CANNED MEAT

九三郎(ここのつさぶろう)

Episode.01  I AM ROBOT.

 0.

 自分をロボットだと言い聞かせ始めたのはいつからだったろうか。

 従軍した時から?いや、あの時は、気休めと慰めの為に自分に言い聞かせる嘘でしかなかった。

 この身体になった時から?そうかもしれない。ただ、あの時はそんなセンチメンタルになる暇もなくて、ただもう一度動かせるようになった身体で我武者羅に戦い続けるしかなかった。

 それが全部終わって、ここの港に流れ着いた時から?まぁその頃にはかなり”そんな感じ”だったかもしれない。

 昔読んだ名作SFの中で、ロボットには3原則が必要だと読んだ。

・ロボットは人間に危害を加えてはならない。

・ロボットは人間に与えられた命令に従わなければならない。

・ロボットは、第1原則及び第2原則に反しない限り、自己を守らなければならない

 俺は、この3原則が嫌いだ。この3原則がもしSFの範疇を超えて現実にも規定されうるのだとしたら、俺はすっかり狂った、ただの人間でしかなくなってしまうから。

 俺はロボットだ。誰が何と言おうと、本質的に、俺はこの身体になる前に死んでいて、今の俺はただ機械的には生きているとされていただけの、意識があって、言葉による返答もできていただけの、意思なき肉塊として事務的に、このよくできたスチール製の缶詰に押し込まれただけの、埋葬の済んでいないアンデッドだ。

 だから、この缶詰肉にいつか訪れる消費期限を、今か今かと待ち望んでいる。ただそれだけの用済みのロボットだ。

 ただ、この足で動けるうちは、スクラップに積み上げられる気にもなれないだけの―――。



 1.

 宝石箱の中にいるみたいだ。

 この町の朝に毎日吐き捨てる賛美は、今日も今日とて、遮る物のない広場のベンチで寝惚けていた自分の前頭葉を再起動させる為のプロトコルとして、無意識な頭蓋の中に幾度となくチクチクと反響する。意味も無くガラス張りのペンシルを立てて並べた結果できあげった、値付けようのない虚ろな空の隙間を着飾らせるように、天がお恵みになる朝陽のシャワーは埃まみれのレンズを通ってくすんだモヤのかかる風景を、交換期限のとっくに切れた網膜組織に投影して見せる。

 無意識に指先で掻き毟りそうになるのを堪える事に今日も成功した。今はレンズを交換できる手持ちが無い。

 「あっぶねー。」

 2本あった傷を3本にせずに済んだのは僥倖。今日もまた”最高の1日”が待ち受けているに違いない。

 「うわなんだあれ・・・。」目の前で隠す気も無さそうな若い男が、ドブネズミでも見たような声を土産に置いて歩き去る。

 いつも通りの朝だ。

 「なんで、俺はここで寝てるんだ?」

 言ってみただけだ。後に続くシラけた静寂が、静寂という名の喧騒が、少しずつイヤーマイクの起動に合わせて流れるホワイトノイズに輪郭を与えるように距離を近づけてくる。いつも通り。

 「時間は何時だ。」

 右手首のG-SHOCKが相変わらず見えづらい黒地に白のデジタル表記で朝の7時15分を教えてくれた。

 「もう開いてるかな。」

 チリチリと両膝のモーターが相変わらずいきなり動かす事への愚痴を飛ばしてくる。いつも通り。

 「よし!」

 真っ直ぐ立ったという認識の通りに頭が地面と垂直な位置で視界の動きを止める。いつも通り。見下ろした両手の指を小指から順番に握って開いてを2回繰り返してから手首を2回時計回り、その後に2回反時計回り。意識を抜いて3回ほどブラブラ振ってから終わり様に集中して8の字に4回回す。右の薬指の第2関節の動きに意識外の震えが見て取れた事も含めて、いつも通りだ。

 「よしよし。問題無し。行くぞ。」

 別に目の前で芝生を突いている鳩に言ったんじゃない。自分に言い聞かせたんだ。

 秋口の涼しい風に乗る下水の温さを突っ切って歩く大柄なタンクトップ姿が、都会の朝に生えた動く電信柱のようにくすむ機械色の影を落としている。

 安心しきったドブネズミたちの朝支度が道の隅で始まるのを見て、今日もまたお馴染みの、浮ついた身の上に対する重々しい吐息が独りでに口から漏れた。



 2.

 ペンキ塗りの壁は水色。びしょびしょのモップで取り敢えず拭かれただけの白いタイル張りの床から生えた、銀メッキの支柱に留められたピンク色の分厚いビニールレザーの座。どこからどう見たってこのダイナー以外に買う人間が歯医者だけだろう事をいつもと変わらず暗示している。一先ずの清潔感には良い風情を出していると自分は思っている。

