第七話:雷を抑えし知識。友情と崇拝の狭間で

王立魔法学院の図書館にて、ダリオは膨大な蔵書を前に、古い書物を淡々と読み続けていた。ノクティアが求めた「友人」を助けるため、彼は護衛騎士として蓄えた知識と経験を最大限に活かそうとしていた。護衛という立場で敵対者に対応するためには、魔法に対する対策も当然求められていたのだ。


「ダリオ、何か見つかった?」

ノクティアが不安そうに問いかける。


「はい、いくつか有用な情報がありました。」

ダリオは無表情のまま、分厚い本を閉じ、静かに答えた。「雷の魔力が暴走し、体に負担をかける稀な事例は記録されています。特に、雷属性は他の魔法よりも体内で暴発しやすい性質があるため、これに対抗する技術は以前から研究されてきました。」


ノクティアはダリオの言葉に耳を傾けながら、緊張を抱えたまま続きを待った。


「その中で、護衛騎士として学んだ魔法対策の一つに、魔力の循環を体外に逃す方法があります。特に雷の魔力は、正しく流れを整えることで負担を軽減できます。」


「そんな方法があるの?」

ノクティアは驚きの表情を見せた。


「はい。私は護衛騎士として、敵が操る多様な魔法に対抗するため、他属性の魔力を封じ込めたり、制御する技術も学んできました。その知識を使えば、アリシア嬢の雷の魔力を抑え、体への負担を減らすことができるでしょう。」


ノクティアはダリオの冷静な説明に、希望が広がるのを感じた。


「それなら、アリシアを助けられるかもしれない……! ダリオ、ありがとう!」

彼女は感激した様子でダリオに感謝を伝えた。


その日の午後、ノクティアとダリオはアリシアにこの解決策を伝えた。アリシアは目を見開き、驚きと期待を抱いた表情を見せた。


「本当に……そんな方法があるんですか? 私、本当に助かるんですか?」


「ええ、ダリオが見つけてくれたの。彼が、騎士として学んだ技術が役に立つわ。」

ノクティアは優しく微笑みながら言った。


「騎士として……」

アリシアは少し驚いた様子だった。護衛騎士でありながら、魔法についての深い知識を持つダリオに対して、新たな敬意が生まれていた。


「護衛騎士の任務は、王女様を守るだけではありません。魔法に対抗する知識と技術も身につけています。それを使えば、アリシア嬢の雷の魔力を制御する手助けができるはずです。」


ダリオの言葉に、アリシアは再び涙を浮かべながら頷いた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


◆  ◆  ◆


翌日、ダリオの指導に基づいて、アリシアの体内に渦巻く雷の魔力を外部に循環させる儀式が行われた。ノクティアはダリオの知識に従い、慎重にアリシアの魔力の流れを整えようとサポートした。


「大丈夫よ、私たちがついてる。」

ノクティアは優しくアリシアに声をかける。


儀式が進む中、アリシアの体内に渦巻いていた雷の魔力は、少しずつ体外へと放出されていった。ダリオが的確な指示を出しながら、ノクティアがそれに従ってサポートし、アリシアの体にかかる負担は次第に軽減されていく。


「……これで、うまくいくはずです。」

ダリオは最後に確認し、静かに頷いた。


やがて、アリシアが深く息を吐き、目を開けた。


「……成功したの?」

彼女の目には安堵と喜びが浮かんでいた。


「ええ、成功よ。」

ノクティアは優しく微笑んだ。


アリシアは感動のあまり涙を流しながら、ノクティアとダリオに深々と頭を下げた。そのお辞儀の仕方は、友人に対するものというより、命の恩人に対するそれだった。


「本当に……本当にありがとうございます、ノクティア様、ダリオ様……あなた方がいなければ、私はどうなっていたか……」


その瞬間、ノクティアは小さな違和感を感じた。再び「ノクティア様」と呼ばれたこと、そしてアリシアの敬意が友情を超えてしまったことに気づいたのだ。


「……あれ? 様付けはやめてって言ったじゃない?」

ノクティアは困ったように笑いながらそう言ったが、アリシアの視線は崇拝に近いものだった。


「でも、ノクティア様……あなたは私の命を救ってくださった。もはや友達として対等に振る舞うことは、私にはできません……」


その言葉に、ノクティアは驚きを隠せなかった。ずっと対等な友達になりたいと願っていた。しかし、アリシアにとってノクティアは、もはや「友人」ではなく「救い主」としての存在になってしまったのだ。


「……私はただ、友達になりたかっただけなのに。」

ノクティアは寂しそうに呟いたが、アリシアの態度が変わることはなかった。


◆  ◆  ◆


夜、ノクティアは宮殿で一人、月明かりを見つめながら心に引っかかる感情を整理していた。アリシアを救えたことは嬉しかったが、彼女が望んでいた「普通の友達」は、もはや手の届かないものになってしまった。


「……友達を作るのって、こんなに難しいことだったのね。」

ノクティアはため息をつき、月を見上げた。


その時、ダリオが静かに声をかけた。


「王女様……」


「……ダリオ?」

彼女は驚いて彼を見た。


「アリシア嬢は、あなたに深い感謝を抱いています。しかし、彼女にとってあなたは王女であり、命の恩人でもあります。その立場の違いが、彼女にとって障壁となったのでしょう。」


「分かってる……でも、私はただ、友達になりたかっただけなのに。」

ノクティアは肩を落とし、静かに言葉を続けた。


「王女様には、すでに私という友人がいます。」

ダリオは無表情のまま、静かにそう告げた。


「……ダリオ……」


「私は王女様の護衛であり、友人です。これからも、あなたが何に悩もうとも、寄り添い続けます。」

彼の言葉は、心強くも優しい響きを持っていた。


ノクティアはその言葉に少しだけ笑みを浮かべた。友達作りは確かに難しいかもしれないが、彼女にはすでに一人、本当の友がいた――それがダリオだった。


「ありがとう、ダリオ。今度こそ、対等な友達を作るために頑張ってみるわ。」

ノクティアは月明かりの中で前を向き、新たな挑戦に意欲を燃やし始めた。


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