第3話
どうも。
"人類最強"の飼い主、マリー第二王女である。
「……ああ、あれが例の……」
「まったく、クライヒハルト卿もなぜあのような売女を……」
……現在、私は王宮へ登城している。周囲の法衣貴族共がピーチクパーチクとうるさいので嫌なのだが、父上……つまりシグルド王国国王、グラナト・アストリア陛下に呼び出されたので仕方が無かったのだ。
「妾の子……娼婦の娘……」
「英雄をたぶらかした悪女……」
寒々しい廊下を歩きながら、周囲からの陰口を無視してすまし顔を作る。
それにしても、何でわざわざ聞こえるように言うんだ。毎度毎度お決まりの内容を垂れ流しやがって。鳥の鳴き声でもまだバリエーションがあるぞ。
こいつらはいつもそうだ。血筋なんていうどうしても変えようがない物を理由にして、人の価値を測った気になるクズどもめ。負けるものかの気持ちを込めて、わざと奴らの方へ向かって行く。
「あら、ごきげんよう皆さま? 随分と楽しそうにお喋りされていたようですが……」
「……おお、マリー殿下におかれましても、ご機嫌麗しく。今日も一段とお美しゅうございますな」
チッ、カスが。もっと目の前で暴言吐くくらいの気概見せんかい。
「聞きましたぞ、クライヒハルト卿の活躍……群れのワイバーンを単騎で討滅させたとか……いやいや、流石ですなぁ」
「まったくですな。やはり、良い主君には良い臣下が付くという事でしょうか?」
「ハハハハハ、流石マリー殿下。人徳が優れていらっしゃいますな」
……このカス共の言葉を翻訳すると、『お前の部下のクライヒハルトくん、滅茶苦茶活躍してるよね。凄いなぁ……アレッ、じゃあその主君のお飾り王女様って何やってるの!?!?!?!?』という事だ。
そんなもん、ある訳がない。私には直属の騎士団も領地も無いんだ。ただ王都で飼い殺されているだけの私に、出来る事なんか何もある訳ないだろ。
「ふふ、まったく。私には勿体ないほどの騎士ですわ」
「またまた、ご謙遜を。マリー殿下の器量でございます。やはり、血筋が良かったのでしょうなぁ」
「―――――ええ。そのようなことも、あるかもしれませんわね」
『流石、国王を誑かした娼婦の娘。男を手玉に取る才能だけはあるようですな』
今の言葉を翻訳すると、だいたい今のような意味になる。ここの貴族は、こうやって婉曲かつ迂遠な言い回しで人を不快にさせるのが物凄く上手い。クライヒハルトが現れるまで、帝国に押され続けていた経験が口先を磨いたのだろう。
「おや、いけない。殿下と直接お話しできる名誉に、つい時を忘れてしまいました。お忙しい殿下のお時間を頂戴してしまい、誠に申し訳ありません」
言いたい事だけペラペラとまくし立てた後、法衣貴族たちは張り付けた笑顔で去っていった。お忙しいだの何だの、最後まで嫌味たらしい奴らだ。
「…………………」
悔しい気持ちを押し隠し、いつもの冷血な顔を形作る。
私の母は、平民だった。
国王である父がその美貌に惚れ、横車を押して後宮へ押し込み……慣れない貴族生活に疲弊したのか、母は早くに亡くなった。身体の弱い母だった。母が存命の内は『身分を超えた愛』だの『まこと王に相応しい慈悲深さ』と好き勝手に言っていた貴族たちも、母が亡くなり、父が私に愛情を抱いていない事を見るや否や、『青い血を引いていない』『娼婦の娘』と陰口を叩くようになった。
私は、何も期待されていない。
王族に与えられるはずの近衛兵も騎士団も、私には与えられなかった。平民の娘が武力を持つことも国政に関わる事も、この国は望まなかったのだ。私は一人で四方八方を駆けずり回って『劇団』を揃えたが、それすら有用と見るや義兄の所へ召し抱えられそうになった。
私を最も高く評価しているのはクライヒハルトだけだと、以前イザベラに漏らした事を思い出す。あれは誇張でも何でもない。救いようのないマゾ野郎という事を抜きにすれば、奴は本当によい騎士なのだ。
「……ふう」
疲れる。王宮は本当に、いつも来るたびに寒々しい気分になる。
こちらをチラチラと覗いてくる野次馬共を冷たく一瞥し、足を進める。カツカツと鳴る靴の音が、余計に私が一人きりであることを実感させた。
「……こちらでお待ちください」
「ええ、ご苦労さま」
使用人に案内されるまま、豪奢に飾られた一室へと案内される。海千山千の貴族たちを取りまとめる父上はとてもお忙しい。謁見するまでには、今しばらくの時間が必要になるだろう。ポツンと一人でソファへと腰かける。お茶を出してくれる気の利いたメイドもいない。本当に一人きりだ。
「イザベラでも連れてこれればなぁ……」
ポツリと小声で呟く。無理とは分かっていたが、そう言わずにはいられなかった。やはりこの王宮で一人きりというのは中々にこたえる。
「呼びました?」
「ぅわ」
ビッ………クリしたぁ。口から心臓が飛び出るかと思った。本当に怖い時って叫び声も出ないんだな。
足元から声。テーブルの下からニュッと、
「……あら、誰かと思えば。クライヒハルトじゃない」
跳ねる心を必死になだめ、落ち着いた声でそう話しかける。長年の付き合いだ、もう何が起こったのか聞かなくても分かる。
「駄目よ? 王国の英雄サマが、こんな所で寝そべってちゃ。うっかり、誰かに顔を踏まれてしまうかも……♥」
ヒールを脱ぎ、クライヒハルトの頭の上で足をフリフリと振って見せる。
おおかた、コイツも父上に呼び出されていたのだろう。そして、後から私も来る事を知ったのだ。ご褒美に飢え切ったマゾ犬であるクライヒハルトの事だ。この部屋に、僕の大好きなご主人様が来てくれるワン。そういう頭が煮え切った思考と共に、あわよくば踏んでもらえないかとテーブルの下で待機していたのだろう。
……いや、怖すぎるだろ。足元からコイツの顔が生えてきた時、もうそういうモンスターだと思ったもん。シームレスに女王ロールプレイに移行できたのが奇跡に近い。
「あら、どうしたの? そんなに目を血走らせて……まるで踏んでほしくて仕方ないみたいじゃない。 違うわよね? 誇り高い英雄様ですもの。こんな小娘に顔を踏まれたら屈辱よね?」
クライヒハルトは犬のように腹を見せて、ハッハッと期待に満ちた眼で私の足裏を見ている。奴の胸は期待で高鳴っているのだろうが、私の胸も緊張で高鳴っている。
こんな場所でプレイをさせるな!!! 王宮の控室だぞ!? 次の瞬間に召使が『陛下がお待ちです』とか言ってきてもおかしくないんだぞ!?
頭がおかしい。性欲しか頭に詰まっていないのか? 巨大な男性器が服を着て歩いているのか?
「ほら、よく見なさい? ご主人様の脚を。あなたのようなマゾ犬の大好物よね、これ? 」
言葉で時間を稼ぎながら、高速で頭を回転させる。なんて悲しい頭の使い方だと思うが、それを嘆く時間も無い。ど……どうすればいい? 謁見前だぞ!? いつ人が来てもおかしくない。私は、ここからどうすれば……!?
……いや、見えた!!ここから逆転する方法!
「あ、そうだ♥」
一瞬の閃き。
発想を逆転させろ。タイミングが分からないから問題なんだ。むしろ、こちらから呼んでしまえば良いのだ……!!
