くすり屋さんのさんよろず相談日記

@kondourika

第1話コロナ禍にて

◇コロナ騒動◇

 愛媛県今治市で薬局を営む田中春子は老眼鏡を掛け、紙のマスクの四隅に目打ちで穴を開け、二十四センチに切り揃えた紙の紐を、穴に通しては玉結びを作った。来年還暦を迎える春子にとっては簡単な作業ではなかった。このマスクは新型コロナウィルス感染によるマスク不足で今治市から医療従事者に支給された使い捨てサージカルマスクだ。令和二年一月中旬に中国武漢で新型コロナウィルスが感染拡大し、日本にも感染が広がり始め一月の末には日本全国の薬局でマスクが店頭から無くなった。それから三か月、四月の末になってもコロナ感染の勢いは収まる気配はなかった。春子は百個ほど在庫していた一箱五十枚入のサージカルマスクを気前よく売ってしまい手元にはあまり残っていなかった。こんなに終息が長引くとは予想していなかったので薬局を行脚するマスク難民に放出してしまったのだ。春子は薬剤師だがマスクを着けるのが苦手だった。年中マスクをしている「マスク依存症」は、マスコミなどでも取り上げられる事があるが、春子のような「マスク恐怖症」もいるというのを知らない人が多い。このご時世マスクを着けられなくて困っている人もいると思うと気の毒だ。

春子が経営する「こまち薬局」は調剤薬局でもドラッグストアでもなかった。以前、地区のごみ当番で一緒になった人に「こまち薬局です。」と挨拶すると、「知ってますよ。何する薬局かと思っていました。」と、言われた。昔ながらの相談を専門とした薬局は現代ではどんどんなくなり絶滅危惧種化していた。

来客数も少なく、店内に何人もお客さんがいる事は滅多にない。店は床から天井まで二百八十センあり、床面積は十七坪あった。従業員との木村さんは常に店頭に、春子は事務所にいることが多かった。毎日のようにメディアでビで報道される「コロナの三密」は「こまち薬局」にはないのでマスクもせず木村さんと共に暢気に店頭に立っていた。

令和二年四月七日、緊急事態宣言が東京を始め七都府県に発令された。今治は田舎なので発令されなくて良かったと胸を撫で下ろしていた矢先、感染者数が増加の一途を辿るので、日本全国に発令しないと意味が無いと、四月十六日に全国に発令された。その後、マスクの着用や手指の消毒は必須。接客業種は、コンビニもスーパーもレジカウンターにはビニールシートが天井から吊るされたり、パーテーションが置かれた。世の中はコロナ感染予防の限界体制となった。

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