第十七話

 マシンルームという表現が最もしっくりくるかも知れない。天井まで届くサーバーラックにはサーバー本体やネットワーク機器、ストレージなどがビッシリと詰まっている。そんなラックが所狭しと並び、広大な部屋にいくつも壁を作っていた。


 部屋で行き交う人たちは医師のような白衣を纏い、各々忙しそうに動き回っている。ただし、彼らには奇妙な共通点があった。全員の頭の上には光る輪っかが浮いていたのである。


 部屋の壁際にはほのかに光っているモニターと明るく光を放っているモニターが乗ったデスクが並び、明るいモニターの前には人の姿もあった。光はどれも虹色だ。


「あの子たちは元気にやっているかね?」


 白衣を着た初老の、ちょっと肥えた感じの男性が明るく光るモニターを見ている女性に声をかけた。この二人には頭の上に輪っかはない。


「オモイカネ神様、色々とやっているようです」

「すまないね。私が勝手にポチっちゃったばっかりに」


「いえ、あの状況ではオモイカネ神様に責任はありません。悪いのは障害を隠蔽しようとした対策チームですから」

「まあそうなんだけどね」


 オモイカネと呼ばれた男性がモニターを覗き込む。


「フルオートモードで異世界に転移させるとこうなるんですねぇ」

「物質転送装置としもとりようへいだけのつもりが、社屋とそこにいた仲間の二人も転移させちゃったんだよね」


「しかも神託規制法のせいでこちらからはメッセージも送れませんし」


「ああ、神託を与えても自分に都合のいい解釈をしてしまう人間が増えたから、よほどのことがない限り降ろせなくなっちゃったんだよね」

「よほどのことってなんでしょう。今回もよほどのことだと思うのですが」


「ほら、転移させた理由が理由だから。一応申請はしたけど許可してもらえなかったよ」

「そうでしたか。実は我々の間では今後フルオートモードの使用は控えるべきではないかとの議論が発生しています」


「罪人の魂を地獄に送るのは手間がかかるから、フルオートモードは便利なんだけどねえ」

「確かにどの地獄に送るか選別してくれるのはありがたいですもんね」


 そこは神界のマシンルーム。人々の所業の善悪などを集計して結果を反映する施設だ。ちょっと善いおこないをすればちょっとだけいいことが起こるとか、悪いことをすれば自分に降りかかってくるとか。


 また、その人生で起こした因果が大きければ応報は次の生まで及ぶ。つまり一度の人生を終えると成し遂げたことがパッチアップされ、次の生でロードされるというわけだ。やったことによっては人間に生まれ変われないこともある。


 パッチアップとは継ぎ当てのことだが、アップデートという言葉なら聞いたことがあるのではないだろうか。因果により修正プログラムが組み込まれ(これがパッチアップ。パッチを当てるなどともいう)、生まれ変わりが完了する。


 なお、ちょっといいことをしたりちょっと悪いことをしてその人生で自分に返ってくるのは、軽微な修正なので生まれ変わりを必要とせずにパッチが反映されるからだ。


 しかしそれは本来異なる世界間でなされることではなく、あくまで閉じられた個別の世界ごとに行われていた。


 ところがある日異変エラーが起きた。魔法のない世界で魔法に匹敵するものが造られてしまったのである。


 物質転送装置、それは転移魔法や召喚魔法そのものだった。神界の動揺は凄まじく直ちに対策チームが組織されたが、すでに装置は完成し試運転まで終えてしまっていた。つまり手遅れだったのである。


 監視を怠った職員天使の弁はこうだ。


「いやー、すんません。しょっちゅうアラートが鳴るんでうるさくて切っちゃってましたぁ」


 典型的なデキナイ子ちゃんタイプの彼にはの処分が下された。


 ただこんなことがに知れたら損害賠償問題に発展するのは必至である。困った対策チームは『なかったことにする』という結論に達した。絶対にバレる"悪手(その1)"だ。しかし彼らはフルオートモードの不具合として、バレてもシステムに責任をなすりつけることにしたのである。


