第5話
「……では、帝国としては和平を望んでいると?」
王宮の中、厳重な警備に囲まれた部屋で。
二人の男女が、テーブルに向かい合って座っていた。周囲には無数の役人たちが、この会談を記録として残すべく目を血走らせている。
「ええ、勿論。近年の魔物の活性化や、大陸外縁部における魔族の不穏な動き……我らが皇帝は大変心を痛めておられます。過去の確執を乗り越え、共に手を取り合いましょう」
"心から平和を願っています"と言わんばかりに、帝国の女性は美しい笑みを浮かべる。限りなく計算され尽くした、欺瞞の笑みだった。
「(よく言う……クライヒハルトに怯えただけだろう。だが、ある意味で好都合だ。帝国に簒奪された領土を、どれ程取り戻せるか……腕の見せ所だな)」
「(奴さえ現れなければ、今頃この城には我らが帝国の旗がはためいていた物を……だが、王国とて負け戦に疲弊しているはず。出来る限り損失を抑えたいが……しかし……!)」
にこやかに笑いあう両者の間に、ピリピリとした緊張感が高まっていく。
クライヒハルトを理由に領土割譲を求める王国と、疲弊した王国軍を理由にそれを避けようとする帝国。相対する両者の舌戦は、今のところ平行線を辿っていた。
過熱していく苛烈な交渉戦。その天秤を傾けたのは、一通の魔導通信だった。
「あ……あの!! 外務官殿に、通信が入っております!!」
「……失礼」
切羽詰まった様子で現れた通信使に、帝国の外務官がそう断りを入れる。王国貴族が軽く手を振ると、頭を下げてこめかみに手を当てる。複数の魔導士間でパスをつなぐことで、超長距離での会話を可能とする魔導通信。莫大なコストがかかるこれを誰が使ったか、彼女には既に見当が付いていた。
「……はい……はい、ええ……。いえ、それは……お待ちください、本当に勘弁してください……謝ります、誠心誠意込めて謝りますから……どうかそれだけは……あっ、ちょっと!!」
わずかな沈黙。
先ほどまでとは別人のような取り乱し方を見せた彼女は、周囲の視線を一身に集め、窮屈そうに身をかがめながらこう言った。
「……皇帝陛下が、クライヒハルト卿にお目にかかりたいと申しております」
「……帝国の皇帝が、こっちに来るらしいわ」
「え」
どうも。鞭は乗馬鞭よりバラ鞭が好み、クライヒハルト卿である。
今日も今日とて姫様の部屋の暖炉でぬくぬくしていると、姫様がとんでもない爆弾発言をなされた。
帝国。
自らが抱えていた英雄に国を乗っ取られ、国号や法すらも変えられた失敗国。その皇帝が来るという事は、つまるところ帝国の英雄……あのイカレた食人鬼が来るという事だ。
「な……なんでそんな事に……? やめときましょうよ……無辜の王国民が何人行方不明になるか知れたものじゃありませんよ……?」
虎の前に肉を差し出して、ほーら食べていいよと促すようなものだ。やめなされやめなされ、R18-Gは専門外ですぞ。
「絶対ろくな事になりませんって……王国民の指でわんこそば大会とか開かれますよ」
「縁起でもないこと言わないの。わんこそばって何よ、可愛い名前ね……」
嫌だ~~~~~~。去年ハチャメチャに戦って決着ついたはずじゃんって。もう奴の顔も見たくないよ。完全に食傷気味である。
あの英雄が帝国を乗っ取って、変えた事はたったの三つ。国の名前と、制度が二つだ。
一つ。従来の司法制度を厳格化し、死罪判決が下された者は即時処刑されるようになり。
二つ。帝国領内での食人行為が合法化された。
勘のいい人間なら、何が目的かよく分かるだろう。つまりあの皇帝は、罪人を喰って処刑してるという訳だ。合法的かつ誰にも邪魔されず人を喰いたいという欲望を叶えるために、ついに国の方を変えてしまったのである。正直言ってキモ過ぎです。
「そもそも、何しに来るんですか……?」
王国侵攻の動機も、"もっと人を食べたかったから"程度の理由でやった怪物だぞ。そう思いながら聴くと、マリー殿下は顔をしかめて俺を指さした。
「……貴方よ」
「は?」
「貴方に会いたいって言ってるのよ。リラトゥ帝国初代皇帝、リリカ・リリラト・リラトゥは」
「え、嫌です……」
あのイカレ女には二度と会いたくないです。
俺に喰われろとおっしゃる?? R18-Gは苦手なんだって。
脊髄反射で拒絶の言葉を吐き出した俺に対し、マリー殿下は頭を押さえながら話を続ける。
「……国家の全権を握るリラトゥが来ない限り、帝国との和平交渉は停滞したままよ。そして
「嫌です……」
「……継戦を主張するアホな貴族もいるけどね、こっちの懐事情はもう限界間際なの。次の戦争で貴方はリラトゥを殺せるでしょうけど、代わりに王国は致命的なダメージを負って崩壊するわ。今回の停戦は、互いにとって最善の道なのよ」
