1-17 曇り
「やあー、久しぶり!祐、待ったかい?」
病院前の入り口でぼーっとしていると、突然肩を叩かれてそんなことを言われた。
もちろん、背後を見ずともそれが誰なのか分かる。
「久しぶりってなんだよ。たった20分で」
「え、何それ。計ってたの?きもちわる」
「……暇すぎたんだよ。他に何をしろって?」
「そりゃあ、楽しいことを考えるんだよ。祐、知ってる?人の老化って実際に生きた時間じゃなくて体感時間で進んでいくらしいよ。楽しい時間って、短く感じるじゃん。ずっと楽しく過ごしていれば、ずっと若くいられる」
「へえ。そうなのか」
「噂だから分かんないけど」
「………それなら、少しは寿命延びたかな」
「………え?」
「帰ろう。疲れた」
祐は病院に背を向け、歩き出す。
「あ、おい」
それに続いて恭也が小走りで祐の隣まで追いつく。
祐はふと時計を見る。
23時50分。
あと10分で今日1日が終わる。
「…………クソ長いな、今日」
「はは、色々あったからねえ。本当に」
「………ああ、本当にな」
本当に。
本当にだ。
まさか1日という時間がこんなにも長いなんて、思わなかった。
今まで引きこもってばっかりで自堕落な生活を続けていたせいか、今日は時間が進むスピードがやけに遅く感じる。
恭也の豪快なキッチンのリフォームで1日が始まり、そこから突然の高校入学、実技試験、そして霊獣事件。
あまりにも凝縮された1日だった。
これはむしろ、老化が早まったかもな。
「入学式とか試験とか、もう昨日の事みたいに思えるよ」
「もうそろそろ昨日になるけどね」
「…………だいぶ遅くなったな。これ帰る頃には1時過ぎてるぞ」
「逆に遅くなったってことは、それだけ仕事をしたってことだ。成果は十分だよ」
「そりゃあ死にかけたんだから、十分じゃないと困る」
「たしかに。あれは本当に危なかったからねえ」
「………………」
………今回の件で、恭也に聞きたいことは山ほどある。
さっさと話にもっていきたいところだが、あいも変わらず恭也はマイペースで楽しそうに話すせいで、ただ友達と愉快な会話に花を咲かせているよう錯覚してしまう。
こいつは、こういうところがあるから色々とやりにくいんだ。
「あんな経験は、二度とごめんだ」
「はは、なんだかんだ、死にかけたのは初めてだった?」
「そりゃな。邦霊で育ったからって、そんな修羅場潜ってるわけじゃない。ただ、ああいう状況でも冷静でいられるように訓練を受けてきただけだ」
「………………そっか」
「結局、冷静でいられたところで勝てなきゃ意味ないんだけどな」
俺も、結束も結局は同じだ。
霊獣に勝てなかった。
ただ、結束の後に俺が出たから俺が彼女を助けたような形になっただけ。
順番が逆になれば立場も逆になっていただろう。
「そう悲観的になるなよ。あれはお前らが弱かったんじゃない。霊獣が強かった。俺が勝てたのはたまたま能力の相性が良かっただけで……」
「負けた理由なんて関係ないよ。敗因が相性だろうと技量だろうと、死ねば同じだ」
「…………うーん、確かにそうだな。じゃあつまり、今回一番偉いのは俺ってことか」
「………は?」
祐は嫌な予感と共に恭也の顔を見る。
これでもかというほどいつもの悪巧みを孕んだそのニヤニヤ顔に祐は心の中で項垂れた。
「いやだってえ、結束ちゃんと祐は負けて、俺は勝ったんでしょ?なら、俺一番偉いじゃん。てか俺、祐の命の恩人じゃん!そういえばまだお礼もらってないな。ほら言って、お・れ・い!」
「…………」
本当にすぐ入るスイッチだな。
こんな奴に、それもこんな表情でせがまれたらお礼なんて言う気があっても失せるというものだ。
………………だが、
「……………まあ、実際お前が来なかったら、俺死んでたしな」
「ありゃ、今日なんか素直」
