ゆかりちゃんの恋愛大作戦!

八雲 辰毘古

第1話 ちょっと知的なあなたの彼女

 あたしの、ばか。

 ばかばかばか。

 ばかーーーーーーッ!


 ほんっっっっともう!

 なんでなんで、なんでぇ!


 なんで三宅先輩に、「好き」って言っちゃったのーーーー!?

 なんで「付き合って」ってみんなの前で言っちゃったのーーーー?!

 なんでなんで「先輩に見合う彼女になるために次の期末テストは満点取ります」なんて言っちゃったのーーーー!!


 ……はあ。ユウウツ。


 漢字は書けないけど、その言葉がいまの気分を説明するのにぴったりだってことは、よくわかってる。て言うか、それ以外ない。

 友達の真希ちゃんにも「ゆかりねえ、流石に万年赤点のあんたがいきなり期末満点はむりだってw」て笑われた。くやしーけど、ほんとにその通りだ。「あんたってほんとにドジだから、たとえ全力で勉強したって最後ケアレスミスしちゃうってw」とも言われた。


 ケアレ=スミスさんがだれなのかは知らないけど、真希ちゃんの言う通り、あたしはドジだ。自分でもそう思う。道路に落ちてる百円玉を拾う代わりに財布を落とすし、お針ごとすると指刺しちゃうし、自分が右利きか左利きかってこともよく忘れちゃうしで。

 何もかもが空回りしちゃう。でも、そんなあたしに優しくしてくれる三宅先輩と、ちゃんとお付き合いするためには、ちょっとは勉強くらいできないといけないことはわかる。


 だって、三宅先輩ってば。

 成績も運動神経もバツグン。


 真希ちゃんの言葉を借りると、「文武両道」って言うんだって。確かに三宅先輩は剣道部のキャプテンだから、その言葉も納得。だからあたしはその言葉を使いまわしてる。

 それに比べ、あたしは──成績サイテー、見た目もビミョー、頭ん中は「お花畑たがやしてるの?」と先生にまで言われる始末。


 違うよ! 未来の種をまいてるの!

 じゃなくて!

 えーっと。

 そうだ、勉強! 猛勉強しなきゃ!


「いやさすがに無理だってw」

「真希ちゃん、そこをどうにか!」

「だったらまず数学と算数の違いわかってから言いに来てよ」

「えっ、ちがうの?」

「……」


 あっ、えっと。


「ゆかりさあ」

「は、はい」

「やっぱ、勉強なんて、そんなことしなくてもいいんじゃないの?」

「えーっ!」

「だってそうじゃん。何をトチ狂ってあんな約束しちゃったのさ」


 だって──あたしはゴニョゴニョした。

 真希ちゃんは笑ったけど、とりあえず手伝ってくれることまでは約束してもらった。


 あたしは真希ちゃんの力を借りて、数学のノートを写させてもらい、英単語の発音を教わった。覚えやすい覚え歌まで歌った。

 おかげで全ペケだった小テストに、少し丸が増えた。あたしをばかにしてた先生も、メガネを外してじーっと見てたけど、ちゃんと十点満点中、五点になるくらいにはがんばった。とにかく、がんばった。


 でも七点を超えてきたあたりで、もうひとふんばり足りなくなってきた。


「ゆかり。もういいよ。付け焼き刃でここまではよくやったほうだよ」

「そんなこと言わないでよぉ!」


 あと一週間で期末試験なのに!


 せっかく英語の発音が「a」ひとつで読み方が何種類もあるってわかってきたのに!

 せっかく国語の授業で結末部分の登場人物の気持ちについて考えて楽しくなってきたのに!

 せっかく数学でマイナスとマイナスを掛けたらプラスになるってわかったのに!


 こうなったら──


 あたしは試験の前日まで、徹夜で勉強した。ひたすらカタカナでふりがな振って英語を読み、赤ペンで登場人物の気持ちをぐるぐる巻きにして、数学の証明問題は教科書から百回くらい書き写した。

 そして迎えたテスト当日。とにかく眠かったけど、負けたくない一心で、朝にお砂糖入れたコーヒーを飲んで、がんばった。


 うまくいったとは思う。


 英語はきちんと発音記号を読めたし。

 国語は何百回も読んだ登場人物の気持ちを即答できたし。

 数学は証明問題を教科書と同じくらいカチコチに書いて提出できた。


 ところが翌週──テストが戻ってきて。


「あ」


 スミスさんだ。

 うっかりミスのケアレ=スミス。


 なんで。なんでなんで。

 なんで発音記号読み間違えたんだろう。

 なんで書いてない登場人物の気持ちを選択しちゃったんだろう。

 なんでプラスとマイナス間違えて掛け算したんだろう。


 あたしのばか。

 ばか、ばか。ばか……


 涙がポロポロこぼれた。

 でも、うそなんてつけない。

 そんなにずるがしこくはなれない。


 だから、正直に三宅先輩に話した。

 話しながら、べそかいてしまった。


「べつに、そのままのきみでいいんだよ」


 三宅先輩は苦笑していた。


「最初からオーケーしたじゃない。なのに、変な約束なんてしなくても良かったんだよ」


 そう言って、先輩はハンカチをくれた。

 あたしは、ずびび、と鼻をかむ。


「どうして。そこまでこだわるの?」


 三宅先輩の疑問は、もっともだ。

 だからあたしはゴニョゴニョと、それでもちゃんと、言うことにした。


「先輩の見てる景色を、少しだけでも見てみたかったんです」


 だから、今度は勉強教えてくださいね。

 そう言って、照れ隠しのキスをした。

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