★20:Re:モート上司

「やっぱ無理ですって、アニキ!」


 バネ仕掛けのオモチャのように首を横に振る絢人を見て、祢宜のアニキは花崗岩のような顔をさらに固くした。


「やってみんとわからんやろ、絢人。何にでも最初っちゅうもんはあるさかいに」

「せやかて自分、会社で働いたことあらしまへん。なんや言われてもわかりませんて」

 祢宜のアニキは一度決めたことを覆さない。彼の頑固さは仲間内でも有名だ。

ささやかな抵抗が功を奏さないであろうことは絢人も十分理解していた。


「オマエ、なりすましが上手かったやないか。この前も孫やと疑われんかったやろ」

「アレは歳が近かったのが良かったんですわ」

 ため息交じりに絢人は言葉を返す。


「結局、婆さんに入れ込んで逆に金を渡して帰ってきたんやから、始末に負えねえがな」

「自分、婆ちゃんっ子だったもんで……。あれはアカンですわ」

 肩を落とす絢人を見て流石に人選を間違えたことに気付いたのか、祢宜のアニキは猫なで声で説得を続けた。

「今回は投資で首回らんようになったオッサンやし大丈夫やろ」


 借金のカタにガラを攫われたオッサンの代わりに仕事をすることだ。リモート業務なので、ガワだけオッサンの姿となってボイスチャットでやり取りをする。

 要は真犯人のためにアリバイ作りをする汚れ役。末端の構成員としては断りようがない。

 ほな任せたでとの言葉を残して祢宜のアニキは帰っていった。


 **


「課長、お疲れ様です」

 糊のきいたシャツに品の良い柄のネクタイ、短髪にゆるいパーマの青年。歳は二十代。若い見た目の割に隙のない出立ちだった。

 部屋はまるでカタログから抜き出したように整頓されている。

 片やオッサンのガワは無地のTシャツにリゾート地の背景。社会人としてどちらが正解なのか、経験の少ない絢人にはわからなかった。


「明日の定例﹅﹅についてお聞きしたいことが」

手入れ﹅﹅﹅やて!? そんなん、ようわかったな」

 いきなりビッグニュースが舞い込んできて絢人は椅子から数センチ飛び上がった。

 警察内部の情報がリークされているとなれば、相手はただ者ではない。持ちつ持たれつだった一昔前とは違い、身辺調査が厳しくなった今、そんなルートを保持していること自体が有能さの証明だった。


「Googleカレンダーに予定が入っていますが」

「なんやて、Googleスゴいな!?」

「それはまあ、 GAFAM﹅﹅﹅﹅﹅の一角ですから」

画龍点睛﹅﹅﹅﹅みたいなもんか。バカにできへんなアメリカの力は」

「確かに最後の一押しが足りないのかもしれませんね。日本は」

 安定を目指す会社員にリスクを取らせるのは矛盾している。失敗しても復活のチャンスを与えなければ、誰もチャレンジしないだろう。

 絢人は祢宜のアニキの温情に感謝した。


「で、明日の算段はできとるんかい?」

「二課からの回答がなく、進捗が遅れています」

「捜査二課が出張ってくるんか……」

 過去の苦い思い出が頭をよぎる。まだ駆け出しの頃で早々に釈放されたが、同じ轍は踏みたくない。


「元々、二課が取ってきた仕事でしたから」

「前に引っ張られたことがあんねん。ヤツらに」

 オッサンのガワが表情を曇らせた。

 カメラで撮った映像をリアルタイムでガワに反映させるシステムは、美人局に引っかかったエンジニアが残したものだった。


クレーム﹅﹅﹅﹅が入っていたのですか? ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

スイーツ﹅﹅﹅﹅の話はどうでもええねん。ウラ取られたらアウトちゅうことや」

 鷹揚な態度は器の大きさを感じさせた。なんでもかんでも叩けば伸びると勘違いしているアニキたちへの反撃の狼煙だ。

「まさか社内でそんな熾烈な競争があるとは、知りませんでした」

「常在戦場や。気ぃ抜いとったらタマ取られてまうで」

「タマ、タマですか?」

「そうや、いっちゃん大事なもんや」

 イケメンの顔が何とも言い辛そうに歪んだ。


「課長、コンプライアンスに抵触﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅しませんか?」

コンビニアイスに定食﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅て……、さっきから腹減っと﹅﹅﹅﹅るんか? まだ朝やで」

 呆れたような口調に失点を悟ったのか、青年は軌道修正を図ってきた。

「いえ、大丈夫です。焦って﹅﹅﹅いません。当日はお任せください」

「わや言うてきたら、ガツンとやったれ」

 画面の中の青年は整った顔に無邪気な笑みを浮かべた。

「二課に回答期限を突き付けてやりますよ」

 威勢のいい言葉に、絢人はやり遂げた満足感を得ていた。


「それはそうと課長、今日はかなり言葉が訛っていませんか。関東出身とお聞きしていましたが?」

 予想外の一撃を受けて声の震えを抑えるのに精一杯な絢人。軽口を叩いていた余裕も吹き飛んだ。

「あれや、大学がな」

「確か東東大でしたよね?」

 いかにも関東にありそうな大学の名前を突き付けられて、絢人は頭を抱える。思考をフル回転させ、しどろもどろになりながらも答えを絞り出す。


「そこのサークルで」

「サークルで……」

「なりすましをやっとってん」

「演劇サークルに入っておられたのですね」

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