第3話 依頼

 河川敷で、男はカセットコンロで湯を沸かしていた。

 ここ最近は日中と朝晩の気温差が大きく、陽が落ちると随分と肌寒く感じる。

 夕飯はカップラーメンと、贅沢にコンビニの唐揚げ、そしてワンカップだ。

 先日助けた若い男から貰ったピアスが、思った以上に高く売れたおかげだった。

 良いことはするものだ。

 おかげでこんな贅沢な夕飯にありつけた。

 酒も3日は飲めるだろう。

「あちち……」

 カップに注いだ湯が跳ね、指にかかる。

 火傷をした指を川の水で冷やそうと立ち上がった時だった。

「オヤジさん」

 そう声を掛けられ振り返ると、ひとりの若者が立っていた。

 よくよく見れば、あの時助けた若い男だ。

 ついこの前の事なのに、なぜか少し印象が変わって見えたが気のせいか。

 男は垢にまみれた黒い顔をくしゃりと綻ばせた。

「おお、兄ちゃんか」

「ひとつ、オヤジさんに頼みがあって──」

「頼み? なんだ?」

 聞けばとんでもなく簡単な事だった。

 それで5万もくれると言う。

 それだけあれば充分正月を越せる。

 男は喜んで請け負った。

 

 *   *   *

 

「しゅにーん!」

 夜になり、帰宅すべく庁舎を出ると、翔平が追いかけて来た。

「あの冊子の件! びっくりしましたよ。いつの間にあんなネタ掴んでたんすか!」

「ゆうべ、お前がいびきをかいてる間だよ」

「え、ウソ。俺イビキなんかかきます?」

 信じられないとばかりに、翔平は目を剝く。

 氷室はじろりと翔平を睨んだ。

「歯ぎしりもしてた。おかげで俺は眠れなかったよ」

「ウッソ〜ォ」

「ホントだよ」

「ん~。じゃあ、お詫びにご馳走します!」

 そう言いったものの、翔平は急にポケットと言うポケットを叩き始めた。

「あれれ?」

 まさかとは思ったが聞いてみる。

「財布がないんじゃないだろうな」

 翔平は眉尻を下げると、パンツのポケットを外に引っ張り出してアハハと笑った。

「昨日、主任の家にお泊りした時、部屋に財布忘れちゃったのかも~」

「しょうがない奴だな」

「しょうがないっすね。と言う訳で、今日もお泊りするしかないな」

「は?」

「だって、主任のご飯美味しいんっすもん」

 氷室は顔を顰めるも、翔平は一向に意に介していないようである。

「ささ! スーパーに寄って帰りましょ!」

「お前、わざとだろ!」

「まっさかー!」

 翔平はご機嫌で氷室の背中を押して歩いた。

 

 そんな2人の様子を、闇に紛れるように遠くから見ている男がいた。

 男は距離を取り、丸めた毛布や紙袋を下げ、2人の後をついていく。

 地下鉄に乗り、駅からまた暫く歩く。

 すると1件のマンションにたどり着き、2人はそこへ吸い込まれていった。

 そして直ぐに2階の角部屋の部屋に明かりがともる。

 男はそれを確認すると、ポケットからメモを出した。


 ──このナンバーの車が、そこに有るはずです。それを確認したら、俺に一度連絡をしてもらえますか。


 男はそのメモを片手に、周囲に停められている車を一台一台確認した。

 すると──。

 メモに書かれたのと同じナンバーが直ぐに見つかった。

 そこから近くのコンビニへ移動し、公衆電話からピアスをくれた男──佐伯に電話を掛ける。

 電話はワンコールで繋がった。

「兄ちゃんかい?」

『見つかりましたか?』

「ああ。あったよ。メモ通りのナンバーだ」

『有難うございます。因みに、車からここまで、移動に何分掛かりましたか?』

「5分ほどだな」

『では、もう一度車に戻って下さい。5分後にその車の中から着信音が聞こえたら、また連絡をして欲しいです』

「分かった」

 電話を切ると、男は先程の車に戻った。

 すると、さして待つ事もなく、男の言う通り着信音が聞こえてきた。

 車の周りをぐるぐるしながら、音の発生場所を探る。

「ここだ……」

 音はトランクから聞こえている。

 男は再びコンビニへと向かうと、佐伯に電話をかけた。

『どうでしたか?』

「ああ聞こえた。トランクから聞こえたよ」

『それは、どんな曲でしたか?』

「もりのくまさんだ。童謡の」

 男がそう言い切ると、電話の向こうで、ぐうっと言う声が聞こえた。

「お、おい、兄ちゃん大丈夫か?」

『大丈夫……です。有難う──。金はオヤジさんの家の──そうだな、どくだみ茶の葉っぱの中に入れておくよ』

「了解、了解」

 男はご機嫌で受話器を置いた。

 

 *   *   *


「本当に有難う。それじゃ」

 そう付け加えて、佐伯は通話を切った。

 奥歯がギリギリと鳴る。




 

 腹の中で、自分を嵌めた男への復讐心が、沸々とマグマのように湧き立った。

 

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