストリアだ。まずは今日という歴史的な日を迎えられた事を、素直に喜ばせて頂きたい。戦争の傷跡は深く、両者の間には大きな溝が横たわっているが……以前の帝国は、もう何処にもいないのだ。新しいリラトゥ帝国と、また改めて友となってゆきたいと思う」
あっ、もうそういう方向で行くのね。マジかよ、遺族感情とかどうなってるんだ。全部以前の帝国の責任で、今の帝国は友好的な新国家だって事に本気でするのか。凄いな、前皇帝が墓から這い出てくるんじゃないかってくらい名誉が冒涜されているぞ。
「「乾杯」」
両者が共に杯を掲げ、周囲の貴族たちもそれに追随する。俺も爽やかな英雄スマイルを浮かべたまま、パチパチと力なく拍手を送った。なるほど、全部前の帝国が悪かったんだなぁ。許せへんよ。民を大事にするリラトゥ陛下とならきっと仲良くできるよね。
「(……さて、マリー殿下は何処にいるかな……)」
「遊ぼう、クライヒハルト」
「……リラトゥ。いや、今はリラトゥ陛下とお呼びした方が良いでしょうか?」
なんだお前、ご主人様を探すワンコを邪魔するんじゃあ無いよ。
笑顔で向きなおり、俺のヘソほど迄しかないリラトゥを見下ろす。一応観衆の眼があるからな、あまり邪険にも出来ない。マゾ堕ちには入念な準備が必要なのだ。
「リラトゥで良いよ。友達だもん」
「……………はは、光栄ですね。しがない平民である私と、皇帝陛下が友人とは」
「うん。リリちゃんでもトゥーちゃんでも好きに呼んでいいよ。あだなで呼ぶと親しいって事になるんだよね?」
「ははは……いやそんな、ねえ? はは……」
空笑いしか浮かべる事が出来ない。助けてくれ。
「食べれるまで後どれくらいかな。クライヒハルトの事もハルくんって呼ぼうか?」
「……はは……」
そう言って歪な笑みを浮かべるリラトゥに対し、乾いた笑いを返す事しか出来ない。
そんな俺をリラトゥは少し不思議そうな顔で見た後、少しだけ口を開いた。喉の奥にチラリと、昆虫の節足のような物が見える。
「……【
「ビックリだな……お前、そんな器用だったっけ」
周囲の喧噪が遠くなる。
遮音結界を使える魔物を体内で召喚したのか。以前より能力の熟練度が上がって無いか?
「……で、何しに来たんだよ。ホスト側だろ、もてなさなくて良いのかよ」
「うん。
「本当に大丈夫かね、それ……」
実務は文官に任せてるんだろうが、バレたら普通に外交問題だろ。
「楽しい? クライヒハルト」
「……別に……」
「なんで? パーティって楽しい物なんでしょ? 料理も人間のお肉じゃないよ。あと何が足りない?」
「……色々」
マジで人間と話してる気がしないんだよな、リラトゥとの会話。
「そっか……次はどうしようかな。もっとプレゼントを渡せばいいの?」
仲良くなるにはプレゼントを渡しましょう。一緒にパーティをして、あだ名で呼び合いましょう。たまたまヒトの姿を取っただけの昆虫が、どこかで読んだ教本通りに動いているだけのようにしか見えない不気味さがある。
「マリー・アストリアでしょ」
不意に、リラトゥが無機質な眼でそう言った。
「―――――――」
「王国の人が困ってたよ。ワガママな王女様が、英雄を好き勝手に使ってるって。わたしの耳が、そう聞いたの」
耳。リラトゥが用いる、諜報に特化した昆虫機兵。王都に侵入を許した覚えはない。恐らく、前回の戦争の時に聞きだしたのだろう。
「クライヒハルトは女の色香に弱いのが弱点なんだって。魔女に誑し込まれちゃったんだって。『英雄を侮辱するな!』ってその人は殴られてたけど、これは本当の事だからだよね」
無感情のまま、彼女はそう語る。そして俺は、既にこの話の先が読めていた。
リラトゥに人の心を理解する情緒はない。ただそう定められたプログラム通りに、彼女は動く。
「困ってる事を解決してあげたら、仲良くなれるんだよね。でしょ、クライヒハルト?」
……周囲の人々が、少しずつ遠ざかっていく。原因不明の寒気に、体が無自覚的に逃走を選ばせたのだろう。当たり前だ。たかが魔物程度の結界で、俺の……英雄の怒気を、誤魔化せる訳も無い。
「クライヒハルト、怒ってるの?」
「……お前、マリー殿下に何か妙な事するつもりじゃねぇだろうな」
「したら、殺す?」
「殺さん。俺はマリー殿下の
だから、それ以外の全てをやる。
そう言って睨みつけると、リラトゥは初めて笑った。背筋を凍らせる、怪物の笑みだった。
「ふふ。嬉しい。少し仲良くなれた。やっぱり、パーティを開いて正解だったね」
話にならん。
もういい。俺はこんな風に後手に回らせられるのが一番嫌いなんだ。
眼の前のコイツを顔面3倍になるくらいボコボコにして、何考えてるか洗いざらい吐かせてやろう。そう決めて、一歩踏み出すと。
「……ちょっと、クライヒハルト卿? 盛りのついた犬のように周囲を威嚇するのは止めてもらえないかしら。ああ、そう言えばあなたは年中発情期みたいなものだものね」
鼓膜を心地よく叩く麗しい声。美しい顔。均整の取れたプロポーション。
世界で一番女王様、マリー・アストリア殿下が迷惑そうな顔で現れたのだった。
「ハッ、申し訳ありません」
即座に臣下の姿勢を取る。なんや、マリー殿下おるやんけ!!!!!!