私はテーブルに布を掛けて覆い隠すと共に、置かれていたベルを鳴らす。
「……はい。何か御用でしょうか」
「―――――――ッ♥♥♥」
足元で、マゾ犬が歓喜する気配。よし、来たのが女なのもちょうど良かった。この男は人に見られるか見られないかのギリギリを攻めると喜ぶからな。世が世なら稀代の露出狂として名を馳せたであろう変態だ。
「別に? ああ、喉が渇いたからお茶でも入れて頂戴。竜骨葉が良いわ」
「……かしこまりました」
嫌々そうにカチャカチャと器具を用意するメイドを横目に、足元に寝そべるマゾ犬へ目を向ける。……滅茶苦茶嬉しそうな顔しやがって。私はもうお腹が痛くなり始めてるんだぞ。
涎を垂らさんばかりの犬に、眼を細めた笑みでこう囁く。
「(……舐めろ♥)」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ♥♥♥」
もし尻尾があれば全力で振っていそうな満面の笑みと共に、クライヒハルトが私の足へ唇を落とす。よし、決まった。テーブルクロスで覆われた疑似的な密室という状況に、いつバレるか分からない緊張感。我ながら調教の腕前がどんどん上がっていて、本当に悲しくなってくる。
「……姫様、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何も?」
よし。我ながら今回はかなり良くやったんじゃないか? クライヒハルトはこれ以上なく幸せそうだし、このままメイドをココに居させて適当に揺さぶってやれば謁見まで持つだろう。
「……こちらに。では、私はこれにて失礼いたします……」
「あら、折角だからお喋りでもしましょう? わたくし、暇で仕方ないの」
「……かしこまりました」
下でマゾ犬が「!?」と言うような表情をしているのが見える。この状況で
「ねぇ、貴方はクライヒハルト卿の事をどう思う?」
「どうと言われても……やはり、素晴らしい英雄だと思いますが」
「ふぅん……そうねぇ。本当、自慢の英雄さまよね?」
「―――――――♥♥」
その後。私が意味深な事を言ったり、メイドをギリギリまで近寄らせたりするたびに、クライヒハルトは目をハートにさせて喜び。私は何とか、謁見までの時間をやり過ごすことが出来た。
やっぱり一人の方が精神的に楽だなあと思いました。独り身ってサイコー。
どうもこんにちは。
101匹マゾワンちゃん、クライヒハルトである。
突然だが、皆幼少期の冬を思い浮かべて欲しい。そろそろクリスマスだ。サンタクロースを信じているにしろいないにしろ、クリスマスプレゼントが貰えるという事実は変わりない。
いったい、プレゼントは何が貰えるんだろう。夜中に布団へ潜り込むとき、たまらないワクワクが身体を包み込む。明日、目が覚めれば枕元にプレゼントがあるのだ。中身は何だろう。ゲーム機か? カセットか? ヒーローフィギュアか? 中身が何だろうと、きっと素晴らしい、自分の想像を超えてくるものだ。そう思うとなかなか寝付けない。
そういう思いを、俺はマリー殿下の調教に抱いている。常に気持ちはプレゼントボックスを眼の前にした子供だ。今日の調教は何だろう。鞭か? 蠟燭か? 放置プレイか? 中身が何だろうときっと、俺の貧弱な想像をはるかに超えてくれる。
「マリー・フォン・アストリア、参上いたしました」
「クライヒハルト、同じく参上いたしました」
貴族たちがひしめく王の間で、満面の笑みを浮かべて挨拶を申し上げる。
先ほどマリー殿下にお相手頂いた俺はもう人生の絶頂状態。ニッコニコである。
マリー殿下の身体は余すところなく芸術品なのだが、やはり特筆すべきを挙げるとすればその冷たい顔、そして一寸の狂いもなく完璧に形作られた脚を推さざるを得ないだろう。その肌の白さと滑らかさは、まさに神が造りたもうた至高の脚。マジで最高。型取りしたい。型取りして抱き枕作って毎晩それで眠りたい。
「うむ……楽にしてよい。面をあげよ」
ははー。
"完璧な英雄"として姫様にプロデュースして頂いているこのクライヒハルト卿は、礼儀作法もそこそこ出来る男である。騎士の礼を恭しく済ませると、グラナト国王は満足げに頷いた。