 苔みたいな色に塗られた木枠の扉がガラス越しに見せる景色が、口うるさい小鳥みたいな鈴の音と一緒に本物に切り替わる。

 「あらおはようジャック。奥のボックスね。」

 「なんで。」

 「昨日口うるさいお客さんに文句言われたのよ。」

 「・・・わかった。」

 「もー気にしないで。でもありがと。潔癖すぎるのも困りモノよね。」

 「トーストとエッグを。」

 「ベーコンは?」

 「食欲が無いんだ。」

 「お酒でも飲んだ?」

 「外で寝てたら冷えちまった。」

 「お馬鹿さん。モーニングにホットコーヒーね。」

 「・・・ありがとう。」

 「少々お待ちを~。」

 数人の客は全員がジャケットまで着込んでいる。紙の新聞を読んでいる奴が3人も揃っている。カレッジの小便臭いガキ共なら鼻で笑うんだろう。ここは、そういう人間達がこれからモミクチャにされる一日の始めに義務感のように訪れる朝の”健診”のようなものだ。処方されたマズイコーヒーは自分達の小さい背中に圧し掛かる諸々を無理矢理忘れる為の荒療治として、この都市一番の効き目と好評である。

 自分も、その一人でいいのだろうか。

 「はいよ!お待ちどうサマ。」

 「ありがとう。」

 「はいコーヒー。」

 「ありがとう。」

 「ねぇ、質問していい?」

 「チップはないぞ。」

 「もう!あなたのその口でもコーヒーって美味しく感じるの?」

 「俺がこうなる前に飲んだコーヒーとここの”コーヒー”が同じ保証はない。」

 「意地悪。一度美味しくしたら『私たちは美味しいコーヒーを飲む為にここに来てるんじゃない!』って言われちゃったのよ!」

 「ハハハ!親切な客だな。俺は、舌は変えてない。だから味は殆どあんたらと変わらない筈だ。」

 「・・・ふ~ん。」

 「期待外れだったか?」

 「ううん!疑問が解消されただけ。」

 「舌が無い奴の判別方法は簡単だ。」

 「なに?」

 「喋れない。口を経口摂取装置に置き換えるから。」

 「そうなんだ。・・・じゃ!ごゆっくり!」

 「ありがとう。」

 持ち上げたマグカップにたっぷり注がれた飲める石油に円形に広がる波紋の白く震えるのが、ここの客に許された一日のうちの幾つかの自由なんだろう。さっきまで顔面に新聞のインクを刷り込んでいた壮年の男たちも、皆口を付ける前のマグカップを覗き込む時だけは、瞑想する僧侶のように押し黙って、ママに叱られた後の子供のような目をしていた。

 視線を勘付かれないのは、”この頭”になってから得た数少ない利点の1つだろう。

 「なぁ、誰か50セントで読み終わった新聞を置いてってくれないか。」

 取り敢えず返事は帰って来なかった。もっとも、別に一生帰って来なくてもいい。無関心なのはこの街の基礎だから。付き合ってやる余裕のある物好きが偶々いた時だけ、夜闇に突き刺す灯台の光と船のモールスみたいに、偶々巡り合えればその分”良くなる”だけ。

 「・・・はいよ。昨日のタイムズで良いか。25セントでいいさ。硬貨の手持ちが欲しくて。」

 「いいのか。ありがとう。ほら、10セント硬貨しかないんだ。持ってってくれ。」

 「ビジネスマンだな。良い1日を。」

 「どうも。」

 そこそこ物の良いブラウンスーツに真っ黒な革靴を合わせた白髪頭の初老の男が、わざわざ店奥まで寄ってから緑色の扉を控え目に開いて出て行った。朝から既に疲れているような男の背中に漂う事情を詮索する気にもならないけれど、多少の風情にも共感できない訳ではない。この金属製の頭蓋骨に仕舞い込まれた細やかな良心だ。

 「ねぇジャック!なんか面白い記事なぁい!?」机を拭きながら元気な声が飛んでくる。

 「テレビ欄ならとっくに廃止されてるぜ嬢ちゃん。」

 「もう!私そんなに馬鹿な女じゃないわよ!政治の話だってちょっとはわかるわ!」

 「HAHAHA!お嬢さん!政治の話を”ちょっと”できる奴はこんな所でコーヒーを啜ってないよ。HAHAHA!」別の席に座っていた赤い鼻のビジネスマンが愉快そうに笑う。

 「もう!皆してからかって!」

 「・・・デモがあったらしい。」

 「どこで?」

 「『国立大学をゴールに北上した・・・』。北部だな。」

 「その前は南の方でもやってなかったかい?」

 「そういえばそうらしいな。」

 「ねぇ、それって何のデモなの?」

 「そりゃ、ビフォア・テックだろ。」

 「あぁ!聞いたことあるかも。」いつの間にかにトレーを空いた机の上に置いた店員の少女は、楽しそうにお勉強モードになって、コンクリの地面に固定された分厚い化粧板の机に小さなお尻を預けていた。