 オペレーション名『物質転送装置をなかったことにする計画』は綿密に練られ、フルオートモードを偽装して完全手動の体制で実施されることとなった。


 計画の内容は装置と開発者の霜鳥洋平を魔法のある世界に転移させること。さらに地球から彼の痕跡を完全に消去してしまうことだった。単に消去のみが出来ないのは、彼にはまだ寿命が残っていたからである。


 寿命が残っている者を消去すると不整合が発生し、他の(世界の)システムにも影響を及ぼす危険性があった。さらにそれをやると不正改ざん検知システムに引っかかってしまう。つまり言い訳が効かなくなるというわけだ。


 この『物質転送装置をなかったことにする計画』は神界でも特に誠実で真面目な知恵の神、オモイカネ神に託されることになった。


 その際にいくら真面目な神でもワンオペでは不安だという意見が上がり、急遽作業はトリプルチェックで行う旨が、すでに作成済みだった手順書に付箋で貼り付けられたのである。"悪手(その2)"だ。


 それでも誠実で真面目という点が彼らを悩ませた。事情を知られてしまうとに報告される可能性があったからだ。


 そこで対策チームは計画名を『物質転送装置を適切な世界に転移させる計画』と改めた。後は手順書に沿ってオモイカネ神に作業を進めてもらえば、想定通りの結果が得られるはずである。


 そして迎えた計画実行当日。


「フルオートモードでやればいいの? 簡単だなあ。どうしてこの作業を私に振ったんだろう」


 オモイカネ神が手渡された手順書からは二つの付箋が剥がれてしまっていたのである。一つは作業をトリプルチェックにて行う旨が書かれたもの。もう一つが『手順書第一項に記載のフルオートモードは使わないこと』という内容のものだった。


 手順書に重要な指示を付箋で貼るからこんなことになるのだ。これが"悪手(その2)"といった所以で、付箋が剥がれてしまうのはよくあることなのである。


 しかも今回の作業はイレギュラーであったため、電子データの手順書は修正されていなかった。なお、イレギュラー対応には専用の手順書を作成し、修正があったら改めて作り直す方がミスは起こりにくくなる。対策チームの不運は続く。


 この手順書の第一項の最後には『正常終了の場合は以降の手順は不要』との記載があった。フルオートモードでの作業が異常終了することなどまずない。当然今回の作業も正常に終了したため、オモイカネ神は次のページをめくることはなかった。


 トリプルチェックのための天使二人が到着したのは、モニターに正常終了のダイアログが表示された後だったのである。


「ええっ!? そんなことになってたの!?」


 事情を知ったオモイカネ神はに全てを報告し、結局隠蔽工作がバレた対策チームは全員となった。悪手(その1)が実を結んだ結果である。


 怒ったクライアントから課されたのは霜鳥洋平に加えて、手違いで異世界に転移させられてしまったおおうちはるとしせきたけあきを、責任を持ってサポートすることだった。彼らがご都合主義と喜んでいたことの大半はこれに起因していたと言っていいだろう。


「そのサポートというのが、物質転送装置に無理やり埋め込んだ神界お取り寄せシステム用の虹色液晶パネルだったんですね」


「うん、そう。クライアントの世界にもネットワークを繋げてもらったから、地球の製品も取り寄せられるってわけ。動物はダメだけどね」

「地球に転送することも出来ないんですね」


「出来ちゃったら困ったことになるからさ。もう地球では彼らの存在はになってるから」

「あ、でもそれですと不可解なことが……」


「彼らが技術提供に対する報酬を得続けていることかな?」

「そうです!」


「そっちもクライアントからの要望でね。霜鳥洋平の功績だけは残したいとのことで技術は消去しなかったんだ」

「そんなことをしたら誰かが物質転送装置を造ってしまうのでは!?」


「心配ないよ。たとえ装置を完全に再現出来たとしても、地球では動作しないようにが能力を抑えて下さるからね」


「なるほど……そのクライアント様、ワガママですね」

「クライアントがワガママなのはどこの世界も一緒だと思うよ」


 オモイカネ神と女性はモニターに映る遙敏たちに哀れみの視線を送るのだった。

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