忘れられない物語、そして、

 そして、人類はこのせかいにさよならを告げた。

「今日の絵本はこれで終わりよ。さぁ、おやすみなさい」

 私の母はある夜、優しい声でそう言ってそっと本を閉じた。

「うん、今日のえほんもおもしろかった。おやすみなさい、ママ」

 私は大人になっても、あの夜読み聞かせてくれたあの本が忘れられない。それは、懐かしい思い出としての記憶でもあるが、心にずっと潜むしこりのような物でもある。あの時の物語の内容が、思い出せないのだ。思い出せるのは、最後の一文だけ。その本を含めた大量の絵本はいつかの日に全て捨ててしまった上、タイトルすら忘れてしまっている。図書館や本屋で探し出して、読み直すことも難しい。

 最後の一文だけが、唯一の手がかりとなっている。

「この本も、この本も、これもそれもあれもどれも、全部違う……」

 私は町外れの小さな古本屋で働いている。あの思い出の本を探す為に。

「臨時ニュースをお伝えします。 G国当局は、本日未明に『我が国は我々自身の国としての誇りと正義、そして平和の為には、核の使用も厭わない』と核爆弾の使用の検討を発表し、各国での反対デモやその他抗議活動等が続いており、混乱を招いています……」

 店の古ぼけたラジオから臨時ニュースが流れる。

今、国際社会は混乱を極めていて、いつ核兵器によって世界が滅んでもおかしく無い状況らしい。

 私もこんなことやってる暇は無いのかも知れないけれど、生憎、私は忘れられないあの本を見つけたいってこと以外は、何も生きていたい理由はない。だからこそ、私はここであの本をただひたすらに探す。

「あの、本、売りに来たんですけど……」

 店のドアがギィと音を立てて開き、一人の優しそうなおばあさんが訪れた。

「いらっしゃいませ。早速ですが、本をお見せいただけないでしょうか?」

「はい、これ。私の思い出の本達だけど、私はもうひとりぼっちだし、もう長くないから。誰も読まないなら、誰かいい人に渡ってくれればと思ってね……」

 そう言っておばあさんは、私に数冊の本を渡した。

「はい、こちらで承らせていただきます。少々お待ち下さい」

 私は本を受け取るやいなや、すぐにそれぞれの本の最後のページをめくった。この中に、私の思い出の、忘れられないあの本があるかもしれない。

 「そして、人類はこのせかいにさよならを告げた」

 私は思わず呟いた。

 ついに見つけた。

 数冊の本の中の一つに、探し求めていた一文があった。

 すると、私の思い出が、忘れていた記憶が、一気に戻ってきた。

「臨時ニュースをお伝えします。本日午後二時頃、G国から、三発の核ミサイルが発射された模様です。国民の皆さん、速やかな避難をお願いします。繰り返します、本日……」

 私は、母との思い出が一気に蘇り、自然と涙が溢れた。私の唯一の願いが、叶ったのだから。

もう、生き延びたい、生き残りたいなんて思わない。  

 私の唯一の生きる意味が、無くなったのだから。

 その昔、人類という生き物がいた。

 人類はわたしたちのように、かしこく、頭を使って生きるようしんかして、地球をしはいした。

 しかし、人類は、なかま同士であらそいをくりかえし、おたがいをにくしみあった。

 人類はやがて、自分たちの平和のために、すべてのヒトを眠らせることにした。

 かれらには、それしか方法がなかった。

 ついに人類は、かくごをきめ、すべてをなかったことにした。

 そして、人類はこのせかいにさよならを告げた。

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