1-7 最強VS食わせ者
結束と七瀬が樹海で出会う少し前。
祐は残り生存人数3人と言う情報から、結束を探すことを最優先事項とした。
彼女が
と言うよりも、彼女の実力からして
おそらくあの結果は結束が暴れ回ったが
できればこちらの位置を結束に知らせたくなかったので、貌淋符を起動させたまま感覚だけを頼りに結束を探していたわけだが、なんと奇跡的に彼女の姿を見つけてしまった。
それももう一人の生き残りだった初空七瀬もセットである。
「ん?なーにぶつぶつ言ってんだあいつら……」
だが、なぜか闘っている様子はない。
祐は木陰に身を潜め、結束と七瀬を遠目から凝視する。
二人は何やら話をしている様子だったが距離が離れているせいで上手く聞き取れない。
「ま、いいや。どうせやることは変わんないし」
会話の内容がなんであれ、結束との勝負の約束がある限り、このままあの二人が平和に終わることはないだろう。
それに七瀬の霊符の光が消えているのを見るに、もう既に決着はついているようだ。
なら自分は結束との勝負に備えて戦闘態勢を整えるべきだ。
見たところ、2人とも六神符は使っていないようだ、探知される心配は無い。
祐は貌淋符を解呪し、両手にそれぞれ剛弾符と小陣符の
備えとしては最低限だが下手に動いて位置を補足されれば元も子もない。
それに、
「………『下準備』はもう、済んでいる」
後は自分にやれることをやるだけだ。
果たして祐の力がどれだけ彼女に通用するか。
「ってか、まだ話終わんねえのかよ……」
敵とだらだら話していた自分が言えた口じゃないが、このまま会話を続けられると既に解符してしまっている霊符に無駄な霊力を割いていくことになる。
できれば早く勝負に持ち込みたいところだが、二人の会話は内容こそ聞き取れないが何やら剣呑な雰囲気を醸し出しており、何となく割って入るのも野暮に感じる。
そんなことを考えていた矢先、
「水無月の人間を!」
と、急な七瀬の大声に不覚にも体がびくついてしまう。
水無月。確かにそう聞こえた。
………間違いなく自分の話をしている。
話の内容は今までのことからある程度予想はできるが、やはり今の大声以外は会話が聞こえないため、あくまでも予想にとどまってしまうが。
直後、まるで祐の考えを読んでいるかのように都合よく新情報が飛び込んでくる。
「邦霊の人間として、相応しくないことをしているのですよ!?」
と言うことだった。
やはり、結束が公衆の面前で祐を何度も守っていることに対して七瀬が憤慨しているという場面だったようだ。
教室での一件と入学式帰りの騒動はおそらく彼女の気まぐれだ。
普通なら彼女に詰め寄るほどのことではないと思うが、どうやら七瀬はこの試験でも結束が祐を守っていることに気づいているようだ。
その部分だけに気づいてしまえば彼女が気まぐれではなく故意で自分を守っていると誤解してしまうだろうが、彼女との『賭け』は七瀬が知る
当然結束が弁解のためにそのことをペラペラと話すことはないだろうが、いかんせん彼女の声が全く聞こえないため、確認はできない。
どちらにせよ適当にあしらっているのであろうと思えば、別に無理して聞く必要もないのだが。
そんなことを思っている間に、いつの間にか彼女は七瀬にとどめを刺していた。
消える間際にも七瀬は何かを言っていたようだが、やはり聞き取れない。
「……………」
色々と思うところはあったが、なにがともあれ残るは祐と結束の二人だけ。
賭けのルールに則ると、勝負開始の合図だ。
「さて………頑張るか」
急な勝負の訪れに、祐は体を身震いさせる。
結束は何か感傷に浸っているのか、七瀬が消えた跡を見て棒立ちしていた。
だが、彼女を待ってやる必要はない。
むしろ今が最大のチャンスだ。
祐は生成していた剛弾符の結界を結束にめがけて撃ち出す。
完全な不意打ち。