「嫌です……」
別にマリー殿下たちさえいれば、王国が崩壊しようが天下統一しようが知ったこっちゃないしな。異邦人にそこまでの愛国心を求める方が間違ってるぞい。
駄々をこねる俺にマリー殿下は少し沈黙した後、冷たくため息をついて舌打ちをした。
「チッ……」
「!!」
「貴方、自分の立場を忘れてるんじゃないの? ねえ。貴方は、一体、誰の犬かしら?」
「ワン! マリー殿下の犬ですワン!!」
素早く気を付けの姿勢を取り、マリー殿下へ熱の籠った眼を向ける。
そうそう。俺に命令するときはこうやってくれないとね。流石マリー殿下、よく分かっていらっしゃる。
「そうよねえ。女の子に虐められるのが大好きな、ド変態のマゾ犬よね。だったら、取るべき態度が違うんじゃないかしら?」
マリー殿下が顎をしゃくると、背後からイザベラさんが俺の肩を掴み、強制的にマリー殿下へ跪かせる。くっ……身動きできないぜ!! 無理矢理土下座させられるなんて屈辱なのに、関節とかを極められてて全く動けないぜ!!
床に這いつくばって、マリー殿下を見上げる。相変わらずお美しい。女性は見上げる方が美しく見えるよね。
「そうそう。こうやって見下されて、馬鹿にされて、笑われるのが気持ちよくて仕方ないんでしょう? お望み通りたくさん虐めてあげるから、ちゃんと言う事を聞きなさい?」
「くっ……ご褒美が欲しいです……」
「………………何個よ」
「2個……いや、3個で……」
「………………まあ、いいわ。3個ね」
よっしゃあ。
喜びのままに立ち上がり、キラキラとした英雄スマイルを浮かべる。
「ご下命、確かに承りました! 無辜の人々を守るために、私は騎士となったのです!!! 人喰い皇帝が何をしようと、愛すべき民は誰一人傷つけさせません!!!」
「…………………」
ジト目で俺を睨むマリー殿下へ、俺はより一層輝かしい笑顔を向けるのだった。キラッ。
そして。
「……と、いう訳で俺はお前の護衛役を仰せつかったという訳だ。マリー殿下の海より深く山より高い慈悲に感謝せえよ」
「うん。超感謝。ぴすぴす」
そう言って無表情のままピースをする、幼い少女。彼女こそがリラトゥ帝国初代皇帝、リリカ・リリラト・リラトゥだ。
俺は人払いされた部屋の中で、ポリポリと菓子をつまむこのイカレガキの相手をせねばならんのだった。
「……一応聞いとくけど、今喰ってんのって何?」
「大丈夫。これは魔物の骨。マナーは守る。礼儀を守ってこそ、食人は美味しいから」
「へー……帰っていい?」
怖いよ~~~~~~~。
見た目はジト目ロリって感じでメチャクチャ好みなのに、言ってる事が常軌を逸していて会話になんないよ~~~~。
「………………………」
「………………………」
きまずっ。何か喋ってくれよ。咀嚼音が響き渡って怖いんだけど。
え、これ、俺がホスト側なのか? もてなさないといけないのか? 勘弁してください。俺に戦闘力以外を期待しないでくれ。
「えっと……な、何しに来たの?」
Youは何しに王国へ? いや、ほんとに。お前の御付きの外務官、心労で死にそうな表情してたぞ。最高戦力がホイホイ移動しないでくれますかね。
「……去年は、楽しかったよね」
「べ、別に……?」
「帝国の死者はね、全部わたしが食べたの。みんな、わたしの為に頑張ってくれたから。王国側もたくさん食べたよ。みんな凄い人たちだったから」
「お前のそれ、こっちではとんでもない問題になってたぞ。家族の死体が帰ってこないっつって」
「人を食べるのは楽しい。その人のお肉がじわーってお腹に染みて、全部が私の物になるの。その人の事が全部分かるの。それが気持ちいいの」
「俺の声が聞こえてないのか? それとも会話する気が無いのか?」
不思議系のキャラでいけば多少の無礼は誤魔化せると思うな。俺はいざという時の暴力は躊躇わん男だぞ。
「……とにかく。これで王国とは手打ちにするって事で良いんだよな?」
「うん。これ以上やると、人が減り過ぎちゃうから。いっぱい食べる為に攻めたのに、スカスカになっちゃう」
「ヒエ~~~~~」
えーと。
王国を併合して、領内で産まれる罪人の数を増やすために攻め込んだけど、これ以上人間が減ると損益分岐点を超えちゃうって事だよな? 言ってる事ヤバすぎ。国家経営を牧場物語感覚でやらないでもらえますかね。
「ヨシッ、それさえ分かりゃ後はどうでもいいや。やっぱり平和が一番だよな。じゃ、後は文官相手に話を進めてもらって……」
「貴方に会いに来たの、クライヒハルト」
「……………」
会話が成り立たん……!
