あの嵐を駆け抜けて
そう。あの時から、私は人ではなくなっていた。
「ここは……どこ……」
私はただの十七歳、普通の女子高生だ。確かあの時下校中で街を歩いていたら、誰かが突然私に拳銃みたいな物を向けてきて……それに撃たれて意識が……記憶はそこまでだった。
目が覚めても何も見えない。私に視覚は有るのか、失ってしまったのか、分からない。
手を動かそうとしたが、思う様には動かない。
何故かは分からない。触覚も今は感じられない様だ。
体に力が入らないので、味覚が有るかどうか確認出来ず、声も出せない。
何も聴こえない。聴覚も無い。
何も嗅げない。嗅覚も無い。
今の私は何も出来ない。麻酔か何かを打たれて、一時的に五感を失っているのかもしれない。ただおぞましい恐怖と不安が、心身全てを支配した。
怖い、
恐い、
こわい、
コワイ、
……
あれ……?
……
また……だ……また……意識が……遠のいて……いく……
「気が付きましたか?」
誰かの声がした。気がつくと私は古びた薄暗い水路の様な所にいた。そして、もう一つ重要な事に気付いた。
「あれ……私……聴こえてる……目も……ぼやけてるけど見える……しかも話せる!」
私は安堵して声が聞こえた方を振り向くと、信じられない光景が広がっていた。
「ん……って……! キャー! バケモノ! こっち来ないで! 近づかないで!」
声の主は、漆黒の真球状の頭、人間というにしては長すぎる胴、三つの関節があり二本の指がついた昆虫を思わせる六本の腕、蜘蛛の様に細く放射状に広がった八本の脚を持った、人間とは似ても似つかない、正に異形と言える存在だった。
「驚かせてしまいすみません。実は、私達は裏社会で暗躍している【財団】の研究所に捕らえられ、人体実験を受けたのです。それは貴女も同じ。あれを見てください」
異形の男が左の一番上の腕で、コンクリートの床にある水溜りを指した。
「え……これが……私……?」
私は水溜りに映った、変わり果てた自分の姿を見てしまった。全身の毛は抜け落ち、三つの目を持ち、水掻きを持った手足は河童さながらである。
「……うそ……ぅ……うあぁん……」
私はただ泣く事しか出来なかった。この恐ろしい現実を受け入れられなかった。
「……とにかく、ここから脱出しましょう。直ぐに【財団】の追手が来ます、泣いてる暇はありません。さぁ!」
遠くで警告ランプがウーと唸る。
私の手を男が強引に腕を二本使って引いた。彼の三本の指は鉤爪になっていて、皮膚に食い込んで正直とっても痛かった。
現実をまだ受け入れられない私は、恐怖で足が動かなかった。
「しっかりして下さい! 仕方ない……おんぶしましょう」
私は見ず知らずの怪物と化した男におんぶされて、研究所を出た。外は嵐だった。彼は大雨に打たれながら八本の足でひたすら走った。
「しっかり掴まっててください!」
私達はあの時から人では無くなっていた。それでも、あの時感じた彼の鼓動は、確かに人間の温もりだった。
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