第一章
第1話 但木くんと心野さん
僕は女の子が苦手だ。
いや、苦手というか、もはやトラウマと言った方が正しいのかな? もしくは女性不信。そりゃそうだ、あんな体験をしてしまったら。
どうして僕が女の子に対して苦手意識を持つことになってしまったのか。説明したいのはやまやまだけど、今はそれどころではなくなってしまって。
何故かというと――
「うわあーーーー!!」
ただいま、絶賛悶絶中なのです。机にガンガンと頭を打ち付けています、ここが学校であることも忘れて。まるでバスドラムだね、打ち付けるたびにリズミカルに響くこの低音。もしかしたら僕はミュージシャンに向いているのかもしれない。……うん、そんなわけがない。
(思い出すな、忘れろ、忘れろー!!)
そう心の中で叫び、自分に言い聞かせる。しかし、このフラッシュバック、急に来るから困るんだよ。『あの時』のことを思い出すとこんな感じになっちゃうし。中学生の頃からずっとそう。
それにしても、なんだかやたらと静かだな……。さっきまで皆んなの話し声や笑い声だったり女子のキャピキャピ声が聞こえたりしていたんだけど。
「……ん? あれ?」
ちょっと冷静になったところで教室のぐるりを見渡すと、クラスメイトの皆んながポカーンとしながらめっちゃこちらを見ていた。教室内がしーんと静まり返り、しかも皆んな固まったまま動かない。どうやら僕には時間を止める能力があったらしい。ある意味、異能力者。……て、違う。皆んなをドン引きさせちゃっただけだ。考えてみたら高校に入学してから初めてか、皆んなが僕のこのドラミングを見るの。
「あ、ご、ごめんね皆んな! 気にしないで!」
そう言って、僕は意味もなく襟を正す。いや、もう遅いんだけど。
「またやってしまった……」
はあー、とため息をひとつ。これじゃ中学の頃と全く変わらないじゃないか。高校に入学して早一ヶ月が経とうとしているけど、相変わらず女子と喋ったことないし。いや、一度だけあるか。「消しゴム落としましたよ?」って、隣の席の女子に声をかけてもらったっけ。……会話って、何さ。
「ああ、もう嫌だ……」と、僕は頭を抱えながら一人ごちる。
それにしてもこの前、席替えがあって本当に良かった。窓際の隅の席をゲットすることができたから。やっぱり隅っこは落ち着く。外の景色も見ることができるし。だけど僕にとって、この席替えで一番良かったと思う理由は他にあって。
僕はチラリと隣の席を見やった。うん、やっぱり落ち着く。
僕の隣に座っている女の子。名前は
心野さんはとても大人しい人――いや、大人しいどころじゃないか。高校生になってから、心野さんがクラスメイトと一緒にいるところも、喋っているところも見たことがない。こんな僕でさえ男友達くらいはいるのに。
心野さんは伸び切った前髪を下ろしていつも顔を隠している。他の女子と比べてスカートの丈も長いし、制服も着崩したりはしないし。ちょっと失礼だけど地味子ちゃんという言葉がしっくりくる。そんな女の子。
(はあー、仲良くなりたいなあ)
女の子が苦手な僕だけど、不思議と、心野さんとは喋ってみたいと思えてくるんだ。それに女性不信克服のためにも、まずは心野さんと友達になりたい。そんな気持ちが自然と湧いてくる。
僕の名前は
(いや、自分を信じろ! 但木勇気! 大丈夫だ、心野さんは無視だとかそんなことをするような人ではない、はずだ。大丈夫……大丈夫)
――悩んでいても仕方がない。まずは行動を起こすことだ。そうしなければ、僕は一生変わらない。変われない。行け! 但木勇気! また中学の頃のように女子に対してびくびくするつもりか? 否、そんなの絶対にいやだ!
こうなったら、もう勢いに任せて話しかけてやる!
