07:何にでも使い途はある [残酷・暴力描写あり]

「あれ? 相原あいはらさん、あの機材どこにあります?」

「え? あぁ~、あそこの通路にあったなぁ! この後使うんだよね、ちょっと取ってくらぁ!」


 おい、アンタさっき別の用事でちょうどそこ行ってたじゃねぇか! 必要なのわかってたなら帰ってくるとき持ってきてくれよ、二度手間だぞ!?

 と、ひょこひょこ走っていく背中に怒鳴りつけたくなるのをどうにか堪える。アンガーマネジメントなるものがあるが、怒りなんて6秒も内に留めたら煮詰まって憎悪に変わるだけだ。仕方ないから、八つ当たりではあるが、前に旅行で訪れた先の堤防に仕掛けた起爆スイッチを押しておいた。あとでニュース見ないとな。


 あんなんでも相原は正社員で、俺はバイト。肩書き上はあいつが上司なんだから始末に負えない。本当に困ったもんだ。まぁ、こういうフォローも俺の仕事だけど……な。

 結局その後、さもわかっている風に頷いていたくせに機材を間違えていた相原の尻拭いに奔走して、今日の仕事は終わった。


  * * * * * * *


「だからさぁ~、アタシ言ってやったのよ! 相原さんこのままだと新人の子に仕事教わることになるよって!」

「アハハッ、無駄無駄無駄無駄ァァッ!! あの人言ってもわかんないでしょ、こないだ相原さんが子どもの頃から育ててた文鳥を食べてやったときもポカンとしてたし」

「あれこそ無能って感じ? 家燃やされてもただ突っ立ってるだけw 娘さんまだ小さかったのに……父親がまともなら助かったろうにw」


 職場の忘年会に華を添えるのは、大体使えないやつの悪口だ。今年もおばちゃん連中が相原の陰口で盛り上がっている。俺はそんな話より、HornPubへの動画投稿がバレたことでファンたちによる強制子作りオフ会を決行された小学生アイドルの話でこの国の未来について考えたかったが、連中はそんな建設的な話なんて好まないらしかった。

 こいつらだって仕事の出来映えだけなら相原と大差ない。それどころか周りも引き込んでサボるようなやつらだ。困ったもんだが、ここでは話のレベルを合わせてやらないと……な。


「大事な書類もシュレッダーかけちゃうでしょ? だから爪剥いでやったわけ」

「みんな通る道だわさね。まぁ大丈夫よ、あの人心臓潰しても次の日にはピンピンして来るから!」

「しぶとさだけは一丁前ねぇ~」

 わかりやすい無能というのは、こうやって話の種にされがちだ。前の会社でも専務があまりに使えないということで磔刑に処された話が毎年繰り返されていた。

 使えない上司というのは、便利な存在だ。

 職場ではき下ろして団結の証にできるし、職場を離れれば笑い話で盛り上がることかできる。バカな上司が使えないのはあくまで仕事上だけで、その実やつこそが職場の空気を整えているところはある。


 だが、それだけでもない。

 相原が使えないのは周知の事実だが、実は無能を嗤っておきながら、無能を無能のままにしておくやつらもまた無能なんだ。いわゆる「無能な働き者」を嗤うやつに有能がいないのと同じ。


 無能には無能なりの使いようがあるってのに……な。


 数日後。

 相原の陰口で盛り上がっていた数名が、謎の事故死を遂げた──これこそが、相原の使い方だ。


 あいつははっきり言って馬鹿だ。

 だからもっともらしく、味方っぽく接してやれば、やつは面白いくらい意のままに動いてくれる。まぁ、馬鹿すぎて遠回しな言い方が伝わらないのが厄介だが、それはつまり深く考えないで動いてくれるということだ。


『○○がアンタを仕留めようとしている』

『やられる前にやらないと娘の二の舞になるぞ』


 ここまで言わなきゃ動かないのは、さすが馬鹿といったところだろうか──いや、馬鹿じゃなきゃこんな言葉だけで動きやしないだろう。

 本当に、馬鹿の扱いほどデリケートなものはない。デーモンコアだってここまで繊細なコントロールを要求されないだろうよ……ってな。一歩間違えば俺の存在を漏らされかねないしな。俺はあくまで相原にとっては職場の後輩で愛想のいい部下──それでいい。

 サホりで無駄な残業を発生させるやつらを間引きたいだけだし、俺は早く帰れる気楽なポジションを抜け出しちまわないように気を付けないとだ。



「あちゃー、新人くんも大変だねぇ。なんか最近、この部署人がよく亡くなるからさ。その分相原さんのフォローとか回ってくるかもだけど、新人くんも気を付けなよ」

「会社の外でもヒヤリハットっすね」

「ほんとほんと」


 そう、これでいい。

 面倒事を押し付けられがちな新人──俺の認知なんてこれでいいのだ。馬鹿な上司をやり込めて名を上げる必要なんてないのさ。

 俺がやつの手綱をしっかり握れてさえいれば……な。


 って、その荷物は今じゃなくてもっと後で出荷するんだっての! 何年やってんだ!

 ……やっぱりこのままじゃなくて、もう少し相原にはしっかりしてもらわなきゃ駄目かも知れない。この前とは別の堤防を起爆しながら、俺は今日も相原のフォローに奔走することになった。

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