第9話 希望の芽
コーレは昨日のことをずっと考えていた。去り際に見た、あの男の目。あれはベシャル人の目に間違いないとコーレは確信していた。しかも、彼の左腕がミーゴブレスだったのも見逃していなかった。
「間違いないわね、彼なら、きっと・・・」
もうかれこれ数千年前になるだろうか。とある星に、王国「ケバツ」という、大きな大国があった。そこは笑顔の絶えない、誰もが幸せに暮らせる程の、水や資源が豊富な惑星にあった。戦争という野蛮なことが起きることもない安全で平和な国だった。
そして、その国を治めていた国王の末裔が、ベシャル人だ。国王の名は、「ミーゴ」。
ミーゴは国王ではあったが、偉ぶることもなく、自らも民と一緒に働く。農作業や、土木工事、大工仕事に縫製作業と何でもこなす。食事も、城の衛兵達と気軽に楽しんだ。その上、格闘技や剣術の鍛錬にも勤(いそ)しんだ。いくら平和といえども、国の民は自分が守るという気概は人一倍持っていた。強く優しい王様。国民一人ひとりが王のことを支持していた。
勉強家でもあり、いろんな国や惑星の歴史を学んでいたミーゴはある時、一つの疑問に辿り着いた。
「各国にも王がいて、各惑星にも指導者や先導する者がちゃんといるのに、戦争などという野蛮な事が、なぜ起こるのか?資源の取り合いなんて事が、なぜ始まるんだ?私達の国に言えばいくらでも分けるのに。しかし大抵の国が独占欲が強く、自分達だけが甘い汁を吸おうとする。その考え方が理解できない。共存して、皆で豊かになればいいではないか。国は、民あってのもの。国の統治を任されてる者ならば、肝に銘じなければならない。」
王の理想を具現化するには、王自らが行動しなければならない事を、彼は分かっていた。それ故に、この後起こる出来事には、国民は驚愕(きょうがく)し、とても悲しい事件へと発展してしまうのだった。
ミーゴはいつもの様に、民と共に農作業をしていた。そこにある男がやって来てこう告げた。
「ここに実っているリンゴを、少し私に分けてもらえんか?もちろん礼はする。必ずお主が喜ぶ物を与えると約束しよう。どうかな?」
「何を言いますか、ご老人。もちろん差し上げますとも。お礼など不要ですよ。」
「ほぉ、こりゃまた懐の大きな方じゃな。それじゃぁ、あそこの桃も頂けるかな?ワシは桃が大好きでな。あの完熟した甘さがたまらなく良い。お主の桃はとても美味しそうじゃ。」
「そうですか!それは嬉しい事を言って下さる。どうぞ、どうぞ!好きなだけ持って行って下さいな。国の民が喜んでくれるのが何よりですからね。」
「フッフッ、国の民か・・・、ではワシがそなたの国の民ではないと知ったら、そなたはどうするかな?」
「この国の国民ではないというのですか?じゃあなぜここに?旅行者か何かですか?それに、そなたの国?私が何者かご存知のようだが。」
「もちろん知っているとも。ケバツの王、ミーゴ王じゃろ?実はワシはそなたに頼みがあって、わざわざ来たんじゃよ。」
「頼み?それは何でしょう?」
「そなたの国を丸ごと、ワシにくれぬかな?」
「またご冗談を、ご老人。そんな事できる訳ないでしょう。この国は私だけのものではない。
ゆえに私が独断で、どうこうできる問題ではないのですよ。まったくジョークがお上手の
ようだ。」
「ジョークでも何でもないさ。ワシは本気でそなたの綺麗ごとを全否定する為に、この星に送られた、エイリアンじゃからのぉ!」
先ほどまで、ひ弱そうな容姿をしていた老人に、ミーゴは心をえぐられた気持ちになった。エイリアンと聞いて驚いた訳ではない。ほぼ馬鹿にされたような言い方で、綺麗ごとと言われたことの意味がミーゴには、すぐに判断できたからだ。というのも、実はミーゴは自分の行動が本当に正しい事なのかを、疑問に感じることがあるからだ。確かに、民は尊いし、大事にしたい。しかし中には、そんな綺麗事が通じない悪事を働く悪い民もいる。窃盗、詐欺、悲しいことに殺人を犯す輩もいる。そんな奴らにも、他の国民と同じように節操よくはできない。
ミーゴの心の片隅に薄らとあったこの心情を、この謎の老人がハッキリと呼び覚ました。そしてミーゴは、思いつくままに、こう質問した。
「私一人の力で、善も悪も区別し、それを国民に押し付け、国の王として統治し、君臨し、ひれ伏すようにさせるには、どうすればいいか、お分かりか?」
老人は歯を見せながら、嬉しそうに答えた。
「もちろんじゃぁ。ワシをそなたの参謀役に据えれば、そなたの疑問を全て解決に導いてやろうぞ。なぁに、そんなに難しいことではないから、安心せぇ。」
そう言うと老人は、胸元から何かを取り出した。それはシルバーに輝く銀の短剣だった。そしてそれを、おもむろに見せながら、突然ミーゴに切りかかってきた!
