第42話 簡単と青春

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 一夜明けて、今は〈化け鹿〉を狩っている、〈シル〉が〈魔法の弓〉で〈停止〉をかけると、簡単に仕留しとめることが出来た。


 「へへっ、簡単だったね」


 〈シル〉が嬉しそうに抱き着いてくるから、俺は頭を撫ぜて軽く抱きしめてしまう。


 「おぅ、〈シル〉は完璧だったな」


 「へへっ、嬉しいな」


 これじゃ頭がお花畑の恋人達だよ、迷宮の中なのに俺は何をやっているんだ。

 次は〈化け熊〉だ、さすがに気を引きめていこう。


 「〈シル〉、今度は俺の後ろに隠れていろよ」


 「はい、分かりました 。頼りにしてます。 ふふっ」


 んー、〈シル〉は度胸どきょうが良いのか、何も緊張していないな、ちょっと心配になるぞ。

 それと同時にとても嬉しくなってしまう、俺は信頼されて信じてもらっているんだ。


 ズーンと期待を背負った感じだけど、やってやるって気にもなる。


 突進して来た〈化け熊〉を俺は素早く避けて、横の壁を走り、〈化け熊〉の後へ回った。

 〈化け熊〉は後ろへ回られたことを本能的に察知さっちしたんだろう、大きな体を方向転換しようとしている、だけどそれを待ってあげる必要はない。


 俺は転回中ですきだらけの〈化け熊〉の横っ腹に、〈停止の剣〉を突き立ててやった、〈化け熊〉が「グウォォ」と苦悶くもんの悲鳴をあげて血を噴き出している。


 ちっ、〈停止〉状態にはならなかったか。


 「行きます」


 〈シル〉の気合を込めた〈魔法の弓〉が、〈化け熊〉の目に突き刺さった、〈停止〉もかかっているぞ。

 俺はかけられなかったのに、〈シル〉のはかかるのか、ちょっとショックだ。


 俺は〈化け熊〉に近づき、もう片方の目から脳へと剣を「グボォ」と差し込んだ、〈停止〉状態の〈化け熊〉はピクリとも動かずこと切れている。


 「うわぁ、やりましたね」


 「おぉ、やったな」


 〈シル〉がまた抱き着いてくるから、俺もまた抱き返している。右手がちょっぴり〈シル〉のお尻を触っているのは、たぶん偶然だ、わざとじゃないんだ。


 「ふふっ、迷宮の中ではダメ」


 えぇっと、〈シル〉は何か勘違いしているぞ、困ったヤツだな。


 俺達は試しに六階層にも降りることにした、ゴブリンも一体ずつしか出て来ないんだ、合わさって四体程度ならどうにかなるはずだ。


 六階層の宝箱は、また〈魔法の靴〉だった、宝箱って言うものは、ひどいガチャなんだな、嫌になるよ。


 「えっ、またそれなの」


 〈シル〉も明らかに落胆らくたんしている、全く同感だ。


 「俺は運がないらしい。 今度から〈シル〉に開けてもらおう」


 「はい、私にまかしておいてよ」


 〈シル〉は良い返事をしてくれたけど、俺の運がないことは確定かよ、少しは否定してほしかったな。


 六階層を進むとゴブリンが一体出て来た、びた剣を握っているな、すぐさま〈シル〉の〈魔法の弓〉が当たって〈停止〉状態だ、俺は剣でゴブリンののどを突き刺した。


 えっ、簡単に終わったぞ。


 「六階層は大変だと思っていたけど、ゴブリンってすごく弱いんだね」


 「うーん、逃げる隙を与えなかった〈シル〉がすごいんだよ」


 「へへっ、また褒められちゃった」


 〈シル〉が抱き着いてきて俺がそれを待っているのは、もうお約束だな、今度は〈シル〉の胸の手が当たったのは、完全に不可抗力ふかこうりょくです。


 「もぉ、〈サル〉ったら」


 〈シル〉がポォとほほめた、何だか色気が急に増えた気がする。


 それと目についた物がもう一つある、〈シル〉のムッチリとした太ももじゃないぞ、迷宮の壁にあるコケだ。

 この階層まで潜る人がいなかったせいだろう、びっしりと生えている。


 「へぇ、コケがあるな」


 「んー、コケがあるけど、それがどうしたの」


 「迷宮のコケは〈魔法薬〉の原料になるんだって。 この薬を飲めば迷宮の外でも一定時間、迷宮の中と同じ力が使えるらしいよ」


 「へぇー、〈サル〉は物知りだね。 賢いんだ」


 ははっ、そうです、俺は猿の割には賢いんだよ、猿の割にはね。


 「褒めてくれてありがとう。 このコケは売れるらしいから、採取してみよう。 〈アイテム収納袋〉はガサガサだから、ちょうど良いな」


 その後も俺達はゴブリンを一体ずつ狩ることが出来た、〈シル〉が放つ〈魔法の弓〉が優秀過ぎるんだ、迷宮の中では中距離からの攻撃が一番有効らしい。


 魔法を使うゴブリンも、使う前に〈停止〉されられたら、ただの弱いゴブリンでしかない、ゴブリンでは〈シル〉の素早さにはかなわないってことだ。