結束が提示したルール上もっと卑怯かつ合法的な策はいくつも浮かんだが、その中で自分のモラルを破らない範囲で最も有利に持っていける戦法。
『周りの敵を全員
まぁあえて言い換えるなら、ずるだ。
これで勝負が決まってくれれば大変ありがたいが………
嫌な予想は当たり、全くそんなことはなかった。
感傷に浸っていたのはどこへやら、彼女はまるで気づいていたかのようにこちらを振り向き、
「せっかちね」
と、焦る様子を一切見せず、一瞬で結界を展開した。
やはり気づかれていたか。
ここまでは予想通り………の、はずだった。
彼女が起動した結界を見て祐は驚愕する。
「はあ!?剛弾符!?」
なぜか彼女は小陣符ではなく、攻撃用の剛弾符の結界を起動させたのだ。
このタイミングなら普通は小陣符で防御を張るべき所。
同じ剛弾符同士がぶつかり合うと、単純に質量の押し合いになり、エネルギー量が多い方が一方的に相手の攻撃を突き破る。
つまり、先出しの方が断然有利なのだ。
特に今回のような不意打ちは感づかれたとはいえ彼女が剛弾符を起動させた頃には祐はすでに相当のエネルギーを放出している。
普通に撃ち合えば祐が押し勝つのは明確だ。
だが、彼女が起動する霊符を間違えたとも思えない。
となると………嫌な予感が、頭をよぎる。
「………まさか。さすがにねえだろ……」
彼女はやはり慌てる素振りもなく解符が終わると同時に結界を放ち、祐の照射攻撃と衝突した。
その瞬間、嫌な予感が杞憂でないことが分かってしまう。
祐は目に見えるエネルギー量だけで言えば結束の倍以上出力している。
普通なら余裕で敵の攻撃を突き破るところだが、衝突した二つのエネルギーは均等に押し合い、せめぎ合っていたのだ。
「………うん?思ったより均衡してる。やるわねあなた」
「いやいやいやいやいやいや!おかしいだろうがよ!?」
祐は叫びながら結界にさらに霊力を込め、それに合わせて結界の輝線の光が強くなる。
だが、均衡どころかジリジリと押し負けていく一方だ。
「くっそ、まじかよ!」
事あるごとに彼女の実力は祐の予想を上回ってきたが、本当に彼女が異常であることが今初めて体感して分かった。
見た目だけの単純な計算で言えば、彼女の威力効率は自分の倍以上ある。
そんなの、
「まじでバケモンじゃねえかよ!」
このままではジリ貧だ。
どうせ押し負けるのなら、まだ彼女の攻撃から距離がある今のうちに避けるべきだ。
祐は元々解符していた小陣符の結界にプラスして2つ同じ結界を生成する。
そして剛弾符の結界を解呪し、障害のなくなった結束の結界が自分めがけて超速で向かってくる。
「くっ!」
祐は生成している3つの小陣符を重ねがけで展開した。
おそらくこれだけ防御を張っても、もって数秒だ。
案の定、照射がぶつかってきた瞬間に衝撃で1枚目が割れ、同時に2枚目に亀裂が入る。
だが、盾を出したのは時間稼ぎだ。
3枚目が割れる前に、祐は素早く射線から離脱する。
ギリギリ射線から離れた瞬間に3枚目の小陣符が割れ、凄まじい勢いで照射が顔の真横を一閃し、鼓膜を震えさせる。
「っぶね……」
危機一髪で、変な汗が流れてきた。
忘れていた呼吸を取り戻すように祐は過呼吸で体を上下させる。
それを見て避けられたと思うや、結束は結界を解呪した。
「へえ。技術は拙いけど、あの一瞬で咄嗟の判断力。一応戦闘の心得くらいはあるようね」
「なんだよそれ、うっぜえな。『常識ってなんですか』みたいな戦い方するやつにそんなこと褒められてもなんも嬉しかねえよ」
彼女は前に自分は強くないかのようなことを
不意打ちを防御せずそのまま反撃するなんて聞いたこともない。
彼女は文字通り規格外の存在だ。
「素直に褒めているのよ。よほど遠距離でない限り私の結界を避けられる人なんてそうそういないもの」
「だから、嬉しくないって言ってんだろっ!」
