第14話 海辺の屋敷

 一週間ほどの長旅のすえに、送られた先は監獄ではない。ツタのからんだ、海辺の屋敷を見たとき、どれだけ安心したことか。反逆者として収監されると思っていたのだ。


 静かな、美しい場所だった。薄い肌色の浜辺。灰色がかった海の青。寄せてはかえす無数の波。使用人でさえ静かで物音一つたてない。


 私は寒々とした寝室に入った。雨が降っている。ひとりっきりだ。


「奥様、お手紙が届いております」

 女中が部屋に手紙を運んでくる。


 ハンナからの手紙がもう届いていたのだ。ちょうど手持ち無沙汰だったので、喜んで手紙を読んだ。



エスメラルダへ

 メリトープの屋敷はいかがでしょうか。きっとさびれた、質素な場所だと思っているわね。宮廷とは大違いで、人だっていない場所。

 ウィリアムは元気よ。なぜあなたが突然遠くへ行ってしまったのかは、知らされていないわ。教育も寝起きする部屋も、今まで通りの生活を続けているの。

 オーガストはあなたをどうするか、今でも悩んでいると思うわ。結局あなたの言った通り、イヴリンではなく、エスメラルダだったわけだし。あなたを信じるべきか、赦すべきか悩んでいるの。きっと最後にはあなたを赦して、自由にしてくれるわ。そう信じているの。

 ダレルが国境近くの遠い任地にやられてしまった。母が、私たちがあんまり親しくしているのを見て怒ってしまったの。このまま結婚できなくなるんじゃないかって怖いわ。ダレルのほうから私を捨てちゃうんじゃないかしら。

                 ハンナ



 この海辺の屋敷は皇家の使われなくなった別荘らしい。さびれてはいるが、風情のある場所だ。私は「枯れない花の間」を特に気に入った。

 名前の通り、枯れない色鮮やかな花々が部屋中に敷き詰められた空間である。花の香りはない。時が止まってしまったようだ。花でつくられた迷路みたい。

 庭先には柳の木が生えている。


「奥様、外に出ては危ないですよ」

 玄関の前で柳の木を眺めていると、女中が慌てて駆け寄ってきた。


 海岸近くには海賊が出ることもあるらしい。もし、海賊が屋敷を襲おうと決めたら、身を守るすべはないのだ。使用人はごく少数で、男手は下男の二人しかいない。彼らの武器ときたら銅製の燭台や洗濯板くらいのものだった。


「ここには貴重品も財産になるようなものも置いていないんですけれどね。離れに鶏ならいますが」

 女中が暖炉に薪をくべて言う。


 夏だというのに海辺は寒かった。それは薄ら寒い、孤独なものである。


 こんな場所で一人でいて、何をやっているのだろう。息子に会いに行こうともせず、無実の嫌疑をはらそうともせず。

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