 「聞いた事くらいあって良かったよ。その説明までするのは骨が折れる。」

 「彼らには抗議する権利があるからな。それに、最早義務ですらある。」

 「でもしょっちゅうやってるわよね。この間なんかメトロが止まっちゃって迷惑しちゃったわ!」

 「あぁ、そういえばそうだったな。鉄道職員もなかなか気が気でないんだろう。」

 「暇なのかしら。」制服姿の少女が腕を組む。

 「暇になりたくないから、やってるのさ。」

 「どういう事?」

 「君はある日突然店長が君に『今日からホールスタッフは配膳ロボットで良くなったから、君はクビだ。』なんて言われたらどうする?」

 「そりゃ、店長の襟首をとっ掴まえて路地裏のゴミ箱に頭から捨ててやるわ!」

 「止してくれよベティ!俺はそんな事しないよ!」厨房から叫び声。

 「HAHAHA!どっちが偉いんだかわからないな!」客席から笑い声。

 「ビフォア・テックって、ロボット社会排斥論者の事でしょ?」

 「まぁ、概ねそうとも捉えられるな。」

 「なんだか煮え切らないわね!」

 「別に現代版アーミッシュって訳じゃないんだ。別にロボットを悪者にしたい陰謀論者でもない。ただ、社会のバランスが偏った時に重荷を背負わされるのが嫌なのさ。」

 「アタシ、その辺からよくわかんないのよ。だって、ロボットサービスが充実すれば生活は便利になるじゃない。」

 「そうだね、Ms.ベティ。その通りだ。」

 どうやらお喋り好きな男が自分の面倒を変わってくれるようだった。

 「ベティは、家に家電を置いているだろう。それにシャワーの後にドライヤーも使う。」

 「勿論!」

 「それで、毎月使った分の電気代を請求される。」

 「そうよ・・・。」

 「なぜ電気代を支払わなければいけないんだと思う?」

 「なんでって、電気会社が稼ぐ為?」

 「じゃあ、なぜ電気会社は稼がなければいけないんだと思う?」

 「・・・なんでかしら?」

 「ベティ、俺が毎日このクソ暑い厨房でステーキを焼いてるのはね、他でもない君に食い扶持を与えて、君にお給料を支払う為さ。」厨房から繋がる小窓に肘を乗せて額に汗を滲ませた中年の親父が顔を出して来た。

 「あら!そうだったの店長!」ベティがわざとらしく口元に手を当てておどけて見せた。彼女は、きちんと自分が給料分の務めを果たしている事を雇用主にアピールするという大切な才能に長けている。

 「つまり、電気会社も自分達の社員にお給料を支払わないといけないって事ね。たしかに、ストライキが起きたらサービスが使えなくなるわ。」

 「大抵、会社で一番金が必要になるのが人件費だ。その他の設備とか機材とか、そういうものは案外ちゃんと仕事をこなしてればローンやら融資やらで支払いやすく”融通”してくれるもんだが、給料だけは今月払う分は今月払わないとマズイ事になる。俺ならベティにゴミと一緒に捨てられちまうってわけだ。」

 「別にそんな事しないわよ。」「どうだか。」「でも、なんでその話がビフォア・テックに繋がるの?さっきからずっと、その部分が分からないのよ。」

 「要は、会社は従業員に仕事分の給料を支払うべきであるように、従業員は仕事分の給料を受け取るべきだという事だね。」

 「あぁ、確かにそうね。」

 「少し噛み砕いてみて、電気会社の人達の仕事を『電気を作る事』だと考えてみるんだ。もし電気会社がベティが髪を乾かす為に使った分の電気を作ったとしたら、ベティは真面目に働いて、月末に使った分のお金を払ってくれる。だから、電気会社は問題なく社員に給料を支払う事ができて、社員たちもまた働いた分の給料をもらう事ができた。ここまではいいかい。」

 「えぇ、それくらいならわかるわ。」

 「最近、電気を使う奴が増えたんだ。」

 「奴って・・・あぁ!ロボットの事ね!」

 「そうだ。このロボットっていう存在は、電気で動く。つまり、俺たち人間で言う所の飯や風呂なんかに当たる物を全て電気で賄ってるって事だ。そして何より、俺たちの代わりに働いてくれている。人によっちゃあ仕事が奪われるなんて事も、最近じゃ出てきてる。」

 「たしかに!私たちができない事ややらない事を任せる分には嬉しいけれど、今、人で回っている仕事を奪うなんてやってらんないわね!だから皆仕事を取られたくなくてデモをしているって事?」

 「実は、それはこの問題に付随する問題点の1つに過ぎないんだ。確かに、ビフォア・テック抗議運動に初期から参加している層にはそういう単純労働や肉体労働に従事していた低所得者層もいたが、今の大規模なデモに参加している人間の大半は、大手の電力会社から仕事を受注して生計を立てているようなそこそこの規模のある電気産業従事者や、その電気の素であるガス・石油関連事業従事者、あとは少しの物流産業労働者も含まれているらしい。」

 「でもそういう人達って、正直まだロボットに仕事を完全に奪われるような人達じゃないじゃない。むしろ、昔にあったAIバブルでは仕事が快適になって稼ぎやすくなってった聞いた事あるわ。」

 「なんだ、結構よく分かってるじゃないかお嬢さん。」

 「私、お金を貯めて国立大学に入りたいの!だから勉強も少しずつしてるのよ。」

 「感心感心。・・・後で机を拭く時に”ナプキンを補充しておきなさい”。」

 「畏まりましたわ。おじさま。」

 「うほんっ。」

 こういう会話が苦手なんだ。わざとの咳も、最早それを含めての生理現象になってしまった。

 「あぁすまん。彼女みたいに素直に話を聞いてくれると気分が良くなってしまって。」

 「すまない。コーヒーが冷める前に終わらせよう。・・・ロボットにはあと1つ問題があって、それが今ホットな論点だ。ベティ。ロボットが電気で動いているなら、彼らは何かをするべきだと思わないか。」

 「・・・電気代?そう言えばロボットって電気代払ってるの?」

 「今、町中を駆け回っているロボットは殆どが生産こそ民間企業だが、納入先は国や州の公共事業担当機関だ。そして、この国の急速なロボティクス化は戦後の第2次ニューディール政策の下、特例的に推し進められた。この『特例』がまずかったんだ。」

 「えっと・・・本で読んだんだけど・・・。」

 「電気料金の特別割引をやっちまったんだ。当初の政治家たちはロボット社会の便利さを前面に掲げて、勢いのままに押し切った。結果、電力会社はロボットが増えるだけ利益率を目減りさせる事になった。」

 「じゃあ、電力会社は堪ったモンじゃないわね!」

 「・・・いいや?」「え?」

 「今デモをやってるのは、そういう電力会社たちの従業員だ。電力会社はむしろ一貫したロボット・ライツ派閥で、現在のビフォア・テックについてずっと否定的な論調をメディアを通して主張し続けているし、デモのせいでストップするラインに対しても不服な意思を表明し続けている。」

 「なんでよ。」

 「経営者たちにとって、この利益率の目減りは不安要素にならなかったんだ。」「どうして?」

 「お嬢さん。ビジネスにおいては、コストパフォーマンスがとにかく重要なんだ。」「えぇ、なんとなくわかるわ。」

 「例えば、従来通りの完全自由競争市場において1万ドルの電気料金契約を獲得する為に必要なコストが100ドルだったとしよう。」「・・・えぇ、分かったわ。」「この時のコストパフォーマンスを100としよう。1万ドルを100ドルで割って100だ。1のコストで、100の売り上げが得られる、という事だ。」「えぇ。」

 「そうしたら次に、第2次ニューディール政策が発表される。この政策によると、どうやら国が何もしなくても勝手に電力を買ってくれて、その代わりに少し安い電気料金を払うという事になった。」

 「さっきした『特例』の事ね。」

 「その特例によって発生した電気料金契約は、なんと、10ドルのコストで、5千ドルの電気料金を受け取れるんだ。」

 「・・・それって、コストパフォーマンスが普通の契約よりも50倍良いってこと!?」

 「そうだ。」「その通り!賢いな!」

 「へへんだ!」「またウチの従業員が賢くなっちまった。」「なんか言った店長?」「なにも。」

 「ベティがもし電力会社の社長だったら、この契約を反故にするかい。」

 「絶対しないわ。」

 「じゃあ、もしその特例契約が、アッと言う間に会社の保有する契約の半分に到達したら?」

 「それでもよ。」「そうだよな。」

 「ただ、粗利率は大幅に下がった。」

 「えぇ・・・?どうして?」

 「今回の経営判断は契約のコストパフォーマンスに関する判断であって、経営のバランスへの考慮は薄いからだよ。依然として、企業の抱える最も大きな出費の出どころは、人件費だ。」「・・・んん?」

 「もっと俯瞰してこの電力会社の経営を見てみると、この会社はそんなに上手くやってるのかかなり疑問に思えて来る。」

 「・・・店長!なんでだと思う!?」

 「俺に聞くのかい。・・・図に描けば君もすぐにわかるさ。この会社は、仕事を増やしまくった癖に、仕事の儲けを妥協したんだ。そして、儲けを妥協しただけじゃなく、儲けられなかった分の不安を従業員に背負わせたんだ。要は、従業員は、会社が安い仕事を受ける程将来の昇給の希望が薄くなる中で、仕事がどんどん増えていく。今の給料も大して変わらないのにね。」

 「・・・あぁ!なるほど!」「本当に分かったのか?」「わかったわよ!」

 「これでやっと、デモに参加している従業員たちの気持ちが分かってきたかい?」

 「えぇ、国と会社のせいで仕事がきつく、給料は見合わなくなってて、その大元の原因が町中のロボットだったって事。だから皆ロボットの事が嫌いになってデモやってるってワケ。どう?合ってるでしょ?」

 「正解だ。」「ご名答。」「はぁ、賢くなっちまったな。」

 「ふふん!」

 マグカップに残しておいた3口分の苦い汁をまだぬるいうちに喉に流し込んだ。不意に付き合わされた経済の授業と舌に痺れ渡る鋭い苦みのせいで、すっかり目覚めの良い朝になってしまった。

 「ごちそうさん。金置いてくぜ。」「わかったわ~。」

 「私もそろそろ、お嬢さんお話に付き合ってくれて有難う。勉強も頑張りなさい。」「ありがとうおじさま!」

 「ベティ、机の片付けが終わったらロッカールームに走っていくついでに裏のゴミ出しもしといてくれ。」「わかったわよ。」

 「それじゃあまた明日。」

 「ねぇジャック!」「なんだ。」

 「その新聞、私に30セントで買わせて。」

 「何言ってんだ。ほらよ。」

 「え!?でも。」

 「その新聞はさっき公園のベンチで拾って来たんだ。人の手垢が付いた新聞に金出すなんて馬鹿だぜ。」「・・・ありがと。」

 「じゃあな。」

 店を出てもまだ肌寒かった。ほんの数日前までは機械油も蒸発しそうな暑さだったのが嘘のように風が涼しくなった。この街の冬は寒い。またこの季節の切れ間が少し経つと、また俺たちのような人間には心配が吹雪いてくる。自分が一番心配なのは、金属パーツが冷やされて”継ぎ目”が痛くなる事だ。



 3.