そう声を上げると同時に祐は踵を返し、全速力で走り出した。
地面を蹴って飛び上がり、木の上に登る。
まともに戦っても勝てる要素はない。
なら、とりあえずは逃げの一択だ。
「敵に背を向けるなんてね」
結束は呆れたようにため息をつき、霊符を取り出す。左手に六神符1枚、右手に剛弾符3枚。そして、勢いよく地面を蹴り上げた。
彼女の圧倒的な威力効率で強化された体が、一瞬で祐との距離を詰める。
「あー、くそ!せめて逃げるくらいさせろよ!」
「何を言ってるの。これは勝負でしょう?あなたこそ勝ち目が薄いにしても勝負を受けたからには正々堂々と戦いなさいよ」
「こんなの、勝ち目薄いどころの話じゃねえから!」
木の上を飛んで
色々と文句を垂れる祐だが、実際、自分が逃げに徹する以上、彼女が追ってくるのは想定内だった。
むしろ、計画通りと言ってもいい。
祐が木の上を選んだ理由は2つだ。
1つは、地上に比べて逃げやすいと言うこと。
木の上を伝っていくなら足を踏み出す時以外は空中にいるため、速度を上げるのは難しい。
そして2つ目は、
「………下準備、最後の段階だな」
「なにをボソボソ言っているのかしら」
結束は右手に構えていた3枚の剛弾符を起動させる。
当然、単純な追いかけっこでは済まない。
空中戦の開始だ。
祐は結束が霊符を解符したのを見て小陣符を解符し、動かせるように還相符と
無論、盾を出したところで一瞬で破壊されるだろうが先程同様射線から離れるための時間稼ぎには使えるだろう。
そう思っているうちに、結束の剛弾符が発射される。
祐はちらっと後方を確認し、弾が発射された瞬間だけを捉えて、前を向く。
進む先の木々の位置を確認して逃げ道を見つけるためだ。
彼女の攻撃が発射された位置、角度から弾道を予測し、必要なところだけ還相符で盾を操作して前を向いたまま弾を避ける。
だが、3発避けてまた後方を確認すると、結束はもう既に次の攻撃の準備を始めていた。
「ちょっと、早いって!」
祐は戸惑いながらもさっきと同じように盾を展開する。
そして鬼ごっこを続けながら同じような攻防が何度も続いた。
「無駄にしぶといわね。いい加減落ちなさいよ」
「やだ。お前が諦めろ」
「それは私のセリフよ。防御ばっかり続けて攻める気が全くない。本当に勝つ気があるの?………って言いたいところだけど」
「ああ?」
「……………あなた、私の霊力切れを狙ってるんでしょ」
「………っ!」
結束の急な予測に、祐は動揺を隠すことができない。
「図星ね。小陣符の使用を最低限に抑えて逃げに徹するあたり、露骨に霊力を節約するような戦い方をしていれば嫌でもわかるわ」
「…………」
「確かに私は転界符を使って霊力を大量に消費している。狙いとしては悪くないけれど………バレたら意味ないわね」
結束はそう言って懐から無数の霊符を取り出し、いくつもの結界を展開させる。
「霊符単発だと
「あーもう、勘弁してくれ」
祐が
…………寸前。
「とか言っちゃって」
祐の呟きに結束は目を見開く。
だがもう遅い。
既に結束の周りには無数の剛弾符が散らばっていた。
「こっからは『祐くんゾーン』だ」
「!!」
気づけば、周りだけではなく進む先の木々に剛弾符がベタベタと貼り付けられている。
当然即興でできることじゃない。あらかじめ祐が準備していた物だ。
祐は、ただ闇雲に逃げていたわけではない。
きちんとルートを決めて進んでいた。
本来は最初から結界で攻撃を仕掛けてきた彼女を
いくら彼女の解符速度でも結界を同時にいくつも展開すればいざというときに防御に手が回らなくなる。
おそらくこちらの仕掛けをある程度警戒していたのだろう。
それを見て祐は予定を変更し、祐くんゾーンの周りを逃げ回りながらわざと霊力を節約しているように見せた。
そして彼女がそれに気づいて結界を起動し、防御が
