雲外鏡セプテンバー

雛形 絢尊

第1話

ここは京都。

電車は走る。走る。


乗り合わせている人々はかなり困憊している。

それもそうだ。この日は平日、夜22時。

行き着くものは皆、家路の最中。

皆、誰かが家で待っているのであろう。

かくいう私もいないわけではない。

故郷の名古屋に両親が待っている。

齢25歳、もうかなり歳を食っている。

友人はいつの間に家庭を持ち、平凡な家庭を守るはじめている。そのくせ私はどうだ?

いい感じに進むと思われた恋の道もふと途切れて、

そのうえ毎月の支払いに追われ、もう懲り懲りだと思う気持ちが勝ち、2年半働いた会社を今さっき辞めたところだ。

毎日のように同じ時間に起きて、薄いコーヒーを無理に飲み込み、大人になりきれないまま今日を迎えた。

如何にして京都へ来たか。

特に理由はない。しかし、しかしだ。

新たな人生の幕引きの為、いざ京に参ったのだ。

電車は目的地を知らせ、流れるように車両を降りた。

『祇園四条』と書かれた看板が多く見られるその街は

地上へ上がる階段を抜けるとまるで別世界だった。

目の前に見えるが鴨川。夜でも分かるように男女が間隔を空けて川縁に沿って座っている。

観光客が特に多く、ここは日本であるのかと考えてしまう。人も我が道を通るようにぶつかりそうでぶつからない距離感で交錯している。

行く場所もなく、というかこの祇園の街に用などはない。

ましてや、泊まる場所すらも決まってないのだ。

人の流れるままに祇園の街に繰り出したのだった。

7,8分歩いたところで華やかな花見小路が見えてきた。夜の街になるとより煌びやかに見えるようで、

観光客の外国人がスマホのシャッターをおろしている。

立ち止まる人が多い中、歩いた。ひたすらに歩いた。

私道である裏路地をふと見ると、芸妓さんと舞妓さんが店から出てくるのが見えた。

この風景と、風情のある景色を見れたので満足したのか私は路地を右に曲がった。

暗い夜道を歩いていると、いつの間にか鴨川に着いていた。男女が集まるその場所に向けてなぜか歩き始めた私は、川縁に沿って歩いた。

むかし処刑場だった場所でもこんなに夜遅くでも人が大勢いるのが不思議でならない。

今歩いている場所は比較的に少なく、あと5分ほど歩けば人がたくさんいるようである。

一番不思議なのは、今朝仕事を辞めて京都にいる自分だったりもする。

夜空を見上げた。割と星が綺麗に見えることに驚きながら前に進んでいると、誰かとぶつかって川沿いの茂みに手がついた。厳密に言うと、誰かとぶつかった気がしたのだ。

ぶつかった相手を確認しようと後ろを振り返るが誰もいない。

誰かいた気配すらないのだ。

気のせいかとも思ったが、確かに肩の部分がぶつかった感触があった。

むしゃくしゃしていると、誰かの安堵するような声が聞こえたような気がした。周りには誰もいない。

ハッとなり、辺りを散策すると古い手鏡があった。

古く錆びた手鏡で、丸く、裏面は鶴のような鳥と亀が描かれている。

こんなところにあるなんていわくがあるに違いないと思ったその束の間、今手に持つ手鏡から声が聞こえてきた。

男性の声だ、何らかの違和感がある。

「な、何者だ!」

気づいてしまった。これは私の声だ。


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