 魔法を放ってこなかったから、〈毒消〉の出番も無かったな。


 七階層に出たオークも、〈シル〉に〈停止〉させられて、俺が喉をかき切ったら、簡単に倒せてしまった。

 〈シル〉もすごいけど、俺のステータスもすごいんだ、止まっているオークを倒すことなど造作ぞうさもない。


 「きゃー、〈サル〉は強いですね。 こんな大きなオークを一撃です。 あこがれちゃいます」


 〈シル〉がすごい速さで抱き着いて来たのを、俺は余裕で受け止めていた。

 ギューと抱きしめれば、〈シル〉の口から強い男に興奮した女の匂いがしぼり出されているようだ。

 ことわっておきますが、その強い男は俺のことですからね、ヒィヒィヒィ。


 七階層の宝箱は〈シル〉が開けてくれた。

〈鋭利な刀〉が出たのは、かなり嬉しいが、自分の運がないことに少しショックを受ける。


「へへっ、すごいでしょう、私の運は良いんだからね。 これは〈サル〉が使いなよ」


「はは、運の良いお嬢様、ありがとうございます」


 この刀は俺の攻撃力をかなり上げてくれる物だと思う、〈鋭利な刀〉と言う名前だから何でもスパッと切れるのだろう。


 俺はこの刀を試してみたくなり、七階層の奥へ進んだ。


 〈シル〉は俺のことを信頼しているから、何も文句を言ってこない、「〈サル〉はちょっと戦闘狂なんじゃないですか」と笑っているだけだ。


 俺達より敏捷性が低い普通の人間ならば、オークを直ぐに倒せず、四体の集団になった時点で反撃されるのだろう。

 だけど俺達はオークが迷宮の奥へ後退する前に、倒してしまうことが出来る、一体の〈停止〉したオークなんてどうってことはない。


 おまけに〈鋭利な刀〉がすごい、力を入れなくても、オークの首が飛んでしまうぞ。

 切った自分が吃驚してしまった、あまりの切れ味に腰を抜かしたほどだ。


 「ほへっ、首がちょん切れたよ」


 「あははっ、切った〈サル〉がひっくり返って、どうするんですか」


 〈シル〉が尻もちをついている俺の手を伸ばして、立ち上がらせてくれた、もう抱いたけど手を繋ぐのはこれが初めてなんだと、俺は浮ついたことを考えている。


 俺は両手で「パシン」と自分の頬を叩いて、気合を入れ直した、こんな気持ちではどこかで必ずミスをするぞ、集中しろよ。


 「そうですよ、〈サル〉は油断し過ぎです。 真剣さが足りてないですね。 うふふっ」


 そう言う〈シル〉も真剣さが足りてないんじゃないか、俺の手を握ったまま離そうとしない。


 迷宮を進み、オークを三体倒した後、八階層へ降りた。


 八階層ではオークの倍はある巨人の様なオーガが出て来た、俺の三倍、五メートルはある大きさを誇っている魔物だ。


 ただ巨体だけあって〈シル〉の〈魔法の弓〉が、三連続ヒットした、もちろん〈停止〉状態になっている、そこを俺が〈鋭利な刀〉で両足をれば、もう戦闘は終了だ。

 オーガは息が止まるまで悲鳴をあげながら、両足から大量の血を流し続けるしかない。

 その悲痛な叫びが心にくると言えばくるけどな、声も大きいんだ。


 ちょっと疲れたな、迷宮は後二階層あるらしいけど、もういいよな、〈シル〉のための〈アイテム収納袋〉はもうゲットする事が出来たんだから。


 八階層の宝箱は〈反射の革鎧〉という物だった、たぶん、攻撃を反射してくれるのだろう。

 きっと一回だけだと思う、何回でも反射するのなら、それはあまりにもチート過ぎる。


 「これは〈シル〉が装備したら良いよ」


 「えっ、こんなに良い物を私がもらっても良いの」


 「当たり前だよ。 〈シル〉は大切な人だからな」


 「嬉しい」


 また〈シル〉が抱き着いてきた、魔物を倒すたびに毎回だな、これじゃ単なるバカカップルだよ。

 何回も抱き着かれたから俺はもう我慢が出来ないぞ、急いで迷宮から出よう。


 迷宮から出たら、まだ夕方にはなっていなかった、思ったよりも時間がっていないな、それだけ効率良く狩りだ出来たってことだ。


 昼食を食べないで迷宮へ潜っていたが、食欲よりも俺達は性欲がまさっていた、急いでテントを張り、食事をとるよりも先に俺は〈シル〉をむさぼった。

 〈シル〉もその小振こぶりな唇で俺を貪っている、あえいでもいる、涙を流して俺を愛してくれてもいる。


 〈カカラッゼの町〉へ帰る道中でも、俺と〈シル〉は何回も愛し合った。

 俺は若返っているし、〈シル〉は本当に若いからな、青春の無軌道むきどうってヤツだ。

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