「クライヒハルト。卿の目も眩むような活躍の数々、余の耳に絶えることなく届いておる。先日も、卿の働きによって臣民たちがどれほど心安らいだことか。獅子奮迅の働き、誠に見事であった」
「有難き幸せ。陛下のお言葉、胸に染み入るばかりでございます」
「うむ。そこで、卿に与える褒美として……」
「……お待ちください。誠に申し訳ありませんが、先んじて私の言葉をお聞きください」
インターセプト。王の言葉を遮るまあまあの無礼だが、周囲の貴族も王も何も言わない。この後に俺が何を言うか、だいたい分かってるからだ。マリー殿下のお陰でニッコニコの俺は、ペラペラと適当に舌を回す。
「私のほんの僅かな功績など、いったい何になりましょうか。陛下は素性も知れぬ平民である私を、騎士団長という分不相応な身分まで取り立てて下さいました。その御恩に比べれば、私の僅かな奉公など、ほんの一欠けらにもなりません。こうして、陛下にお褒めの言葉を頂けた。その
横でマリー殿下が辛そうな顔をしている。
嘘じゃないよ。忠誠の向いてる先がマリー殿下ってだけで、言ってる事は本当に嘘じゃないよ。
「この度のワイバーン騒ぎでは、多くの民が被害を受けました。恐れながら陛下におかれましては、私などに御心を割かれるよりも、なにとぞ人心を慰撫していただきたく……」
「……なんと、では今回も……」
「私は小麦の一欠片、土の
「おお……なんと、そこまで申すか……」
横でマリー殿下が痛みを堪えるような顔をしている。
これも嘘じゃないよ。もうご褒美は隣にいるマリー殿下から山ほど貰ったし、これからもマリー殿下から受け取り続ける予定だから嘘じゃないよ。
「全く、クライヒハルト卿は……」
「まさに騎士の鑑、王国最優の英傑ですな」
「
周囲の貴族たちがざわざわと囁くのがかすかに聞こえる。良いぞ良いぞ、もっと俺を褒め称えてくれ。物理と同じで、高い所まで上がった方が堕ちた時に気持ちいいからな。
「ふむ……いや、しかし……」
「もしどうしてもと仰るのであれば、どうかマリー殿下へ褒美をお与えください。私のつま先から頭まで、全てはマリー殿下にお仕えする物であります。私の物は殿下の物。私の功績は、すべて殿下の功績。なれば私の褒美も、同じくマリー殿下に」
横でマリー殿下が血を吐きそうな顔をしている。
こういうやり取りはもう何度もしているのだが、その度にマリー殿下はこうして辛そうなお顔をされる。恐らく、自分の物ではない手柄で褒美を受け取るのに気が引けるのだろう。俺はマリー殿下の従順なマゾ犬なのだから、気にする必要無いのに。しかし、そういう奥ゆかしい所もまたお可愛らしい。ぜひ虐めていただきたい。
「全く、マリー殿下は……」
「まさに主君の鑑、英雄を従えるに相応しい御方ですなぁ」
「
周囲の貴族たちもこう言って褒めてるし。良いぞ良いぞ、俺のご主人様をもっと褒めるが好い。あ、しかし俺は奴隷の多頭飼いには反対派だからそこは気を付けてくれよ。
「……うむ。マリーについては、歳費の増額を検討しておこう」
いえーい。これで俺とのプレイにももっと幅が増えるぜ。南方に良い蝋燭があるらしいんですよね。俺、気になります!!
……実際のところ、欲しいもんなんて何もないしな。金はもう十分に持ってるし、特に買いたい物も無いし。領地があったってなあ。俺に治められる領民が可哀想すぎるわ。街に娼館しかなくなるぞ。
その後、王の素晴らしく感動するお言葉とか、第一王子が率いている騎士団へ褒美を与えるとか、今は帝国からの使者が来てるから失礼の無いようにねとか色々話した後。
「……それでは、これにてクライヒハルト卿に対する論功行賞は終わりとする」
王が厳めしい表情と共にそう告げた。
今回は礼儀作法もミスらなかったし、良い終わりだったんじゃないすかね。
横で脂汗を流している(なんで?)マリー殿下を眺めながら、俺はそう満足したのだった。
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