チッ、無駄にシリアス顔して損したわ。舐めんなよこの腐れロリが。
「リラトゥ陛下と親交を深めていた所、つい力比べのようになってしまい……お歴々の皆様も、誠に申し訳ありません。私の安い頭でご納得いただけるとも思いませんが、平にご容赦願います」
ぺこぺこと頭を下げる。全く、何でも暴力で解決しようとするとか怖いわ……野蛮人じゃんね。
殿下の靴でも舐めましょうか。いやでも、公衆下での堕ちプレイはまだ時じゃないな……。
「……何かは分からないけど、ほどほどにしてちょうだいね。 発情が収まらないなら床に腰でも振ってなさい? 踏みつけてあげるから」
くぅーん、くぅーん♥
やっぱ公衆の面前で罵倒されるのが一番気持ちいいワン……! 王国最高の騎士でありながら、ご主人様に罵倒されて興奮する俺を見ないでくれ……いや、むしろもっと見てくれ……!!
「……やっぱり……」
なんだ、まだいたのかジト目ロリ。帰って良いぞ。俺も今からマリー殿下とプレイルームにしけこむから。
「クライヒハルトが可哀想。助けてあげたら、食べても良くなる?」
「前提条件から何から何まで全部違うわ。あまり殿下の事を悪く言うなよ」
「そうなの? でも、ごめん。もう話は進んじゃったから」
は?
言葉の意味を理解する前に、リラトゥがグラナト王へと歩み寄る。
「陛下。恐れながら、例の話を今お伝えしていただいても……」
「ふむ……まあ、先倒しにしても問題は無いでしょう。承知しました」
グラナト王が壇上に立ち、周囲の注目を集めるように咳ばらいをする。
その背後に――――あれは、誰だ? 見た事も無い全身甲冑の男らしき人物が、恭しく立っているのが見えた。
「……そう言えばマリー殿下、どこ行ってたんですか? 寂しかったですよ、せっかくのパーティなのに」
「私に言われても困るわよ……父上に、いきなり別室で待機しておけって言われて―――」
「――――諸君。先程述べた通り、今日は記念すべき日である」
朗々にして快活。国を支える覇気を身に纏いながら、グラナト王が声を響かせる。
「何を記念すべきなのか? それは、この場にお集まり頂いた皆様ならばもうお分かりであろう。和平条約が本日、ついに調印された。王国と帝国。不俱戴天の敵同士であった二者の、和解の日である」
帝国との和平、ついに成ったのか。少し前まで難航していたはずが、リラトゥが来た途端に凄い進みようだ。……あるいはそれも、あのロリの計画の内か?
「……諸君らの想い、儂にも伝わっておるつもりだ。剣を置き、敵の手を取る事は、あるいはただ争うよりも大きな痛みを伴う。分かってくれとも言えぬ。ただ、待っていて欲しい。争いの終わりの先に、確かに実る物はあるのだと。それを信じて、どうか待っていて欲しい」
……周囲の貴族たちの反応は様々だ。王国の懐事情を理解していて、ホッとした顔の奴。恨みを捨てきれず、複雑な顔をしている奴。何も分かっておらず、勝てたはずなのにと悔しがっている奴。ただ和平を喜んでいる奴。共通しているのは、誰も王の決定に異議を唱えたりはしないという事だ。王には……何て言えば良いんだろうな。"自分の望みを相手に伝える"ような、そういう力があるのだ。異能にも満たない僅かな力だが、王にはこれ以上なく適した能力だろう。
「そして」
王が、後ろを振り向く。視線を受けた甲冑男が、一歩前に出る。
「マリー・アストリア。ここへ」
「え?」
マリー殿下が? 混乱した顔のまま、マリー殿下が甲冑男の横に立つ。
な……なんだかよく分からんが、猛烈に悪い予感がしてきた……!!
「両国の友好の証として―――――シグルド王国、マリー・アストリア第二王女。リラトゥ帝国、ヴェスパー・ガルドロック軍統括長。両者の婚約を、ここに宣言する!!」
「は?」
「は?」
「……ごめんね?」
万雷の拍手の中。
俺とマリー殿下は間の抜けた表情を晒し、隣のロリは相変わらずの無表情で手を合わせた。
ね……。
寝取られやんけ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!
王国は終わりです。さようなら。
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