【完結】WRONG~胡乱~
桜坂詠恋
第一章
第0話 プロローグ
残暑が残る9月下旬──。
暗闇の中、響くのはコツコツと言う靴音と自分の息遣い。
狭いトンネルに入るとそれは大きく反響し、その音が前からなのか後からなのかすら分からなくなる。
まるで亜空間に迷い込んだような不思議な感覚。
人は皆、不思議とこの中に入り込むと恐怖感を抱く。
早く出なくてはと焦り、自ずと早足になる。
目の前の獲物も、初めはそうだった。
しかし、後ろを歩く男の身に着けているスーツがイタリー製の、それは上質で趣味が良いと評判のブランドで、おまけに容姿が優れていることに気付くとどうだ。
意識はするも、それは最早警戒ではない。
そう。期待である。
歩を早め、女の脇を通り越す。
そしてちらと振り返り声を掛けた。
こんばんは──。
獲物を手に入れることはそう難しくない。
重要なのはアドレナリンをコントロールする事。
そして、己の見てくれに気を遣う事だ。
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