「ね、ねえ、心野さん、ちょっといいかな?」
「ヒ、ヒイッ!!!!」
僕が話しかけたその瞬間、心野さんは驚きの声を上げ、そして椅子に座った姿勢のまま飛び上がってしまった。『お尻が浮く』という言葉は知ってるけど、本当に浮くんだ……初めて見たよ。タイミング、間違えたかな……。
「な、なななな、なんでしょうか!」
心野さん、キョドりすぎ。前髪で顔を隠しているから表情は全く分からないけど。まあ、キョドることに関しては僕が言える立場ではないか。
「い、いやね、席替えしてからまだ挨拶したことなかったなあって思って。それで話しかけたんだ。……迷惑だったかな?」
「そ、そんなことは、ない、です……はい……」
そう言って、心野さんは両手で長い前髪を掴み下に引っ張って、いつもより顔が見えないようにしてしまった。……会話続けて大丈夫かな。
「そ、そっか、それなら良かった。あ、ぼ、ぼぼ、僕の名前は但木――」
「し、知ってます。た、但木勇気さん、でしたよね……?」
心野さんはこっちを見ず、まだ前髪を両手で掴んだままだけど、僕の名前を声にしてくれた。え? なんか意外な展開。
「……心野さん、僕の名前覚えてくれてたの?」
「は、はい、入学式の時の自己紹介で……」
嘘!? え、あの時の自己紹介で僕の名前を覚えてくれていただなんて。ちょっとビックリ。だけど、それ以上に嬉しくてたまらない。
「す、すごいね心野さん。もしかしてクラスの皆んなの名前も?」
「は、はい、い、一応は覚えてます……はい……」
すごい記憶力だな、心野さんって。でもこの流れ、悪くないぞ。このまま心野さんと友達になれるかも。勇気を出して、話しかけて本当に良かった。それに、不思議とさっきまでの緊張感が解けていくのを感じる。今なら自然体で話しかけられる。ほんの一握りの小さな小さな自信、そして希望が湧いてきた。
と、いう時に限って出てくるんだよね、アイツが。
「おーい、但木。なに心野さんのことナンパしてるんだよ」
「な、なななな、ナンパ!!?? え!? 但木くん、わ、わ、私のようなミジンコ以下の人間に、な、ナンパしてくれたんですか!?」
……なんて最悪なタイミングで話に入ってくるんだよ、
「友野、お前な……僕がナンパなんかするわけないだろ! 知ってるだろ! 僕は女子が苦手だってことを!」
「ああ、知ってるよ。当たり前だろ、ずっと同じクラスだったんだぜ? お前のことは誰よりも知ってるし理解してるよ。それにしても但木、お前さっきもまた机にガンガン頭打ち続けてただろ。その癖、いいかげんやめろよな」
「やめたいよ! やめたいけど、無理なんだって!」
いきなり会話に割って入ってきたコイツは友野はっちゃく。この名前、あだ名でもなんでもなく本名。親父さんが好きな漫画のキャラの名前をつけたらしいけど、さすがにはっちゃくはないだろ……と、僕は思っている。
「友野、ちょっと邪魔しないでくれるかな? 僕は今、心野さんと話して……って、こ、心野さん! どうしちゃったの!?」
心野さん、机に突っ伏したままだらーんと両手を投げ出して動かない。え? 本当にどうしちゃったの!?
「お父さん、お母さん……私は生まれて初めてナンパされちゃいました……。我が生涯に一片の悔い無しです……」
「ナンパじゃない! ナンパじゃないって心野さん!」
「ああ……こんなミジンコ以下の私がナンパされるだなんて……。これで私、リア充の仲間入りです。あ、三途の川が見える。去年亡くなったひいお婆ちゃんが手招きしてる。今からそっちに行くね、お婆ちゃん」
「ちょっ!? 待って心野さん、話をちゃんと聞いて! ナンパじゃないってば! だからこっちの世界に戻ってきて! というか心野さん、一体何が見えてるの!?」
「ふふ……うふふふ……」
「ぶわっはっはっは! 心野さんってこんなに面白い人だったんだな。いいんじゃね? ナンパってことで。二人ともお似合いだと思うぜ」
「友野、お前……この状況を見て笑えるお前、すごいよ」
――結局、心野さんは全ての授業が終わるまでずっとこのままだった。帰る時も「ナンパ……ナンパ……」と呟きながらフラフラと教室を出ていったし。
これ、心野さんと少しは仲良くなれたってこと、なのか?
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