第38話
満面の笑みを浮かべた千鶴子は、まるで旧友と再会したかのような態度で桜子を迎えた。
「いらっしゃい、桜子さん!お待ちしていたのよ」
少女のような笑みの千鶴子の様子に戸惑い、桜子はぺこりと頭を下げる。
「お久し振りです、奥様。……お招き、ありがとうございます」
「あら、そんなにかしこまらないでくださいな。わたくしと貴女の仲でしょう?」
(……どんな仲?)
千鶴子の言葉に桜子はひっそりと首を傾げる。
侯爵夫人と女学生。
……ありえない組み合わせであることは確かだ。
頭を捻る桜子を椅子に座らせ、千鶴子は楽しそうに手を組んだ。
「来てくれて嬉しいわ。もっと貴女とお話したかったの。でもそれだけではもったいないから、浴衣の縫い方でも教えて頂こうと思いましたの。あ、別に浴衣じゃなくても良いのだけれど」
「はぁ……」
「侯爵夫人と言ってもやることは多くないのよ。女学生さんならそういうことは習っていらっしゃるでしょう?あ、もちろんお礼はしますわ。何がよろしい?」
トントン拍子に進んでいく話に桜子は瞳を瞬かせた。
口を挟む隙間さえない。
「ええと、奥様……」
「でもねぇ、私が針を持つことに皆良い顔をしないのよねぇ……刺繍はいいのに、どうしてかしら?縫い針と刺繍針の違いなんてたいして変わらないと思うのだけれど」
完全に自分の世界に入り込んでしまった千鶴子は先日会った時となんら変わらなかった。
むしろ親愛というか、その手のものが増えている気がする。
千鶴子の勢いに呑まれかけ、桜子はどうにか冷静になろうとする。
てっきり零を殴ったことを咎められるのだとばかり思っていたため、逆に拍子抜けだ。
戸惑いを隠しきれないまま、桜子は恐る恐る千鶴子を見遣った。
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