「………へぇ」
だが、結束は驚いたのも一瞬、すぐさま状況に対応する。
彼女は用意していたかのように小陣符数枚と、還相符を取り出し、最初から左手に持って起動させていた六神符をじっと見つめた。
「………お前」
おそらく、六神符で四方八方の弾の位置を確認しているのだろう。
それにしても、防御の数があまりにも少なすぎる。
たしかに彼女の盾なら一つで祐の弾を何発か
「………舐めすぎだろ」
祐は躊躇なく剛弾符を順次起動させた。
目を覆う程の光の弾幕が、彼女を襲う。
「ふっ!」
弾の発射と同時に彼女は飛んだ。
強化された持ち前の体で弾を次々と
さっきの祐の避け方と似ていて、盾の数を最低限にして被弾のリスクが上がる代わりに霊力を抑えている。
まあ似ていると言ってもあれを自分と同じ土俵で見るほど図々しくはないが。
「…………まじかよ」
彼女の動きはもはや芸術だった。
次々と襲いかかる弾子から可憐に身を
だが、逆に言えば避けることに集中して完全に足が止まっている。
歩みを止めなかった祐と距離が離れるが、そう思ったのも束の間。
一通り弾を避けると彼女は追加で小陣符を何枚か展開して防御を盾のみに集中させることで体制を整え、前へ踏み出した。
鬼ごっこの再開だ。
祐はなんとか堕とそうと逃げている先に仕掛けている霊符を次々と起動しているが、まるで当たる気がしない。
「なるほどね。木の上を選んだのは下からも弾を撒けるようにして弾幕を厚くするためってわけ」
「………いちいち予測してんじゃねーよ。そんなやな性格してたらモテねえぞ?」
「少なくとも貴方にモテる必要はないわね。それに予測って程のことでもない。そもそもここに罠があることは最初から把握していたわ」
なんてことを言う。
適応の早さで分かってはいたが、やはりバレていたか。
おそらく、最初に起動していた六神符で、祐の霊力を常に探知していたのだろう。
さすが名門如月家。
他の奴らとは違い霊符の性能を熟知している。
六神符は人ではなく霊力を探知する。
つまり敵の位置さえ分かれば、それ以外の反応は全て敵の霊術によるものだと分かる。
それを利用すれば罠の探知にも使えるということだ。
「うーん、やっぱバレてたかあ」
「もう分かったでしょう?何をやってもあなたの攻撃は私には届かない。今の攻撃を見れば霊力切れ狙いもこの仕掛けを警戒させないための
「届かない………ねえ。その割にはさっきからちらちら六神符と
「は?それが何よ。避けるために弾の位置を確認しているだけでしょう?」
「………そ。つまりはそういうことなんだよ」
「意味が分からないわね。霊力の使いすぎで頭がおかしくなったのかしら」
結束は祐の理解できない言葉に冷淡に返すが、それと同時に祐の雰囲気が少し変わったのを感じた。
祐は怪しげな笑みを浮かべ、振り返って横目で結束を見る。
「分からないか?お前はあいつらと同じ策に
「………あいつら?」
あいつらとは祐が最初に戦った4人のことだ。
もちろん結束が知るはずのないことだが、祐はキョトンとしている結束を無視して続けた。
「そうだ。お前は………俺の誘導するまま、『探知に頼った』」
祐はそう言うと同時に周囲の木の幹の中で無数に解符していた剛弾符の
だが、結束はまだ気づいていない。
彼女が気付くのは
「誘導したって、そんなハッタリに騙され……」
「うっせ」
その瞬間、周りの木々が内側から結界に突き破られ、無数の結界が結束を襲う。
「っ、これはっ!!」
一瞬で暗かった樹海が光一色になり、広がっていた虹彩を刺激する。
これこそ、祐が最後に用意していた正真正銘『完全な不意打ち』。
最初の霊符の仕掛けすらもこの時のためのブラフだった。
これまでとはまるで規模が違う弾幕と威力。
さらにそれに伴う光で敵の視界を奪う。
完全に詰みだ。
ドドドドドドっ!