 「なぁ。俺はそろそろ、君のそのホームのゴミ箱みたいな顔面に札束一本分の督促状を貼り付けてやりたい気分だよ。」

 「もうそんなに貯まったのか。」「知らん。数えてない。」

 「通さないならいつも通り、適当なおっさんのケツにくっ付いてすり抜けるだけだ。」「だから!このゲートはロボット用なんだって!」

 「俺はロボットだ。」

 「あぁ!頼むよ。・・・この駅員も、もう何人かデモにも参加してる。」

 「デモって、新聞に載ってた奴か?」

 「新聞に載ったのか!?まぁ、載るか・・・。」

 「さっさとOPENのボタンを押せ。」「・・・。」

 「ハァ・・・。俺の身体を見てみろ!どこからどう見たってモーターと歯車と油圧ポンプだぜ。」

 「・・・今のところ、マニュアルには『自分がロボットである事を主張してくるサイボーグへの対処法』なんて項目は無いんだ。」

 「流石だぜ。お前には駅員の才能がある。」「うるさい!」

 「なぁ、1ドルくらい持ってるだろ。今日くらい普通に改札を潜ってくれよ。」

 「・・・。」

 「実は、俺も前回のデモに参加した。」

 「お前もロボットから、いや俺たちから!ベーシックインカムを受け取りたいのか?で、どうだった。世の中はお前好みに進みそうか。」

 「折角の有給を汗だくになりながら喉を涸らすだけに費やしちまった。おまけに後になってそもそも駅がストライキしてた事を知った。」

 「なんだお前!虐められてんのか!」

 「違う。普段見ない所にメモしてあったんだ。」

 「ご苦労さん。」「苦労の素に言われてもな。」

 世間話に花を咲かせている間に地下鉄を一本逃してしまった。もし自分がサラリーマンだったらきっと減給処分だ。それに、ゴトゴトと音を立てながら”本物の”デリバリーロボットが、小さい車輪を駅のタイルの継ぎ目にガタガタと引っかけながらこちらに向かって迫って来る。

 「おい。あいつらはアンタと違って器用に退いたりできないんだ。頼むからゲート前から出て行ってくれ。じゃ無ければ公務執行妨害で現行犯逮捕だ。」「あぁわかった。」

 「よし。なら・・・え?あ!おい!」「じゃあな。」

 ちょうど電車の去り際で人の出入りが無くなったのを見計らい、腰ほどの高さで並ぶ改札を華麗に飛び越えて見せた。今日も脚部のメインスプリングの作動は問題無さそうだ。

 「二度と乗んなー!」

 声から逃げるようにホームの端に駆けていくのは軽い朝のランニング。あのお人好しは、きっと毎日この無線乗車を見逃している事がいつ駅長にバレるのかとヒヤヒヤしているんだろう。最も、職を持たない自分には分からない話だ。

 地下鉄は、相変わらず二日洗わなかったバスタブと半日放置したキッチンのシンク程度の汚さだ。これでも自分がここに来る前よりはだいぶ綺麗らしい。故郷の整然とし過ぎた車内風景からのギャップは中々だったけれど、今は慣れた。

 なにより、この街に降り立った自分自身の方がよっぽど、程度で言えば大胆なくらいだっただろう。

 今日はなんだか少し気分がいい。ダイナーのコーヒーがうっかり美味く入っていたのかもしれない。この元気を景気の悪そうなヤツに振り撒いてやる慈善事業メイワクを働かなくては。

 「よぉじいさん。元気か。」

 「あぁ。うぅ、良い。」

 「酒でも飲んでるのか?」

 「酒?酒持ってるのか?」「いいや。」

 「・・・おっ、ガムならあるぞ。いるかじいさん。」

 「ガムなんかダメだぁ・・・。俺にはコイツがあるんだぜ。ひひひ。」

 「タバコじゃねぇか。」「火が無くてよぅ。」「あるぜ。」

 「アンタも吸うのかい。」「いいや。」

 「じゃあなんで?」

 「偶に動きが悪くなるんだ。温度とか、ぶつけたとか。炙って無理矢理動かすと治る。」「貸してくれよぅ。」「ほら。」

 皺くちゃの紙巻きを指の間に摘まんだ細い腕が伸びた来た。皺くちゃの指の間に摘ままれた皺くちゃのタバコをそのまま大きくしたみたいな皺くちゃの細い腕の先には、皺くちゃのタバコが2本あった。

 「2本吸うのかい。」

 「一本やるよ。ひひひ!」

 「あんがと。」

 一本取ってから火を点けてやり、その腕が引っ込んでから自分も口元で火を点けた。

 吸い込んだ煙は、なんだか甘い草の香りと焼き鳥の焦げたみたいな味がした。

 「・・・!!おい。これタバコじゃねぇじゃねぇか。」

 「ひひひ!あんな高いばっかりでマズイもん吸わないやい!」

 「碌でもねぇ・・・。」

 「・・・兄ちゃん。キカないのかい?」

 「効ける部分が少なすぎるんだ。酒もあんまりでね。」

 「不憫なこった。俺なら首吊ってるよ。」「勝手に言ってろ。」

 「戦争かい。」「あぁ。」

 「そうかぁ・・・。」

 それ以降、車内に会話は無かった。



 4.

