第12話 *
マンションに戻った太陽は、ベッドに横たわり、基町という男に言われたことを思いおこした。
あくまで初対面の知らない男が言ったことにすぎない。
けれども、スマホのことも、映画のことも、待ち合わせに遅れて来ることも、全て男の言った通りだった。
それに太陽の名前のことも。
(一日頭を冷やして、明日冷静になってから、瑠奈に聞こう)
何か映画かドラマでも見ようと、リモコンを操作したけれど、観たいと思えるものがない。
仕方なく、「コメディ」というカテゴリーの一番上に表示された番組を選択した。
それは、お笑いライブで、短いコントや漫才とともに、とってつけたような笑い声がスピーカーから聞こえてくる。
瑠奈はお笑い番組が好きで、2人で観ていると、よく声を出して笑っていた。
番組が面白いからなのか、瑠奈が笑うからなのか、太陽も笑った。
ひとりで観るお笑いライブは、少しも笑えない。
それでもチャンネルを変えることなくテレビを見続けていると、ドアフォンが鳴った。
めんどうくさいと思いながら、太陽が玄関を開けると、そこに瑠奈が立っていた。
(今日は一緒にいない方がいい。帰るように言おう)
そう思っていたのに、瑠奈の方が「お邪魔します」と行って部屋に入ってきてしまった。
瑠奈はフリルがついた白い半袖のブラウスを着ていたけれど、ブラウスの白と同じくらい肌も白い。それに細い。
『彼女、怖いくらい肌が白い』
太陽が言葉を遮ったけれど、基町は最後「白い」と言おうとしたことは容易に想像がついた。
以前、太陽は瑠奈があまりに白いので、外に連れ出そうと何度か試みたことがあった。
キャンプや、アスレチック、海やプールにも誘ってみたけれど、全て瑠奈は「行きたくない」と言って断った。
「虫が嫌い」
「服が汚れる」
「海は潮でネトネトするから嫌」
「プールは気持ち悪い」
そんな言葉を並べ立てた。
太陽の家に泊まった朝、こっそりとたくさん薬を飲んでいるところを見て、聞くと「ダイエットのサプリ」と瑠奈は答えた。
その時のやり取りを思い出した。
「そんなの飲まなくても、瑠奈は細いくらいなんだからさ、もっと太ればいいのに」
「嫌だよ。太ったら可愛い服が着れなくなるもん」
「服なんて何着てたって瑠奈は可愛いって」
「でも、他の人もそう思うとは限らないでしょ?」
無邪気に瑠奈は笑っていた。
(「他の人」というのはあの男のことだったのか?)
太陽は、これまで瑠奈が言った何気ない言葉ですら疑心暗鬼になっている自分に気がつき、やはり今日は瑠奈と一緒にいない方がいいと思った。
それなのに、瑠奈の顔を見て聞いてしまった。
「ここに、ほくろあるの?」
太陽が自分の左胸を指さして言った
「どうしてそんなこと聞くの?」
「あるのかないのか聞いてるんだから教えて」
「……ある。けど、それが何?」
自分が疑われているとは微塵も思っていない様子で、瑠奈は答えた。
(絶対に浮気がバレないという自信?)
一度言葉にしてしまったことで、これまでコントロールしていたはずの感情が吹き出した。
「見せて」
「え?」
「いいから、見せろ」
瑠奈はようやく自分の今の状況を把握したのか、動揺していた。
「見せろよ!」
太陽が今までにない口調で、瑠奈に言った。
それで、瑠奈はゆっくりと着ていたブラウスのボタンを外し始めた。途中で「やっぱりやめろ」と言ってくれるのを待つかのように。
けれども、太陽は言葉を撤回するつもりはなく、瑠奈をじっと見続けた。
瑠奈は観念してキャミソールとブラをずらしてほくろを見せた。
ほくろを見せるために、瑠奈は太陽に初めて胸を見せた。
「もういい」
太陽はそう言うと、今度はそっぽを向いてしまった。
何を考えているのか理解できず、瑠奈は混乱しながらも、外したボタンをまたとめていった。
その時、瑠奈のスマホが鳴り、慌てた瑠奈がカバンからスマホを取り出そうとして、カバンをひっくり返してしまった。
その拍子に2つのスマホが床に滑り落ちた。
「スマホ、2つ持ってんの?」
太陽が呆然としたように言った。
そして、近くにあった自分のスマホで太陽は電話をかけた。
「……オレがかける方は電源切ってて、オレが番号知らない方は電源入ってるんだ」
さっきまで怒っていた太陽が、今度は泣きそうな声で言った。
「帰れ」
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