と、放射が次々と結束に被弾する。
今までと違い、余裕な表情どころか避ける暇すら与えない。
それと同時に突き破られた木が次々と倒れ、
「うお、明るっ」
祐は眩しさに目を細める。
突然の光と砂埃で彼女の姿が見えなくなるが、見るまでもない。
勝負は決した。
「ふぅっ………やっと………終わったっ……」
解けた緊張で全身の力が抜け、近くの木に身を委ねる。
勝負を受けた時はどうなるかと思ったが、なんとか勝つことができた。
不安要素はいくつもあった。
死にかけたことも何度かあったが、結果だけ見れば、まぁ計画通りだ。
霊力はもうからっけつだが。
「………もうこんな綱渡りな戦いはしばらく勘弁だな」
ぼそりと呟いて、祐は地面に寝転がる。
「…………………」
やがて目が光に慣れて砂埃が収まるが、やはり彼女の姿は見えない。
普通なら
「…………うん?……………ちょっと待て」
もう祐の攻撃が止んで暫く経った。
にも関わらず未だに試合終了の知らせがない。
まさかこのまま放置ということはないだろう。
試験が終わったのなら放送を入れるなり会場外に転送するなりするはずだ。
なのに何の対応もないとは、どういうことか。
「………………まさか」
最悪の予感が、頭をよぎる。
「……いや、違う。………それだけは、あり得ない」
口では否定しながらも、不安が心臓の鼓動を加速させる。
「あれで死なない奴がいるわけが……」
ズドン!
と、祐の言葉を遮り一閃の光が倒れている木々を弾き飛ばした。
そしてその中から、1人の少女が現れる。
「………っ、うそ……だろ」
「今のはさすがに危なかったわね。……でもとりあえず今の攻撃で最後のようね。霊力も使い切ったみたいだし」
彼女は球状の盾を身に
おそらく小陣符の結界を何枚か重ね掛けで展開させ、還相符で全身を覆うように変形させたのだろう。
これ以上ないほど完璧に決まった不意打ちに対して、あの一瞬でこれほどの対応。
その判断能力。霊力量。霊符の操作技術。
どれを取っても、異常という言葉ですら表せない。
…………本物の、バケモノだ。
「………なん、だよ。こんなの……こんなの、反則だろ」
「あまり褒められている気はしないけれど、一応褒め言葉と受け取っておくわ。それに、貴方の攻撃も悪くはなかった。発射されるまで探知出来なかったってことは、貌淋符が幹にでも貼り付けてあったのかしら」
「……………」
貌淋符は他の霊符との併用ができないが、それは同時に起動ができないというわけではなく、霊力を放出して貌淋符の透過被膜外に出ると探知に引っかかってしまうというだけだ。
すなわち、貌淋符の透過被膜内に罠を隠して解符しておくことは理論上可能なのだ。
これが祐の本当に最後の策だった。
「結構面白かったけど………逆によく理解できたわ。貴方は少し小細工がうまいだけの弱者だってことがね」
「…………なんだと」
「貴方は結局、自分があらかじめ仕掛けておいた物でしか戦っていない。結界も全て
「………はっ、言ってくれるなあ。策を見破れなくて無理矢理霊力でねじ伏せた脳筋野郎がよ」
「ものはいいようね。勝負はより準備をしていたほうが有利に決まっているでしょう?入念に勝つための準備をしていた貴方と何もせずただ対応しただけの私。その上で私が勝った。ただそれだけのことでしょう?」
「………………」
祐はなにも言えず黙り込む。
結束の言葉を聞いて思う。
きっと結束は自分との圧倒的な実力差を証明したかったのだ。
そのためにわざと誘導のままに動いて罠にかかり、それを真正面から突破してみせた。
理由は分からない。
邦霊の人間として圧倒的な勝利を演出したかったのか、はたまた別の理由か。