 国の政策が変えた街の様子はロボットの停留所やら街を駆け回るロボット自身たちやら、そう言ったものはすぐ目に入るものの他にも、元からずっとこの土地に暮らして来た人々からすれば明らかな事の1つらしいのが、自動販売機だったらしい。俺の故郷にはそこら中に置いてあった。昔のここらでは、置いた次の日にはガラスが割られて中の物が全部盗まれてるとかで、置きたがる人は1人もいなかった、と。

 今となっては、犯罪自体はあってもその手の”足が着く事”は殆どできなくなった。情報社会、監視社会だろうが様様な事。ただ直近の悩みは、もう現金払いができる機種が数えるほどしか残っていない事でもある。俺のような、午前の食費の足しにでもしたい奴らはすっかり早い者勝ちで釣銭口に手を突っ込んで、あるかどうかも分からない2,3枚の硬貨をせしめていて、折角の無線乗車も無駄足になった。

 「モーニング代もきっちり払っちまった。」

 実を言うと、1日ぶりの食事だった。

 「暇だぁ。」

 最後の暇潰しとしてずっと肺にくゆらせていたこの言葉を、とうとう白けた午前の空に放り出してしまった。いよいよつまらない1日が本領を発揮してくる。

 やる事は、顔馴染みの他のホームレス達と世間の情報を交換する事くらい。誰も彼も金になる話だけは持って来ないが、逆に金の絡まない話をする奴らだと思えばそこそこに面白い奴らにも思えてくる。

 所詮、雨風が凌げる場所の混雑事情くらいだと思ってしまえばこちらの負けだ。

 「よぉ。」

 「おっ、ジャック、どこ行ってたんだ。」

 「腹空かせてボーっとしてたらパークのベンチで寝てた。」

 「タンクトップで?」「上着、置いて行ってなかったか?」

 「知らん。人の”家”を覗く趣味はない。」

 「家か・・・。」「一応な。本当にそう思っている奴らもたくさんいる。」

 「じいさんはいつも通りスクラップ探しかい。」「まぁな。」

 「夕方頃に行っていいか。」

 「わかった。戻っているようにする。」「ありがとう。じゃあな。」

 「すぐ冬になるぞ。」

 「上着くらい買うかぁ・・・。」

 「ただでさえメタルが剥き出しの身体で、よほど目立つのが好きなら知らんがな。」

 「買うよ。」「あぁ。」

 通り沿いの木陰に設置されていたステンレス板を曲げただけのベンチで交わされるこうした束の間の会話は、この街のそこら中で展開されている。充実しすぎた電気仕掛けのネットワークにいい加減うんざりしたような奴らが示し合わせたように始めた20世紀のリバイバリズムは、一度ネットワークにこなれた都市性のドブネズミたちによって案外滞りなく情報を回転させる。一度は天下泰平と謳ったインターネットにすら、社会法則的に発生する爪弾き者は存在したのだろう。悲しい話だろうか。

 すっかり出勤のスーツ姿とはすれ違う事のなくなったストリートを再び揚々と歩く。

 この街には何だっていくらだってある。それだけが取り柄みたいな場所だから。拘りが無くて金がある人間にとって、服を買いに行くなんて事はジョギングにもなり得ない。

 「いらっしゃいませ。」

 「お、ここは人がやってるのか。」

 「気になったものがありましたら何なりとお声をかけて下さい。」

 「ありがとう。見たら分かると思うが、上着が欲しくて来たんだ。」

 「上着はあちらの方に御座います。・・・ただ、もし御試着などをご希望でしたら、誠に申し訳ないのですが・・・。」

 「あぁわかってる。あんた等の為にもさっさと買って出たい。服の事はよく分からないんだ。取り敢えずあんたの好みで見せてくれないか。」

 「畏まりました。ですが、上着のまえにシャツなどは・・・」

 「いらない。破けるんだ。」

 「あぁ・・・失礼しました。」「こちらこそ。」

 「でしたらこちらはどうでしょう。今シーズン入荷のボアジャケットです。色も落ち着いていますし、裏地はチェック柄なので汚れも目立ちません。オーバーサイズ気味なので寒い日に前を閉じても着心地は悪くないかと。」

 「値段は?」

 「えっと、こちらです。」「・・・これを買おう。」

 「ありがとうございます!お支払いは、」

 「デビッドカードでいいか。」「大丈夫です。」



 5.