「つっこむより素直な方が早く終わるだろ。それに………あの時、本当に死にかけた瞬間にお前が来てくれたんだ。かっこよすぎて素直に褒めたくなるだろ?」
「ええ、そんなに格好良かった?照れるからそんなに褒めるなよー」
「………………」
恭也の顔を見て、分かる。
鼻につくほどの口から出まかせだ。
こいつは全くもって照れていないし、全くもって喜んでいない。
………そして、俺が喜ばせようとして褒めているわけではないということも、きっとこいつは分かっている。
祐は、冗談めかしく浮かべていた口元の笑みを消した。
「ああ、もうほんと、完璧なタイミングだったよ。…………狙ったかのように」
「………………」
「お前は、俺が戦う様子を監視していた。俺が死に物狂いに戦っている間、何食わぬ顔でそれを見ていた。………なんでだ」
すると、いつもニコニコと楽しそうな恭也の表情が少しだけ曇る。
なかなか珍しい光景だ。
「………いくら祐でも、俺が祐の命を軽視していたかのような疑いをかけられるのは、気分が良くない」
だが祐は、それを見て動じることは何もなかった。
「疑い?………は、何勘違いしてんだお前。これは疑いじゃない。確信だ」
「…………あ?」
………こいつ、本当にうざいな。
その少し怒ったような表情。こいつがやったことを確信していて、演技だと分かるが故に気持ち悪くて仕方がない。
「………俺が戦っている最中、如月結束が俺の名前を呼んだこと、なんでお前が知っていた」
「!!」
恭也の目に明らかな動揺が走る。
だが祐は、やはり気にせずに続ける。
「お前が本当にあんなかっこいいタイミングでたまたま俺を助けにきたんなら、お前は何故戦闘中の俺たちのやりとりを知ってたんだ」
恭也は戦闘後の話し合いで祐が下らない茶番に巻き込まれた時、横から口を挟んで、あの時の状況を知っていたかのように話し始めた。
あの時、恭也が言っていたこと。
『………君も、呼び捨てで呼んだよね』
『祐のこと。覚えてないの?『危ないっ、祐!』とか言って。それも2回くらい』
『呼び捨て』で呼んだことや『2回』呼んだこと。
明らかに監視していないと分からないことだ。
だが、最初は焦りを見せていた恭也もすぐに冷静な顔になる。
「はは、あんまり言いたくなかったんだけどね。実は祐に盗聴器を仕掛けてたんだ。声だけ聞こえたから、二人の会話のやりとりは分かったけど、別に祐の戦いを傍観していたわけじゃないよ」
なんてことを言う恭也に、祐は顔を
断言できる。
こいつが言っていることは十中八九嘘だ。
「……もし盗聴器が仕掛けてあったなら、俺が霊符を振動させて危険を伝える前に、お前は霊獣の存在を認知してたはずだ。あんなに助けが遅くなるわけがない。それに………お前、俺を助けにきた時、『祐が苦戦していると思わなくて歩いてきちゃった』みたいなこと言ってたよな。盗聴器があるなら俺が苦戦していることも予想できただろ。それで歩いてきたなら、それもそれで問題だな」
「いやいや、そっちの方が冗談さ。当然、祐の危険を察知して急いで現場に向かったよ」
「………………」
「いや……だからさ!俺が祐のことどうでもいいとか思ってたわけじゃ………」
「……………」
恭也は、焦りを見せながら弁解を続ける。
…………………。
それは何の焦りだ?
様子だけ見れば恭也は、俺に自分の命を軽視していると思われることを恐れているように見える。
だが本来、恭也はそんなことに恐れるような人間ではない。
仮に俺が「俺のことを助けずにギリギリまで見ていた。お前は信用できないから絶交だ」と言っても、恭也はいつもみたいにニコニコ笑いながら「ごめんって〜」などとおふざけ気味に許しを請いてくるだろう。
そしてきっと、長時間の話し合い、そして時間経過とともに俺は恭也を許してしまう。
こいつはそれを分かっているはずなのに、なんでこうも焦りを見せている?
