第13話 ココちゃんとオトちゃん【3】

「ココちゃん、可愛すぎるのよ」


 今、音無さんは確かにそう言った。心野さんが可愛すぎる? でもそういえば、心野さんがファミレスで言っていた。『理由は言えない』と。それにしても信じられない。別に音無さんのことを疑っているわけではない。でも、唐突すぎて。


「可愛すぎる、ですか? 音無さん、ごめんなさい。良かったらその話、もう少し詳しく教えてもらうことってできますか?」


「うん、良いよ。大丈夫。むしろ但木くんには知っておいてほしいの。ココちゃんの今後のためにも」


 心野さんの今後のために、僕が? どういうことだろうか。


 と、僕がそんな疑問を抱いていると、それをかき消すように音無さんが話し始める。僕の知らない心野さんの、過去。


「私もココちゃんに初めて出会ったときも思ったんだよね。この子、本当に可愛いなって。たぶんこのまま成長していったらどうなるんだろうってワクワクするくらいに。それでね、やっぱり予想通り、中学に進学してから何人もの男子からラブレターをもらったり、告白されたりするようになってね。信じられないでしょ? 今のココちゃんしか知らない但木くんにとっては」


「そうですね、まさかって感じです。音無さんがさっき言ってた『女の嫉妬』って、やっぱりそれが関係しているんですか?」


「そうそう、その通り。可愛すぎるからクラスで目立ちまくってたのよ、ココちゃん。それが気に入らなかったのか、女子のリーダー的な子に目をつけられちゃって。それからなの、ココちゃんがいじめの標的にされちゃったのは」


 可愛すぎる。そしてクラスで目立ちまくる。うん、全く想像できない。でも考えたことがなかったな、心野さんがいつも前髪で隠している顔についてなんて。


「つまり、その原因である顔を隠すために前髪を伸ばし始めたと」


「うん、そう。それで合ってる」


「あ、でも心野さんが言ってたんですけど、いじめは卒業するまで続いたって。クラス替えとかあったはずじゃないですか? それなら前髪で顔を隠すようになったら、心野さんが可愛いっていうのを知らない人達もいたはずじゃ」


「無理よ、それは。ココちゃんが可愛いっていうのは他のクラスの人達も全員知ってたし。いじめられる前はファンクラブまでできてたからなあー」


「ふぁ、ファンクラブ!!?」


 う、ウソだろ!? 心野さんのファンクラブ!? え、そこまで可愛いの? 駄目だ、今の心野さんしか知らない僕には全く想像できない。


「そうそう、だからいじめはずっと続いちゃってたの。その時の私、ココちゃんのことが心配で心配で。クラスが変わってからも何度も声をかけてたの。でも全く喋ってくれなくなっちゃった。完全に自分の殻に閉じこもって、妄想ばかりするようになって、自分の中で世界を創っちゃったって感じ」


「自分の中で、世界を創る……」


 なんとなく分かる。僕も同じような感じだ。家に帰るとどうしてもSNSに逃げてしまう。『あの出来事』があってから。


「私もね、友野くんが但木くんに期待していたように、ココちゃんも高校生になって環境が変わったら少しは変わってくれると思ってた。また私と楽しくお喋りしてくれると思ってた。……でも、無理だったの」


 音無さんは遠い目をしながら天井を見上げる。悔やみ。悲しみ。無念。様々な想いの色を纏いながら。心野さんのことを想いながら。


「だから嬉しかったんだ。ううん、嬉しかったのは事実だけど、それ以上にビックリしちゃった。但木くんとお喋りしているのを見て」


 言って、笑顔を浮かべた。さっきまでの色を全て吹き飛ばすような、そんな笑顔。音無さん、ずっと心野さんのことを心配していたんだ、でも当たり前か。


 そして、スッと笑顔を一度消す。それから僕の目を見つめる。その目はとても真剣で、直向で。そして溢れんばかりの希望を滲ませていた。


「――但木くん、お願い。ココちゃんの支えになってあげて。私じゃ駄目だった。けど、但木くんだったら、きっと大丈夫。変えられる。元の明るいココちゃんに戻してあげることができる。あれだけ自分の世界に閉じこもっていたココちゃんの心の扉を開くことができたんだもん。それは、但木くんにしかできないことだから」


「僕にしか、できないこと……」


 音無さんの心の底からの、願い。その願いを、僕は確かに受け取った。


 ――当たり前じゃないか。今の僕は、心野さんを支えてあげたいと強く思っている。最初は僕の女性恐怖症を克服するためだったけれど、僕の悩みなんて、心野さんがずっと耐えてきたことに比べれば、些細で些末な問題だ。過去のことをいつまでも引きずっているわけにはいかない。


 絶対に、元の心野さんを取り戻してやる!