 店を出る頃には、だいぶ町の声量も賑やかになって来た。観光客ともよくすれ違うし、それを尾けるみたいに渋滞の中をノロノロと走る黄色いタクシーたちの鳴らす、電気自動車にはとても似合わないすり減ったブレーキパッドの擦れる音とか、人間からの依頼が増え出して着々と道端の充電ステーションから出て忙しなく道を走っていく乳白色のデリバリーロボットたちとか。そういう事に気が付いてしまうと、まるで全員早足のこの町の中で自分だけが立ち止まっているような気がしてくる。いや、ただ目的もなく歩いている。休み方も知らない、一番の木偶の棒だ。

 「・・・俺はロボットだ。ただ電池が切れるその時まで歩き続けるだけだ。」

 靴のつま先にぶつかった小石の行方をアイトラッキングのレティクルが追いかける遊びは、ただただ今の自分の虚しさを説得するだけの時間にしかならないというのに。

 「―――ねぇ!充電器を知らない!」

 赤いレンガのビルの壁にナイフのように切れ込む午前の日射しにも勝るとも劣らない、甲高い声が坂の下からイヤーマイクに突き刺さった。

 「充電器って、携帯の充電器かい?お嬢さん。」

 「違うわ。ロボットの充電器よ。」

 「なんでそんなもの探してるんだ。」「それは・・・。」

 10代前半くらいの女の子だった。くすんだ緑色のジップパーカーの下には白と水色の膝丈くらいのワンピース。

 ちょうど大通りと交わった所に立ち止まっている。少女と、少女に引き留められたらしい若い男が面倒くさそうに背中を丸めて立っていた。

 「それより君、周りに家族はいないのかい。」「えっと・・・。」

 「一応チャージポートならこの先にあるけどよ。君みたいな子にはなんにもなんないぜ。」

 「・・・そのポートのソケット規格ってわかる?」

 「知るかよ!あんまり大人を揶揄うなよ。」

 「・・・あのね、私、ロボットなの・・・。」

 「・・・君、ここにいなさい。今警察を呼んであげるから。」

 「いや。いらないわ。」「何言ってるんだ。大人しく待ってなさい。」

 「お願い信じて。」

 「3度は言わないよ。大人を揶揄うな!・・・あー、もしもし?」

 「あっ、」

 「おい。ロボットがなんだって?」

 たまたま坂道を降り切ってしまったから。これは単なるお節介の皮を被せた暇潰し。

 「あぁ?うわっ!なんだよ!どっか行け!ガラクタのホームレス!」

 「口が悪い奴だな。お国の為にこの身を捧げたんだ。もう少し丁重に扱ってくれてもいいだろう。」「うるさいな!今通報してんだって。」「通報?ちょっとくらい一緒に探してやったっていいんじゃねぇのかい?」「どっか行けよ!お前も通報するぞ!」「おうおう。そうカリカリすんなってお兄さん。」「だからなんなんだよ!」

 「ねぇ!充電ポート知らない!?」「だからうるさいって!」

 少女が言い合いの言葉を切り裂くように自分の顔を見上げて声を張り上げて来た。その声色とは裏腹に、いやに落ち着いた表情を浮かべた少女だと思った。

 「なんで探してんだ?」「それは、話せないけど・・・。」

 「どういう事だよ。おい。・・・ん?おい。」

 気付くのが遅かった。自分の見た目の印象にだ。頭の先からつま先までモーター駆動の”缶詰頭”が、これくらいの年齢の少女にとってはただただ怖いだけの絵本の怪物と何ら変わらない事に、屈んで上から覗き込んだ少女の顔に落ちた、自分の四角い頭の影と、如何にも緊張した少女の表情を視覚素子が認識するまで、すっかり日頃のホームレス生活が沁みついた脳味噌は記憶の片隅に追いやってしまっていた。

 「・・・ん!」

 綺麗に磨かれた黒いローファーが踵を返して通りの向こう側へと全速力で走り出してしまった。

 「あっ!おい!」

 思いの外よくスピードが出ている。気付いた時には10mほどに開いていた。ただ、この足なら追いつける。

 「おーい!なんなんだよー!」

 すっかり背後に置いて行かれたひょろい男の声が遠ざかっていくのもそこそこに、今は目の前を全速力で逃げる少女をそこそこの駆け足で見失わないように追いかける。

 一人になったって危ないだろうが。

 路地裏を数回曲がり、人通りを2回ほど突き抜けた当たりで、流石に巻けただろうと一息胸を撫で下ろした少女は、ゼェハァと遠巻きにも分かる程に肩を揺らしながらフラフラと、再び木漏れ日の降る通りを歩き始めた。

 「携帯持ってないのか?」

 やはり、いくら治安が良くなったとはいえ、あれくらいの年齢の少女が一人でぶらついているのは誰が見たって不自然だ。さっきの感じの悪い男だってそれくらいの良識はあった上での順当な通報に違いなかっただろう。

 「充電ってのは携帯の事言ってんのか?できる訳ねぇだろ。」

 ロボット用充電ポートは、一見すると小さめなバス停の待合所のように通りの途中辺りに設置されている、スタンド型の特殊なコンセント端子だ。活動中にバッテリーの切れかかった蓄電池式ロボットが自動で接続しに駐車できるように作ってある。当たり前ではあるが、ホームレスの盗電対策も兼ねてロボット専用規格の特殊なソケットが使われ、家電も携帯充電器も刺せる訳がない。今時子供でも習うに違いない事だ。

 「でもロボットがなんだとかボヤいてたよな・・・。」

 とにかく、今は見失わないようにしなきゃいけない。

 それに、たしか充電ポートならこの先にあった筈だ。人通りの少なさから距離を取っていたせいで数秒早く角を曲がっていた少女は、案の定目の前に現れた充電所に駆け寄ってスタンドをジッと見つめていた。

 本当に何がしたいんだ。

 充電所にポツンと立つ少女の横顔は、何を思っているのかは分からない。しかし腹を擦っている姿はお腹が空いているようでもあるし、自販機ならもう少し先にもある。

 なんだか読めない子だな・・・。

 充電コンセントを見つめていた少女は、一度首を振って周りを見まわしてから、何か覚悟を決めたように顎を引いて、コンセントに向かい腹を突き出し、スカートを託し上げようとした。

 「おいおい!何してんだ!」

 少女の跳ね上がった肩は、空かさず再び見回した視界の先に自分を見つけたらしかった。驚いた自分がうっかりボディの金属部分を脇のゴミ箱にぶつけた音もきっと悪さをしたに違いない。反対方向に向かって走り出した。やはり全力疾走。ただ、今度は追いつける。

 こちらから誘導するまでも無く、少女は勝手に路地裏に駆けこんでいった。それに、なんだかさっきよりも随分スピードが遅くなっている気がする。

 「怖がらなくてもいい!」

 投げた声が当たったらしい背中が一度ガクリとよろめいてから、いい加減切れた息を肩で表しながらトボトボと歩き続けている。

 「道が分からないんだろう。チップも取るつもりはない。取り敢えずさっきの男の言うように交番の前辺りまで案内してやる。警察なら、君の親の連絡先だってすぐ突き止めてくれるだろ。」

 「・・・できないわ。」「なんで。」

 「それは私が」

 突然だった。言葉の途中で何の前触れもなく少女が倒れた光景は、偶に頭をぶつけた時に起きる視覚映像のノイズだと解釈する方が自分の脳には都合が良かったのだろう事も影響しているに違いないが、普通人間は倒れるほんの直前まであんなに流暢に喋らないだろう。この少女の所作は、出会ってからほんの数分の間にも勘付く程にどこか唐突で無機質だ。

 「おい!大丈夫かよ!」うっかり上半身を抱き起してしまったのは応急処置としてマズかったかもしれない。

 しかし、そんな優しい人なりの気遣いは、腕に伝わる一瞬の違和感でたちまち意味を為さない事にも気付けた。

 腕に伝わる少女の身体の震えには何故か心当たりが、記憶があった。しかし、最近のものじゃない。ずっと前、自分がまだこの身体にも慣れきっていなかったような頃の、戦場での記憶。

 「おい。充電ポートって。お前まさか・・・。」

 この震えは、回路不良に陥ったり作戦からの帰還が遅れてバッテリー切れを起こしたサイボーグ達がよく起こす特有の震えに恐ろしくよく似ている。普通の人間は身体が震える事に戸惑ってあたふたとするけれど、サイボーグ達のこの震えは、知覚センサーの動作が不十分になる事で起きる無自覚な態度も含めて、当人たちの精神や痛覚等の感覚器に対する身体的関与が少ない。だからこそ今の彼女のように、震えながらも一直線に自分の顔に向かって持ち上げられる腕は、やはり震えながらも迷いがないし、その碧い瞳もまた真っ直ぐに、鉄の曲面である自分の顔面に注がれていた。

 「お前、本当にロボットなのか。」

 「コンセ ント 形 状が合 わなか った わ。」

 「サイボーグか?そうは見えないが・・・ロボットの認証は?」

 「鞄のな か 」「見るぞ。」

 脇腹に提げていたブラウンのポシェットを探っている指先に、散在する内容物の中から2,3枚のカードが当たった。通常のロボットならボディの分かりやすい面に貼りつけられているが、この子の場合はそうもいかないのだろう。

 ・・・きっと、この一番分厚くて文字らしい凹凸のあるヤツ・・・。

 「・・・マジかよ。」

 たしかにそれはロボット認証書と呼ばれる、ポストカード大の、車のナンバープレートに似た金属プレートだった。

 「型番は・・・A、12、CE・・・。A12CE、最後に充電したのはいつだ。」

 「わからな い。」

 「・・・俺が普段使ってる場所を案内してやる。多分お前にも合うソケットがある。」

 「あな たも ロボット な ?」

 「・・・あぁ。俺もロボットだ。」

 見下げる先に横たわる、超高精度に人間の顔を模したロボットらしい少女の顔が、一瞬心なしか綻んだように見えたのは、自分の視覚素子をいい加減交換する合図だろうか。

 「信じられん。これがロボットだなんて。」

 「ぱ ぱ が き い 」

 「黙ってろ。スリープ状態に入れば負ぶって連れてってやる。信用してくれるか。」

 返事を待つつもりで見つめていた少女が目を閉じて5秒ほど、少女の表情筋が全く動かなくなっていることに気付いたのは、軽く揺すってみた身体が完全に脱力した揺れを伴った事に気付いてからだった。

 「全く!何がどうなってるのやら!」

 少女をそっと背中に背負い直した。背中に乗る重量も、全く機械のそれではない。

 「とんだ一日だぜ!」

 上着を買った日で良かった。

 街ですれ違う人に、どうか風変りな親子だと勘違いしていてほしいと切に願いながら、すっかり真上から降っている白く濁ったお日様の光を浴びるストリートを駆けた。

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CANNED MEAT 九三郎(ここのつさぶろう) @saburokokonotsu

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