マリー殿下……! 今、猛烈にあなたに会いたいです……!
「……それ、お前の御付きも言ってたけどさ。どういう事なん? お互い、去年でもう散々顔合わせただろ。もういいよ。もう夢にうなされるくらいお前の顔は見たって」
「うん。わたしも、貴方の事を毎晩夢に見る」
「は?」
「貴方を食べたいの、クライヒハルト」
「…………………………………………」
絶句。
「あ、食べてもらう方向でもいいよ」
「待て待て待て待ってくれ。何? もしかしてだけど、来た理由ってそれ?」
「うん。今まで生きてきて、貴方くらい強い人にあったのは初めて。食べたいし、食べられたい。貴方と別れてから、他の人は一人も食べてないの。貴方の為に、ずっとお腹を空かせておきたいから」
「帰っていいか?」
助けてくれ。
「わたしの能力、知ってるよね? わたしに食べられた物は……」
「……お前の体内に蓄えらえて、好きな時に呼び出せる
英雄と認められる条件は二つ。
超人的な身体能力と、それぞれ固有の異能を有している事だ。
このジト目ロリもその例に漏れない。帝国初代皇帝、リリカ・リリラト・リラトゥの能力を広く解釈するなら、"
食べた者を、自らの
「そう。だから、ね?」
「なになになになに、なにが"ね?"なの? 怖いって。お前の脳内論理だけで話を進めないでくれ」
「……むう。まあ、いい。まだ仲良し度が足りない」
「その概念も何???」
そのまま、リラトゥはすくっと立ち上がり。
「帝国は和平を望んでいる。王国はわたしより弱いけど、あなたはわたしより強いから。これ以上戦っても、お互い損になるだけ」
「はあ……それで?」
「仲良くしたい。交易もしたい。王国から小麦を買って、帝国の鉄を売る。お互い、もっと豊かになる」
「いい事ですねえ」
「うん、いい事。これからはずっと仲良し。その為なら、わたしのペットも何匹か貸してあげる。土地とお金はもう帝国の人にあげちゃったけど、必要なら他所を新しく開拓してあげても良い」
「はあ……まあ、ありがとう、でいいのか……?」
「……どう?」
「ど、どう……???」
い、いい事ですね……? 何? なんなの? ジッとこちらを覗き込んでいるリラトゥの眼は、まるで昆虫のように何の感情も浮かんでいない。
「……まだ食べさせてくれない?」
「何してもダメだわアホ」
「……仲良し度上げるのって、難しいね」
「本来はもっと簡単なはずなんだけどね」
地獄だよこの部屋。
ちなみに俺の仲良し度は、俺の尻を叩いたり顔を踏みつけたりすると上がるぞ。叩くとスコアが上がる、ほとんど太鼓の達人と一緒の仕組みだ。
「じゃあ、わたしを食べる?」
「今の話の何処に"じゃあ"ってなる要素があった?」
文法どないなっとんねん。順接の定義を勉強し直してこい。
「うーん……難しい」
「異星人がコミュニケーション取ろうとしてるみてぇだな、お前……」
「とりあえず、今日は帰る」
「おー……え、今日……?」
「うん。王国の人が足元を見てきてるせいで、交渉は難航してるから。しばらくは王都に居る」
「カス貴族ども……! 許せへん……許せへんよ……!」
「またパーティも開くし、一緒に共同作戦したりするから。絶対来てね。来ないと……」
「……来ないと、何?」
「……吐くから」
「行きまーす……」
リラトゥの
前の戦争でさんざん見たグロ画像を思い返してげんなりしながら、俺はそうよわよわしく返事を返すのだった。
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