とりあえず分かるのは、自分はずっと彼女の掌の上だったということ。
「………………」
結束は無言で祐に歩み寄り、剛弾符を解符させた。
数メートルほどまで距離を詰め、彼女の持つ霊符が、今すぐ発射せんとばかりに光を放つ。
だが結束はとどめを刺さないまま祐をじっと見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。
「………さっきは色々あってうやむやになっちゃったけど、もう一度聞くわ。貴方、何をしにこの学校に来たの」
「………………」
「最初に教室で貴方が名前を呼ばれて夏越の人間だと知った時、水無月の汚名を注ぎに来たのかと思っていた。嫌悪されるだけの存在である水無月の人間がこんな邦霊のど真ん中に来る理由なんてそれしか想像できないもの」
「…………勝手な解釈、ご苦労なこったな」
「ええ、本当に勝手な想像だったわ。貴方にはそんな力もやる気もない。無気力に生きて、罵られても言い返すことすらせず、ただ哀れな醜態を晒しているだけ」
「………………」
「だから聞いているの。貴方はここになにをしに来たの」
「………………っ!」
ズキン、と胸が痛む。
今日だけで何度も感じている痛み。
だが、今までとは比べ物にならないほどの痛み。
なにをしに来たか。
この学校に、なにをしに来たのか。
結束の問いに、祐は静かに拳を握りしめた。
「………お前が想像する高尚な理由なんて何もない。俺はただ、無理矢理連れられてきたんだ」
「………………」
……………嘘だ。
恭也の脅しが、いつもの冗談であることは分かっていた。祐に学校に来て欲しかったのは本心だろうが、外に出て侮蔑されることを知っていた俺は本来なら強引にでも入学の話を断るべきだった。
「力もやる気もない?当然だろ。元から強くもない俺が目的もなくこんなところに来てなににやる気を出せってんだよ」
「…………………」
……………嘘だ。
祐には確かに何か目的があった。
恭也の脅しを自分への言い訳にしてまで、この学校に来なければいけなかった理由が、確かにあるはずだった。
思ってもない言葉が、思考を遮るように口に出る。
止めようにも止まらない。
むしろ胸の中でふつふつとした感情が増幅していき、声がだんだんと大きくなる。
「なぁ、教えてくれよ。俺はどうすればよかった?無理矢理連れられて敵だらけのこの学校に来て、周りからは軽蔑されるがままだ。抵抗する力も権力もない。…………はっ、何しに学校に来たかって?むしろ教えてくれよ。
「……………」
声を上げ、祐ははぁはぁと呼吸が荒くなる。
だが、それでも結束の表情が変わることはなかった。
心底呆れている様子で結束は祐を見下ろした。
「…………貴方が本当のことを言っているのかはわからない。けど……貴方の言葉はとても薄っぺらく聞こえるわ。私が言えるのはそれだけ」
「………………」
結束はそう言って剛弾符の解符を解き、踵を返す。
「なんだよ………止め刺せよ」
「………今のあなたに止めなんて刺す気すら起きない。目障りだからさっさとリタイアしなさい」
「………………」
そう言って彼女は樹海の奥に消えていった。
彼女が呆れるのも無理はないが、それ以上に自分の感情を抑えられず、祐は下を向いて歯を軋ませる。
しばらくその場に立ち尽くし、やがて小さく呟いた。
「…………………リタイア」
[プレイヤーの降伏を確認 転界システム作動開始 また生存数が一名以下となったため試験終了となります]
機械音とともに祐の体が転送される。
こうして実技確認試験、もとい入学初日の学校生活は最悪の形で幕を閉じた。
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