それとも………これも、演技なのか。
焦っているかのような、演技。
……………そう。
まるで他のことから目を逸らさせようとしているような………。
「……………なあ。お前、俺を助けにきた時なんて言ったか覚えてるか?」
「…………えっ」
「『まあまあかな』って言ったんだよ」
「……っ!!」
「あれは、どういうことだ?何が『まあまあ』だったのか教えてくれよ。なあ」
「は、はは…………聞こえてたのね、あれ……」
恭也は半ば諦めたかのようにガクッと項垂れ、その後はぁー、とため息をついて上を向く。
「…………まあ、別にいっか。ばれても」
「……何で、俺の戦いを傍観していた」
「言わなくても、大体察してるんでしょ?」
「………………」
理由。
恭也が俺を助けずにあえて戦わせて、戦闘を見ていた理由。
今までの恭也の行動を考えれば、思いつくことは確かにある。
恭也が、俺を学校に行かせたこと。
霊獣捜査の任務で俺が霊能力を使えるように情報が漏れないよう画策したこと。
そして、『まあまあ』という言葉の意味。
これらを考慮して俺の中で導き出せた答えは、一つ。
「…………俺の今の実力を計るためか」
「そ。そして結果は、あのとき言った通り。『まあまあ』だったね」
「何だそれ。何がまあまあなんだ」
「祐が以前能力を使ったのは多分厄災より前だから1年以上経ってると思うんだけど、思ったよりブランクがなかった。多分実技試験で肩慣らしできたってのもあって、実力に関しては言うことはない」
「はあ?お前は、俺の実力を見てたんだろ。それに言うことがないなら他に何がある」
「違うよ。俺が見ていたのは祐の実力じゃない。戦闘そのものさ」
「何だそれ。実力と何が違う」
「そりゃあ、何もかも違うね。分かりやすく言えば、一番違うのは『結果』だ」
「……………結果?」
「祐、君は霊獣に負けたんだよ。…………なぜかね」
「……………」
「実力は申し分なかった。祐は霊獣に勝てる能力があった。なのに負けた。それがなんでかは………言わなくても分かるよね」
「………………」
「祐が思ったより強かった分、感情面が祐を弱くしている様子が見られたからその間をとってあの時はまあまあだって言っ………」
「ああ、もういい。分かったから」
「……………」
本当に、ふざけてる。
そう痛いところを突かれると、言い返したくても言い返せない。
脳が、一時的に思考停止してしまう。
それ故に、しばらく静寂な時間が流れる。
……………………。
……………………。
だが、なんだこの感じは。
何となく、違和感が拭いきれない。
恭也が、まだ嘘をついている?
………………。
いや違う。
恭也が俺の実力を計りたかったことは、おそらく本当だろう。
それは今までの恭也の行動が示している。
まさか、それすらも俺をミスリードさせるための演技とはさすがに考えにくい。
………………。
……………………まてよ。
演技。
演技…………か。
……………………。
「………なあ、恭也」
「うん?」
「なんで、俺の戦いをこっそり見てたこと、隠そうとしたんだ?」
「そりゃ隠したいでしょ。こっそり見てたんだから」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?何が言いたい?」
「お前はそんなことにこだわるやつじゃなかっただろ。俺にバレたところで、別に問題がないことは分かってたはずだ。俺もなぜか今そんなに怒ってないしな」
「えー、何それ。助けずに放置してあまつさえそれを隠して命の恩人気取ったんだよ?なかなか最低な行為だ。もうちょっと怒れよ」
「最低な行為って自分で言ってんじゃねーか」
「そうだよ。だから、できればやりたくなかった」
「じゃあなんでやった?」
「もちろん祐がこの先学校でやっていけるか確かめるため」
「そんなもん、学校で見ればいいだろ」
「学校じゃ無理だよ。クラス違うんだし。試験の順位とかは見れても実際の試験は見れない」
「………直接見たかったって?」
「なんだかんだ、中学の時は祐に負け越してたからね」
「あ?何だよそれ。結局ただの私情じゃねーか」
ムスッとした祐に恭也は、はは、と陽気に笑う。
「冗談だよ。1番の目的はさっきも言った通り祐の学校生活を懸念していたから。ただでさえ肩身が狭い月園高校で、実力まで劣ってるってなったら立場なくなるだろう?」
「…………それで、『まあまあ』の実力だと、学校で生きていけそうか?」
「うーん、そうだねえ。どっちにしろ月園では霊能力使えないし、あんま分かんなかったかな」
「なんじゃそりゃ」
「はは、まあ時間はまだいっぱいあるし、これからじっくり見ていくよ」
「…………………」
恭也は、やはり陽気に笑いながら言う。
…………………。
そして、それを見て祐は思う。
………………ああ。
「………………違う」
「……え?」
「やっぱり………違うな」
さっき恭也が見せた焦りは、違う。
あれは、『神崎恭也』ではない。
神崎恭也というやつはもっと、手強い人間だ。
どんな時も冷静で。
頭が切れて。
だから、敵に回すと実に厄介な人間。
「……………何を、言ってんだ。お前」
急に様子が変わった祐に、恭也は戸惑いと、警戒の混ざったような目で祐を見る。
だが。
………………………。
それが、神崎恭也だ。
「……………恭也。お前は、優秀なやつだ」
「……………は?なんだ、急にどうした」
いつもは素直に褒められてそれを冗談めかしく喜ぶところだが、祐の言葉を警戒してるが故に恭也はいつもの板についたような笑みを見せない。
「水無月にいた俺と大差ない実力を持ち、情報操作、交渉術に関しては俺以上に長けている。そんな人間が…………あんな馬鹿みたいなボロを出すわけがないんだよ」
「…………ボロ?」
「如月結束が俺の名前を呼んだことを知っていると、堂々と俺に漏らした。そして、俺を助ける直前に『まあまあだな』と、口に出す必要もないことをわざわざ口に出した。俺が知ってる『神崎恭也』は、こんな馬鹿ではない」
「………………」
恭也は祐の言葉を聞いても、顔色一つ変えない。
そうだ。
これが恭也だ。
こいつは、たとえ核心を突かれても動揺したりしない。
本当に隠したいことに対しては本心をまるで見せない。
言葉にも、態度にも。
それが、神崎恭也という男だ。
逆に言えば、今こいつが頑なに口を開かず冷静でいるということは、俺は本当にこいつが隠したい事実に迫っている。
「どうせお前は自分からは口を開かない。だから、俺の考えを一方的に全て言う。その上で返事があるなら聞かせろ」
「…………何を言ってるのか分からないけど、面白い話なら答えてやる」
「別に面白くないし、長々と話すつもりもない。俺が思っていることはただ一つ。お前が俺の戦いを傍観していた理由が他にもあるってことだけだ」
「………………」
「お前は焦ったような分かりやすい演技や誰でも見抜けるような情報で俺が『実力を計るために戦いを見ていた』という結論に至るよう餌を撒いていた。実際、お前が俺の実力を計りたかったのは本当だろう。本当だからこそ信憑性があったしお前にとってバレてもいいことだったから餌にするにはうってつけだった」
「………………」
「だが、俺をミスリードするんなら演技なんかじゃなく普段のお前でいるべきだった。頭は切れても、演技はまるで三文芝居だな」
「…………は、何それ。祐、俺のこと知りすぎでしょ。ちょっときもいんだけど」
「当たり前だ。俺がお前と何年一緒にいると思ってる」
「………知り合ってから、もうすぐ3年かな」
「そうだ。そしてそのうち半年は一緒に過ごしている。お前を理解するには十分だ」
「………………」
言うべきことは、全て言った。
後は、こいつにどんな事情があって、何を言ってくるのか……………
「やっぱり、返事する必要なんてないね」
「………は?」
「祐、無駄だよ。全部無駄。君は、俺が何かを隠してるってのを見破っただけだ。さすがにそこは認めるけど、肝心の秘密が何もバレていない以上、俺がそれを教える必要は…………」
瞬間、頭にかっと血が上り、祐は足を止めて恭也の胸ぐらを掴み上げた。
「ふざっけんな………てめえ、今日だけでどれだけ俺を面倒ごとに巻き込んだと思ってる!」
「…………………」
「今まで俺らが秘密を秘密のままにしてきたのは、互いが互いの事情に巻き込まないためだろ。だけど………お前は今回、内情不明の任務に俺を巻き込んだ挙句お前の勝手な事情で死にかけたんだ!それで事情を話せない?調子乗んのも大概にしろよ」
恭也は胸ぐらを掴まれたことに抵抗もせず、ただ淡々と祐を見下ろす。
「…………互いが互いの事情に巻き込まない、ねえ。祐はそうかもしれないけど、俺はそんな理由で秘密を隠しているだなんて言った覚えは一度もない」
「……は、だからなんだよ。それでも、お前は俺を巻き込んでる。………話す義務は、あるだろ」
今回の件、恭也への疑いは、結束達が現れたところから始まった。
もしかしたら、今回の任務は元々如月が受けたものなのかもしれないと。
恭也が、他の邦霊の人間と繋がっていて、その家は如月を裏切っているかもしれないと。
そして、その予想が当たっていることが結束との話し合いで分かってしまった。
委託元がどの家で、恭也がその家の事情にどれだけ関与しているのかは分からないが、少なくとも祐に何かを隠しているのは事実だ。
「話す義務か。それがあるのは、祐の方じゃない?」
「……は?何を言ってる。俺は今回のことに関しては、隠してることなんて何もない。下らない冗談で話逸らしてんじゃ……」
「…………それじゃ何で、霊能力を抑えた?」
「っ!!」
「さっきはわざわざオブラートに包んで言ったけど、祐がその気なら俺も徹底的に聞くよ。………あの時、君は霊獣に勝てた。『本来の能力』を発揮すれば、霊獣なんて赤子の手を捻るようなものだったんだ。なのに………なんで、
「………………それはっ、………お前、どうせ分かってんだろ。いちいち聞かなくても………」
「いや、聞くよ。俺が知りたいからじゃない。祐の口から言わなきゃいけないからだ。本当はもっとゆっくり矯正していく予定だったんだけど、祐が俺の秘密を聞きたいってことは、前に進むってことだ。なら、君は………その、私情で抑えている能力を解放しなくちゃいけない」
「……………………そんなの、卑怯だろ」
「卑怯でもなんでもいい。それがダメなら、俺は何も言えない」
「……………くそが」
祐は恭也の胸から手を離し、ゆっくりと歩き出す。
「もう………いい。……………帰るぞ」
「あら、逃げちゃった。急に気が抜けたような声出して。やっぱりまだ矯正には時間がかかるかあ」
祐は
「……黙れ。何が矯正だ。お前は俺の保護者でもなんでもない」
「いや、別に。そんなつもりはさらさらないけど」
「………………」
「…………はあ。まさかそんなに怒るとは思わなかった。なんか喋ってよ」
「……すまん。今日はイライラしてる。明日からは多分普通に喋ってやるから」
「……………もう、分かった。分かったよ。正直に話す。だから機嫌直してくれ」
「………あ?」
なんだそれ。
さっきまで頑なに言わなかったくせに俺の機嫌を直すためだけにあっさり話すのか。
教えてくれる分にはありがたいが全くもって意味わからん。
「結論から言う。君の予想通りだ、祐。俺は祐の実力を計ることと別に、もう一つ祐の戦いを見ていた理由があった」
「………………」
「そして、その理由は言えない」
「……は!?」
「どうしても、事情があるんだ。お前に嫌われようと、これだけは譲れない」
「何だよそれ!お前から暴露するっつっといて言えないはねーだろ!」
「俺は正直に話すと言っただけだ。秘密を教えるなんて言ってない」
「そんな屁理屈で………」
「元から言うつもりはなかった。ただ、俺が意地悪で言ってないわけじゃないってのを知って欲しかっただけだ」
「………………どうしても言えない事情があるって?」
「ああ。これをお前に話すと………あまり、いいことは起こらない」
「…………………」
本当に、こいつはずるいやつだな。
結局何も教えてくれないのに、こっちがこれ以上聞けなくなるようなことをこいつは言う。
「…………どんぐらい、いいことが起こらないんだ?」
「すっごく」
「すっごくか」
「うん」
「どのくらいすっごくだ?」
「結構すっごく。俺達の割合だと、大体7:3で困る」
「5:5じゃないのか」
「ああ」
「どっちが7?」
「俺」
「…………………そうか」
つまり、こいつが俺に秘密を漏らすと恭也はすごく困って、俺もなかなか困るということだ。
何もいいことが起こらないのなら、確かに言うべきではない。
恭也が本当のことを言っているならの話だが。
「………………俺は、いずれそれを知るのか?」
「……さあね。でも、できればずっと知らないでもらうとありがたいかな」
「……………そうか」
祐は恭也に見られないように、拳を握りしめる。
何も、知ることができない。
この先も、知ってしまえば不幸になるかもしれない。
そんなのあんまりだろ。
今日抱えた疑問や不安は明日からもずっと残る。
これはこれから先、恭也と関わっていく上で大きな確執だ。
時間と共に忘れていけばいいが、そんなに早くその日が来るとは思えない。
だが、だからといって聞くこともできない。
祐は煮えたぎる感情を抑えて、ゆっくりと口を開いた。
「………………恭也。一つだけ、聞いてもいいか」
「答えられることならね」
「……………………」
「…………何?聞かないの?」
「………お前は、俺の味方なのか?」
「…………………」
今、恭也が答えてくれそうなことで、自分の気を晴らせるのはこんな質問くらいだ。
せめてこれぐらいは、欲しい答えを言ってくれ。
祐は、そう願うばかりだった。
恭也は、祐の言葉に優しく微笑む。
それはいつもの板についたような笑みではない。
さっき明音に向けていた爽やかな笑顔にどこか似ているが、あの時とは違い、演技ではない素の表情であることが分かる。
そして、彼は言った。
「……安心して。俺は何があっても、絶対に祐の敵にはならないから」
「………………………………」
だが、その恭也の表情を見て。
恭也の言葉を聞いて、祐の不安が消えることはなかった。
「………………………………」
きっと、これは俺が卑屈になっているだけだ。
そう信じるしかない。
信じなければ、こいつと一緒にいることは、もうできない。
……………………でも。
『…………味方なのかを、聞いたんだよ』
その言葉は、なぜか喉の奥に引っかかったまま出てこなかった。
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