我らがBL相談所
沼津平成
第1話
僕がその喫茶店に入ったのは、なんてことない日常から逃れたくて、ふらりと喫茶店巡りを始めたからだ。そうでないと、あんな遠くへは足を運ばなかったと思う。林道を抜けてタクシーを呼び止めて、数キロばかりいったところで止めてもらった。片田舎のタクシーということで、数百円分料金は安上がりしたと思う。持ち前のケチで、メーターが3行った瞬間に、「止めて!」と叫んだことも要因の一つかもしれない。
タクシーが止まって、ちょうど降りたところに、その喫茶店はあった。
交差点にもいちいち名前があるのだが、どういうわけか一つ一つ覚えることは難しかった。どういうわけもへちまもない。単純に僕らの生活に交差点は何十も何百も、もしかしたら何千もあるのだ。
その喫茶店の近くにも交差点が三つあるのだが、例に漏れずにその三つとも僕は詳しく覚えていない。三つ目が何だか変な名前だったということだけ強く印象に残っている。
「あ……」
本当ならその日僕は、事前に調べたヒガナという喫茶店に行くつもりだったのだが、その時、なぜか僕は、(ここに……安心がある気がする。)と思ったのだ。(人情——)久しぶりにその単語が僕の口から発せられた。(やあ、ひさしぶりだな。)と口が喜んだ。
「行こう」
そう、小さく声に出した。誰かと肩がぶつかった。酔っ払ったおじさんが僕の隣を通り過ぎていったのだ。「んだよ」と声が重なった。
強くため息をつく。僕はドアを精一杯引っ張った。僕を嘲笑するように、カランと風鈴がなって、僕はドアに入れていた力を抜いた。
いつの間にか僕はがらんとした店内に入っていた。
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