我儘令嬢が征く! 〜お嬢様はVRMMOでも1位が欲しいようです〜
蒼乃 夜空
第1話 メイドとお嬢様
「お帰りなさいませ、お嬢様」
習い事から帰ってきた私は、専属メイドの
「お疲れですか」
「そうね。今日は朝から華道に茶道、テニスにそれから……」
指折り、今日の稽古を数えてみるけれど、全部を思い出せるほど頭が回らなかったので掌を開いてパーにする。
そんな私を労ってか、目の前のテーブルにそっと紅茶が出される。
「ダージリンです」
「ありがとう」
ティーカップを手に取り、すする。
茶葉の上品な香りが体中を巡って癒やされていく。
ほっと一息ついた頃、ふと視界に映った箱に視線を取られる。
それは正方形の箱で、正面には「フリーライフ・オンライン」というロゴが入っている。
フリーライフ・オンライン……どこかで耳にしたことがある気がするけれど……何かのタイトルかしら。
「鳴、あれは何?」
「
「父様の取引先? ……ああ、あれかしら」
話を聞いて、やっと思い出した。
少し前、父が大手ゲーム会社と取引するべきかと相談を持ちかけてきたことがあったのだ。
ゲームのことは若者の方がよく知っているだろう、的な理由でね。
実際、クラスメイトの子らがそのゲームについて話をしているのをよく聞いていたから、取引を勧めることにしたのよね。
なんでも、最新の技術で作られたVRMMOゲームなんだとか。
「それがここにあるということは、スポンサー契約したのね」
父が社長を務めるその会社は誰でも一度は目にしたことがあるような、世界でも有数の自動車メーカーだ。
社会的な影響力も小さくはない。
だからこうして、取引先からのお近付きの印というやつが送られるてくることも珍しくはない、のだけれど。
「にしたって、ゲーム機を送られても……」
置き場所に困るわ、どうせなら菓子が良かったわ、と愚痴る。
すると、不思議そうに鳴が訊ねる。
「あら、遊ばないんですか? 流行ってるって言ってたじゃないですか」
「興味無いわよ、こんなもの。ゲームなんてやってたら馬鹿になってしまうわ」
「うわー……。それ、絶対に他の人に言ったりしちゃダメですからね? 今の御時世だと炎上発言ですよ」
「分かってるわよ」
その後も他愛のない話をしていると、紅茶もすっかり飲みきってしまった。
おかわりはどうかと訊かれるが、断る。
側に置かれたゲーム機がなんとなく気になって、ふとスマートフォンで調べてみる。
見れば確かに、随分と流行っているみたいだった。SNSや記事を見てみても、そのどれもが称賛的な意見。
非常に好評らしい。
発売後たった1年で売上本数は5000万本を超え、ゲーム市場類を見ない好成績――らしい。
普段から他人の意見なんて無いもの同然の私だけれど、ここまで好評だと少しくらい興味も湧く。
更に調べてみると、気になるものがあった。
「へぇ、銃も登場するんですね。お嬢様、銃とか好きでしたよね」
「銃ですか……無くはないですけどファンタジーにしては珍しいですよね。大体剣と杖と弓くらいなのに」
「そうなの?」
「そうですよ」
彼女も興味をそそられたのか、横から手を伸ばしてきて、すいすいと勝手に操作し始める。
「不敬メイド選手権があれば優勝ね、貴女」
「やだなぁ、ご友人がいらっしゃらないお嬢様の為に、不肖ながら友達感覚で付き合ってさしあげてるんですよ。やれやれ」
「あら、よほど暇が欲しいのかしら」
「もう、冗談が分からない方ですね。それだからご友人も――っと失礼」
わざとらしく口を手で塞ぐ鳴。
本当に解雇してやろうかしら。
「それよりほら、見てくださいよこれ」
そう言って、私から奪い取った端末をずいと差し出す。
そこには、フリーライフ・オンライン公式サイトのゲーム設定に関するページが映し出されていた。
それを見せられたところで、ゲームなんてからきし知らない私は何がなんだか。
頭上にクエスチョンマークを浮かべていることだろう。
そんな私を差し置いて、嬉々として鳴は語る。
「SFとか和風とか、色々な要素が混じってるそうですよ。……へー、世界観はかなり作り込まれてるみたいですね。ジョブの数が……百以上!? ほー、へー、ふーん」
なんだか私よりも遊びたそうである。
そう言えば、家ではゲーム三昧だとか言っていた気がするわ。
「興味があるのならそれ持って帰って良いわよ?」
「え、いや要りませんよ」
かと思えば、即答。
意外に、淡白に断られてしまった。
我が従者ながら、よく分からない性格をしている。本当にね。
「何よ、凄く興味あり気だったじゃない」
「いやまあ、もう買ったんで」
「あら、そうだったの。それにしては、何も知らないみたいだったけれど」
「それはまあ、前知識ナシの方が楽しめるかなーと。調べるの我慢してました」
ああ、そういうこと。
「それならなんで今調べたのよ。前知識、思い切り仕入れちゃったじゃない」
「お嬢様が見せてきたんじゃないですか」
「はあ? 貴女が勝手に覗いてきたんでしょう?」
「あーあ、がっかりだなー。去年予約して、今日ようやく届くから凄く楽しみにしてたのになー」
「そう……」
またもわざとらしい様子で、落胆してみせる鳴。
本当のところ、彼女がどこまでがっかりしているかは知らない。
とはいえ、私のせいで彼女の楽しみを奪ってしまったのだと考えると多少なりとも痛む心はある。
「それは本当にごめんなさい」
「え、お嬢様……?」
「私のせいで楽しみじゃなくなったのなら、望む形で謝罪をするわ」
「いやいやいや、そんな深刻なことじゃないですって。第一、私が勝手に覗いただけですし。むしろこっちが悪くなるのでやめてくださいマジで」
これに関しては私のエゴだと自覚はある、が。
人の楽しみを奪うというのは、私にとって禁忌なのだ。
たとえ押し付けがましくなってしまっても引けない。
そういう性分なのだ。
「でも」と引かない私を、鳴はやれやれといった様子で折れる。
「本当に謝られるほどのことじゃないんですけどね……。そこまで言うなら、一つ提案があります」
「何かしら」
「一緒にやりましょう、このゲーム!」
何を言うかと思えば。
「あら、そんなことで良いの?」
「まあ、一人で遊んでもつまんないですし」
「そう……貴女がそれで良いと言うのなら、文句は無いわ」
「じゃ、そういことで!」
「話はこれで終わり」そう言って手を叩く鳴。
パンと音が響く。
「はぁ。お嬢様ってば変に律儀なんだから……めんどくさ」
相変わらずゲームに興味は無いのだけれど。
鳴と遊ぶのなら、まあそれでも良いかなと少し思った。
「なにニヤってんですかお嬢様。人の気も知らないで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます