第15話 懇願の手紙
エスメラルダへ
大変なことが起こりました。私たちの義兄、ベネディクトが反旗を翻したのです。宮廷の人間で忠実な者は少なく、大勢が反逆者の甘い口約束にのってしまいました。母も私もウィリアムも一つ部屋に集まって、今にも裏切り者たちがやってきて部屋の扉を打ち破るのではないか、と恐れています。オーガストは渡り廊下の前で、敵を止めようとしていますが、いつまで持つのか。
ゲッセン公爵がやってきて助けを申し出ました。もし私が彼の妻になるなら、三人を宮殿から逃がしてやる、ということなのです。
これほどまで人を軽蔑したことがありません。呆れ果てた人です。なんていう二枚舌でしょう。公爵はベネディクトにも、皇帝にもつかえる気はないのです。彼にとって主君とは自分以外の何者でもなく、さもなければ裏切るべき存在なのです。いいえ、決して公爵の妻にはなりません、
私が待ち望む助けは遠く離れた場所にいる愛する人のものです。私たちは孤立していてダレルの軍隊を待つしかありません。母は気に入らないでしょうけれど。
どうか将軍に私たちの危機を伝えてください。彼がどこにいるのかわからないのです。オーガストがあなたにしたことで傷ついたでしょう。でも、あなたは私たちの
ハンナ
夜明けごろ、屋敷の外で人声がした。何かに追われているかのように慌ててベッドから抜け出し、ガウンを羽織る。
重い燭台を手にして薄暗い廊下に出た。屋敷の者はみな眠っているようだ。静かだった。
男たちの話し声がする。玄関でキーキーと金属音がなった。蝶づかいをいじっているようだ。
「何してんのさ!こっちにはちゃんとした住人がいるよ!」
わざと村娘かヤクザ者の口調をまねて言った。
「俺たちは食い物がほしいんだよ、お嬢ちゃん。あてどのない行軍で腹ペコだ」
男の声がかえってくる。
「行軍ですって?兵隊なの?じゃあ、ドーン将軍がどこにいるのかも知ってるかしら……」
「将軍ならつい三日前に別れたばかりだ。それよりお嬢さん、食事を出してくれるかね」
私は大急ぎで食事を作り始めた。まず黒パンと生ハム、地下で眠っていた麦酒をだす。ドヤドヤと居間に入ってきた男たちは疲れも吹っ飛んで陽気だ。
赤いスープに豚肉のパイ、はちみつ入りのレモネード。厨房で忙しくしていると女中が入ってきた。
「奥様、何やってるんですか」
非難顔でこちらを見ている。
「息子を救うのよ」
私は麺棒をわきに置いて言った。
「都で新しい皇帝が出現したらしいな」
一人が言う。
「私生児らしい」
「私生児だろうが、高貴な生まれだろうが同じさ。どいつも身勝手な奴だ」
私は兵士たちの言葉に賛成しかねた。たしかに皇帝はいやな人物だ。だが、オーガストは何かちがう。彼はよき統治者になろうとしていた。可哀想な奴隷たちを救おうとしていた。
兵士たちがたらふく食べて、うたた寝し始めると、女中と一緒にうまやに入る。兵士たちの馬を使ってダレルに救援を求めにいくのだ。
が、兵士の一人がうまやの入り口に立ち塞がった。怖い顔をしている。
「悪く思わないでちょうだい。将軍に皇帝の危機を知らせに行くのよ。愛する人の命がかかっているの」
私は懇願するように言った。
彼をひき倒したくなかった。相変わらず、仁王立ちしているけれど。
「食事と宿のかわりに馬と将軍の救援というわけか。割に合わない。将軍は負け知らずだからな。お嬢さん、宮殿には宝物がたくさんあるだろ。もし、道案内つきで馬を貸したら、お宝をくれるか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます