第41話 常識と普通

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 〈夫〉と〈シル〉が二人で、一級の迷宮へ行くと出かけてしまった。


 私にも来ないかと誘われたのだけど、悩みに悩んで、結局は断ってしまったのは、私にとってはしょうがないこと。

 迷宮へ三人で潜り、また足手あしでまといになるのが、耐えられないんだ。


 そうじゃないとは思うけど、〈夫〉と〈シル〉からさげすまれるような目で見られるのが、悔しいんだ、我慢出来ないんだ。

 私の〈回復〉の魔法は、蔑まされて良いものじゃない、知らないの、私は頼りにされている存在なんだよ。


 〈夜明けの明星〉のメンバーと合流した途端に、私の心はホッと一息つくことが出来る、安心するってことだ。

 〈ルイ〉や〈トト〉が朝の挨拶を自分からしてくれる、〈ルル〉ちゃんは私の腕に絡みついて朝からもうおしゃべりをしたいらしい。

 〈ゴオ〉は優しい目をして、「〈デル〉、おはよう。今日も綺麗だね。頼りにしているぞ」と私に声をかけてくれる。


 私は良くないと思いながらも、〈ゴオ〉の目を見てしまう、二人の視線が絡み交じってしまうじゃない、ふぅ、その先を連想させてしまうじゃない、もぉ、連想してしまったじゃない。


 迷宮の五階層を往復して、今日もかなりのお金を稼ぐことが出来た、だけど稼いだお金の使い道が無いよ。

 装備は最高の物に替えているし、毎日のようにお店で美味しい物も食べている、この世界ではと言うただし書きはつくけれど。


 〈ゴオ〉はもう少ししたら、家を買うことが出来ると笑顔で話してくれた。

 私も一緒に住もうと言ってくれている、どういう意味が含まれているのだろう。


 そう言われると嬉しい気持ちにはなるけど、それでは〈夫〉と別れることになってしまう。

 私は〈夫〉と別れる気は全く持っていない、私は〈夫〉のことを心から信頼しているんだ。

 〈夫〉は私に対して、苛立いらだったり怒ったりするけど、私にひどい事や害する事は決してしないと分かっている、長年夫婦だったから、その事に何の疑いも無いわ。


 この過酷な世界へ飛ばされて、〈夫〉と別れることは、唯一の仲間を失うことだ。

 〈夜明けの明星〉は仲間だけど、〈夫〉とはまるで違う、〈夫〉は私の唯一のパートナーだよ。


 前の世界で浮気をしたけど、それは〈夫〉も浮気をしたからだ、私だけ裏切ったわけじゃない、私達夫婦は対等の関係であるはず。

 前の世界では離婚寸前だったけど、結局は元のさやおさまっていたはずよ、最後の最後で私は〈夫〉を選んでいたと思う、


 私と育った環境が違い過ぎているから、根本のところで〈ゴオ〉達とは考えが合うはずがないよ。

 一緒に暮らせばそれが明確になってしまうのは必然だと感じる、どこかで考え方が違っているのがバレてしまうわ。


 行きつけの〈酔いのカラス〉で今日も〈夜明けの明星〉は、にぎやかに夕食を食べている、いつものお肉と野菜を煮た物だ、私は少しこのメニューきてきたみたい、あまり美味しくは感じられない。


 ラーメンやカレーやパスタを食べたいな、最近は食べなくなったピザでも大喜びだよ。

 だけど〈ゴオ〉達は、美味しそうに食べている、それがこの世界の常識だ、大多数の人はもっと貧しい食事しか無いんだ。


 私はとんでもない贅沢ぜいたくを求めているんだ、私にも良く分かっているわ、だけど思うのは個人の自由でしょう。


 ラーメンもカレーも、両方食べたいのよ。


 〈ゴオ〉がテーブルの下で、私の手を握ってくる、私はされるままにしておいた。


 今日は宿に帰っても一人ぼっちだから、そんな場所へ帰りたくはない、女一人で宿に泊まるのは怖いんだよ。

 ぬくもりがほしいと思ってしまうのの、何がいけないの、私はか弱い女なんだよ。


 私の手は〈ゴオ〉にぜられ、さすられて、つつまれている、それが少しも嫌じゃない。


 〈ゴオ〉の顔はとてもととのっているし、おまけに強くてカッコいいんだ、隣を歩けばほこらしい気持ちになれる男なんだから、しょうがないでしょう。


 ふふっ、他の女達は私に嫉妬しっとするわね、こんな女に負けたってね。


 夕食が終わり送ってもらう途中で、私は突然〈ゴオ〉に抱きしめられてしまった。

 太い腕の筋肉がガッチリと私を逃がしてはくれない、でもそれは嘘、私は逃げようとしていない、逆に〈ゴオ〉の胸に顔を埋めて荒々しい匂いを嗅いでいる。


 〈夫〉の顔が浮かんだけど、同時に〈シル〉があえぐ声も聞こえた、今頃は〈夫〉も浮気をしているはずだ、私はそう確信している。

 〈夫〉と出ていく時の〈シル〉の顔が、分かりやすく女の顔になっていた、目が濡れて唇が笑い鼻が〈夫〉の匂いを嗅いでいたもの。


 前の世界と同じだと思う、私達夫婦はバラバラなことをし出してみぞが出来た時に、こうなってしまうんだ、どうしてもっと仲良く出来ないんだろう。


 〈夫〉の顔と重なって〈ゴオ〉の顔が目前もくぜんせまってくる、「あっ」と思った時にはキスをされていた。


 「〈デル〉、君を愛しているんだ。俺の願いをかなえてほしい」


 「うぅ、私も〈ゴオ〉を愛しているわ」


 オウム返しのように私は愛を返した、私は本当に〈ゴオ〉を愛しているのかな、〈夫〉よりも。


 前の世界で浮気相手だった、若い子の名前がもう出てこない、顔さえ覚えていないわ。

 これじゃ本当に愛していたとは言えないな。


 私は〈ゴオ〉に腰を抱かれながら、違う宿に泊まった、私は自分から服を脱いで〈ゴオ〉に抱かれた。

 〈ゴオ〉の胸板はとても厚くて頼もしい、どんな敵が来ても私を守ってくれそう。

 〈ゴオ〉のキスはとても上手くて、私の色んな場所を熱くしてしまうわ。

 〈ゴオ〉の顔は、やっぱりとても良い、甘い言葉と一緒に、私のプライドを一杯に満たしていった。


 私はまた浮気をしてしまったんだ、しびれるように気持ちが良い、恥ずかしいけど声がおさえられない。



 宿のあかりがついて、〈夫〉と〈シル〉が一級に迷宮から帰ってくるまで、八日間かかった。


 その間私は毎晩〈ゴオ〉に抱かれた、こばむ理由が私には無かったからだ、一人で宿に泊まるのは淋しくて怖すぎるよ。


 いつもの宿に灯りがついているのを見た時、私は心からホッとしていた、浮気をしたんだから、普通は〈夫〉に会いたいとは思わないだろう。

 だけど私は、心から〈夫〉の顔を見たいんだ、〈夫〉がいなくなったらこの世界で私の同類はいなくなってしまう、〈夫〉はたった一人の真の仲間なんだ。


 帰って来てくれて、本当に安堵あんどしている、死なないでいてくれて、ありがとう。


 この八日間でその恐怖を分かってしまったんだ、〈ゴオ〉はすごく良い男だけど、何もかもを話せる相手じゃない、全てを共有することは出来ない。


 だから、今日は〈夫〉が待つ宿へ帰ろう、ちょっと気まずいけど前の世界でも経験済だし、第一〈夫〉も浮気をしているんだから、おあいこだわ。


 「えっ、〈デル〉。 〈サル〉の所へ帰るのか」


 「そうよ。 〈夫〉だもん」


 「はっ、君は俺に何回も抱かれたんだぞ」


 「そうね。 浮気をしたってことよ。 でも〈夫〉もしているからお互い様なのよ」


 「はぁー、そんなのおかしいよ。 そんなのもう夫婦じゃないと思うな」


 「んー、確かに少し変だけど、それが私達夫婦なのよ」


 「えっ、少しなのか」


 私は、全く納得なっとくしていなそうな〈ゴオ〉を道端みちばたに残して、久しぶりに宿へ帰って行った。

 良く考えると八日間の宿代がすごくもったいないな、そこはとても悔しい。

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