第5話 アレンシャ

 門番が私たちに気付き剣を構える。門扉の上にも弓でこちらを狙うレリクトがいた。

 タムナとイシナが手を挙げて私たちに敵意が無いことを伝えたようで、警戒を解いてくれたが、まだ視線は向けられたままだ。


 門番たちが私に手を差し出す。握手を求めているわけではなく、どうやら武器になるようなものを寄越せと言っているみたいだった。


 バックパックの中からナイフなどを取り出し、手渡す。

 タムナとイシナが友好的でいてくれるとはいえ、まだこの部族の全員と仲良く出来るとは限らない。本当は護身用の武器を渡したくは無いが、ここで拒否すればきっとすぐに弓矢で射られて皆殺しになってしまう。


 門扉が開けられて、中へと通される。松明の火で思った以上に明るく、周囲の様子が窺えた。門の内側には、簡素な木造の小屋などが並んでいる。住居だろう。


 部外者を見るレリクトたちの反応は様々だ。物珍しそうにしている者もいれば、怯えている者もいる。


 道を真っ直ぐ進んだところに植物で覆われた大きな建物らしきものがあっ

 た。ここには偉い人が居そうだな。


「中央にあるのは、大昔の建造物かな」

「だろうね。ああいうものをイチから作れるほどの文明レベルじゃないみたいだから」

 シエルの言葉に、建物を見上げていたマヤが答える。


 建物はいくつもの木に取り込まれているように見えた。これのお陰で今以上には崩れないのかもしれない。

 入口には再び門番がいた。タムナたちと一言二言交わしたあと、門番は顎を使って中へと入るように指示してきた。嫌な態度だけど、彼らの文化では普通のことなのかも。


「アレンシャ!」

 タムナが何かを叫ぶ。叫ぶと言うより、呼ぶというほうが近い気がした。


 一人のレリクトが近づいて来て、タムナとイシナに何かを告げる。アレンシャ、と先程聞いた単語が出てきたため、おそらく人物の名前じゃないだろうか。そのアレンシャという人は今は不在のようだ。


 タムナはため息をつくと私たちに向き直り、再び『着いてこい』と手で合図する。従わない理由も特にないので、ゾロゾロとタムナとイシナの後ろをついて行く。


 建物の内部にも木の根や葉が入り込んでいる。足を引っ掛けて転ばないようにしないと……。


 途中、ドアの無い部屋を通り過ぎる。そして三つ目の部屋を通り過ぎようとした時だった。


「……!?」

 部屋の奥に繋がれたヨハネを見つけて駆けよるが、部屋の中にいた屈強なレリクト二人が私を取り押さえた。


「オフェリア、一体何して……」


「何すんのよ……! ちょっと、ヨハネ! 生きてる!?」

 物凄い力で両腕を掴まれながらも、ぐったりと項垂れて動かない彼へと声を掛ける。上半身には深い傷が刻まれている。拷問を受けたのだ。


「え、ヨハネ……?」

 シエルたちも部屋の中へと入ってきて、ヨハネの状態を見ては絶句する。


 イシナがレリクト二人に言葉を投げかけるが、拘束が解かれることは無かった。多分この二人はイシナとタムナより位が高いんだ。


「モグ・スレタ?」

 凛とした声が部屋に響いた。


 振り向くとそこにはフクロウの面を付けたままのレリクトが立っている。


「アレンシャ!」

 タムナとイシナ、それから二人のレリクトは額に拳を当てて短く頭を垂れた。どうやらこの人が部族の族長らしい。仮面の下から覗く肌を見るに、まだ若そうだ。


「キナ・ソルケン?」

「ソラ・クナト・イシャス」


「……ナク・ヴェリ」

 族長がそう呟くと、タムナたちと二人のレリクトは部屋から退出していった。


 族長は気を失っているヨハネに近付いて、鎖を外す。

 拘束が解けたヨハネは前のめりに床に倒れた。急いで彼の元へ駆け寄る。


 傷は酷いが、息はしている。生きていてよかった……。


「まずは非礼を詫びよう」

「謝って済む問題か! それよりさっさとヨハネの治療をしやが……れ……?」

 クロードの威勢は尻すぼみになった。族長の胸ぐらを掴んでいた手も緩められる。


「え、今……」

 シエルも動揺している。勿論、私もだ。



 ──この人、私たちと同じ言葉を話した?



「私はアレンシャ。シラフス族の族長だ」


 族長はフクロウの面を外した。その下から出て来たのは、私より少しだけ歳上に見える少女の顔だった。



「どうしてあたしたちの言葉を喋れるの?」

 こういう時に物怖じしないヴィヴィアンのことを素直にすごいと思う。


「それよりも宇宙から来た君たちがまだ旧言語を使っていることのほうに疑問を持つがな」

「お姉さんさ〜、質問には質問で返すなって教わらなかった?」

 物怖じしないというか、単純に失礼な子だった。


「……それはまた追々話そう。今はそこの男の治療を優先すべきだ」

 アレンシャは倒れたまま目覚めないヨハネを見下ろして言った。

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