ミーゴはとっさにそれを避け、合気道さながらの反射神経で、老人の腕を掴みそのまま地面に投げた。老人は投げられながらも、そのままの勢いで空中で一回転をし、見事に着地して見せた。
老人のその動きに一瞬驚いたミーゴだが、次なる一撃の剣先が、もう目の前まできていた。
思いもよらない速い動きに困惑しながらも、何とか避けきれたがその時、ミーゴの左腕に剣先がかすっていた。
「よし!やったぞ!王に傷を負わしたぞ!フハハハハハッ!ワシはこれを狙っていたのじゃ、王よ!お前の身体、使わしてもらうぞ!」
次の瞬間、老人の姿が見る見る内に、緑色の霧の様な姿になった!唖然としているミーゴを後目に、その霧が彼の左腕にまとわり付いた。必死でそれを振り払おうとするが取れない。その霧はゆっくりと、今しがた付いた左腕の傷口へと入っていく。苦悩するミーゴだが、それはどんどん入り込んでいく・・・。
全ての霧がミーゴの体に入り終わると同時に、周囲に異変が起きる。その周りで農作業をしていた農夫達が、次々に倒れ出した。それに皆で大事に育てていた作物も一斉に腐り出した。
何も異変が起きていないのはミーゴだけだった。大好きな民達が倒れていく中、ミーゴは何も出来ずただ事態を傍観(ぼうかん)し、立ちすくむだけだった。でも、なぜか段々悪くない気持ちに満ちていく自分がいる事に気づいていた。身体も不思議な感覚に囚われている。
「・・・面白いな、この感じは。今までに味わった事のない気分だ。全てが思い通りにできそうな。この手をこんな感じで前にかざすと・・・。」
かざした手の先には、村人達の家や小屋がバラバラに壊れて、宙に弧を描く様に舞っている。
それはまるで、秋に吹く木枯らしに、枯れ葉が舞うさまに似ている。
「この力で私は民を守り、邪魔者は消していく。」
僅かに生き残っていた村人達は、後に全員が口を揃えて語っていた。あんなに気味の悪い笑みを浮かべる国王を初めて見たと・・・。
これ以来、この国は「破滅を呼ぶ ケバツ」と、周りの星の者達に恐れられた。ケバツの国民達は国王の突然の様変わりに、混乱と不安とが入り交りあった、何とも言えない気持ちの者達が少なくなかった。民と一緒に仕事をする王も、民と一緒にくだらないジョークで笑い合う王はいなくなってしまった。民は完全に独裁政治へと変わってしまったケバツに絶望を覚えてしまっていた。
しかしそんな王にも、王子となる息子が生まれた。さすがの独裁者も初めての愛子(まなご)にはデレデレの様子で、目尻を下げまくっている状態だ。王宮内でも全員が喜び、可愛がった。
王子は皆の愛情を一身に受け、元気にすくすくと育った。何不自由なくすくすく育った。
そんな王子の誕生と成長に、国民は一種の希望を持っていた。もしかしたらこの王子が変わ
ってしまったケバツを元に戻してくれるかもしれない。期待を胸に、民の口元も緩む。王子は優しく、上も下も関係なく接してくれる。まるで、昔の国王のように、笑った顔もそっくりだ。
しかし気になることが一つある。それは生まれた時から、左腕がないことだ。
その王子の名は、ダストンという。
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