「任せてください、音無さん」


 たった一言だけだったけれど、僕はその言葉にありったけの気持ちを詰め込んだ。それを感じてくれたのか、音無さんは安心したように笑顔を見せた。最初に感じた、向日葵のような笑顔を。


「ふうー、ちょっと喋りすぎちゃったね。ごめんね、疲れてない?」


「あ、それは全然大丈夫です」


「ところで但木くん、気付いてる?」


「え? 何がですか?」


「途中から、私と普通に喋れるようになってること。さてさて、女性恐怖症は一体どこにいっちゃったのかな? 吹き飛んじゃったのかな? それとも私を女性として見られなくなっちゃったとか? だったら怒るぞー」


 ――あ! 本当だ! いや、全然気が付かなかった。確かに僕、今も普通に音無さんと喋ってるじゃないか!


「いやいや、音無さんのことはちゃんと女性として見てますよ! 当たり前じゃないですか、これだけ綺麗で美しい人なんだから」


 あ、ヤベッ。つい口を滑らした。


「うふふ、ありがとう。でも私のこと、そんなふうに思ってくれてたんだね。よしよし、それじゃご褒美をあげることにしよう」


「ご、ご褒美?」


「私が但木くんの愛のキューピッドになってあげる。もちろん、相手はココちゃんね。うふふ、なんか楽しみだなあー、二人がお付き合いするようになるのが」


「ええ!!?」


 いやいやいやいや、ちょっと待って。僕は別に心野さんとお付き合いしたいとか考えたことないんですけど。確かに、心野さんのことは好きだよ。でもそれは友達としてであって、異性としてではなくて。


 それを僕は言葉にしようと思っていた。でも、なんでだ。言葉にすることができない。音無さんに伝えることができない。


 何かが、心に引っかかっている。

 今までの人生の中で、初めての感覚。


「まあまあ、音無さんに任せなさい。私、これでも聖女様なんだから」


「せ、聖女様?」


「うん、聖女。とは言っても、なんちゃって聖女様だけど。あ、自称ね。それに加えてこれから私は愛のキューピッドにもなっちゃうのか、大変だなあー」


 そして音無さんは胸を張る。なーんか分かってきた。音無さんが友野と電話番号を交換したり、二人で一緒にファミレスに入ったりしていたのが。この人、友野にちょっと似てるんだ。波長が合っているのかもしれない。


 と、言うことは。


「あのー、音無さん? いや、聖女様?」


「うん、どうしたの但木くん?」


「むしろ、聖女様が友野とお付き合いした方がいいのでは? アイツ、めちゃくちゃ女運がないんですよ。でも心根の優しい聖女様と付き合ってくれれば、僕もすごく安心なんですけど」


 一気に顔を赤くする聖女様。あれ? まんざらでもない?


「そ、そそそ、そんなこと、で、できるわけないじゃない! わ、私は別に友野くんとお近付きになりたいから電話番号を交換したわけじゃないし、モテモテの友野くんと私なんて不釣り合いだし。と、とにかく! あり得ないの!」


 さすが心野さんの幼馴染なだけはある。分かりやすすぎでしょ。


「た、確かに友野くんは格好いいし性格もいいし面白いし、でも殿方とお付き合いするなんて私は向いてないし、というか18歳になって結婚するなら友野くんがいいなとか思ってないし、どんな家庭を築いていこうとか考えたことないし、子供は何人欲しいとか思ったことないし!」


 すっごい早口。音無さんがこんなふうになるの、なんだか面白い。


「……聖女様、自爆してますよ? 結婚のことなんか一言も言ってないです」


「あ……」


 音無さんに異常発生。完全にフリーズ。あ、これは再起動してあげないとたぶん動かないな。でも、まあいいや。面白いからこのままにしておこうっと。


『ココちゃんとオトちゃん』

 終わり

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