家族じゃない(5)

 知らない父親と妹に手を引かれ、俺はテーブルの前に座らされた。

 ミニカーを手に持った子供が、とことこと歩いてきて、俺の膝の上に座る。

 台所から、別の若い女が笑いながら出てきて「あら、もう、タカちゃんたら、お行儀が悪いわよ」と言った。

 おそらく、この子供の母親なのだろう。


「やー! タカちゃんはマコトおじちゃんと食べるの!」

「もう、タカちゃんたら……」


 そして、介護用のベッドが置いてあった奥の和室から、腰が曲がった爺さんと、顔がそっくりの青年が現れて俺の前に座る。


「タカちゃんは、パパよりマコトおじちゃんの方が好きなんだもんなぁ」

「うん! そうだよ! でも、おじいちゃんも好きだよ?」

「え、じゃぁ、パパは?」

「パパも好きぃ」


 孫にデレデレの爺さんと、その息子なのだろう。

 いや待て、マコトって誰だ?

 まさか、俺か?


 わけがわからないまま、会話が進む。

 戸惑う暇もなく、グラスにビールを注がれて、夕食が始まってしまった。

 本当に意味がわからない。

 全員知らない。

 俺はマコトじゃないし、こんな母親も兄も、祖父も知らない。

 知らない家族の中に、なぜか俺がその一員として扱われている。


「よーし、それじゃぁ、乾杯と行こうか!」


 父親らしき男が乾杯の音頭を取ろうとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 状況がまるで見えなくて、思い切って大きな声を出すと、全員の視線が俺に集まる。


「どうしたんだ、マコト。そんなに大きな声をだして」

「そうよ、お兄ちゃん。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、あなたたち、一体誰なんですか!?」


 俺がそう訊いたのとほぼ同時に、玄関の扉が開く音がした。

 その時、すっかり失念していた美子さんのことを思い出す。

 慌てて玄関の方へ行くと、扉はピシャリと閉まって、そこに美子さんの姿はなかった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「マコトおじさん、はやく食べようよ!」

「ほら、座って、座って!」

「こんな時間にどこに行くの?」

「せっかく帰ってきたのに、私たちを置いて行くの?」

「ダメだよ、そんなの」

「ワシら、家族じゃないか」

「そうよ、お兄ちゃん」

「私たち、家族じゃない」


 それっきり、美子さんがこの家に戻ってくることは、なかった。


 美子さんは、俺を置いて、俺たちを置いて家を出て行ったのだ。

 大切な家族を置いて、出て行くなんて最低だ。

 そんなの、人間がしていいことじゃない。



「そうだな。家族を捨てるなんて、裏切り者のする事だよな」


 裏切り者。

 裏切り者。

 裏切り者。


 あんなのは、家族じゃない。

 俺の家族じゃない。





【家族じゃない 了】


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