#志多留鳰を忘れない

羽槻聲

#1 劇薬れんちゃんの配信

「こんばんれん〜。今日も楽しくお話していこうと思うよ〜」


 コメント

:こんばんれん!

:こんばんれんー

:こんばんはー


 私は配信用のゲーミングチェアに座り、画面に向かって挨拶をする。

 『少女の腰まで届く長い黒髪は、宝石を散りばめたように艷やかであり、さらっと揺れる様はまるで清らかな川のよう。』

 友人が趣味で執筆している小説に私をモデルにしたキャラクターを登場させた時、こんな表現をしていた。

 自分の容姿を客観的に評価されたのはそれが初めてだったので、なんとなく印象に残っていたのだ。

 私自身は、自分の外見になんて興味はなかったけど。

 それなりにメイクして、それなりに身なりに気を遣って。

 最低限、TPOに合った外見を維持できればそれでいいと思っていたからだ。

 そう、過去の私は。


 私は止めどなく流れるコメントに目を通し、微笑む。

 すると、PCの画面に映し出された少女の2Dイラストが同じく微笑んだ。


 劇薬げきやくれん。それが私の配信者としての名前だった。

 外見こそ本来の私と瓜二つだが、劇薬れんには純白の翼が生えていた。

 しかし、片翼は痛々しく折れている。

 左目には、ハートを逆さにしたような赤い模様が。

 みんなはこれをマークのようなものだと思っているけれど、実はこれは血だということを知っている人は少ないんじゃないだろうか。

 折れた翼に、左目から流れる血液。

 テーマは、メンヘラ天使。

 病んでる女の子って最高に可愛いよね。

 劇薬れんを観に来ている人達も同じことを思っているはずだ。


「今日やるゲームは、ちょっと前に流行ったらしいんだけどねー。その頃、私別のゲームにハマってたから知らなかったんだー」


 コメント

:そうなんだね

:昔やり込んだなあ

:主題歌好き


 私はいつも通り、ちょっとした雑談をしてからゲーム画面に映った。

 今回プレイするのは、メンヘラの女の子アイリスを攻略するというゲーム。

 育成ゲームと呼ばれる類のゲームだ。

 アイリスは非常に打たれ弱いため、気を付けて育成しないとすぐにオーバードーズしたりリストカットをしてしまう。

 すると負のエネルギー(病みゲージ)が溜まり、ゲージが最大まで溜まると自殺する。

 内容は終始アイリスの被害妄想やトラウマなどと言ったネガティブな要素が敷き詰められており、「プレイの際は精神が不安定な方、感情移入しやすい方はご注意ください」と公式から声明が出るほど。

 しかし、キャラクターやゲームデザインの可愛さ、そして重い内容のギャップが受けたのか異例の大ヒットを記録したのだ。

 主題歌はYouTubeで再生回数3000万回を突破したし、アイリスの公式SNSアカウントまで登場するという大きな盛り上がりを見せている。

 今では少なくなったけれど、一時は多くの配信者がこのゲームをしていた。


「なるほど……外に連れて行ったりしてアイリスが疲れると病みゲージが溜まるシステムなんだ。でも、その日によってメンタルの回復力が割と違うんだね。この辺リアルだよね。調子いい時と悪い時があるって」


 コメント

:そうなんよ

:それを管理するのが難しい

:アイリスちゃんは感受性豊かだからね


 私は率直な感想を口にしながらプレイを進めた。

 進めれば進めるほど、アイリスの業や人間関係、社会的立ち位置が深堀りされていって、心が疲れてくる。

 でも、一時間くらいやってみて思ったのは、アイリスは特別な存在なんかではなく、その辺にいそうな等身大の女の子だということだ。

 これが多くの人に受けている理由なのかもしれない。

 ゲーム内で一週間が経ったところで、きりがいいので終わることにした。


「これで丁度一週間かー。きりもいいしそろそろ終わろうかな。今のところこのゲーム好きかも。アイリス可愛い。でも5回も死なせちゃったな」


 コメント

:一週間でここまで死なせた配信者はれんちゃんくらいだよw

:いちいち選択肢を外すの面白かったw

:配信者としてはある意味向いてるとも言える

:とりあえずセーブしよう

:お疲れ様


 私は配信を切って、背伸びした。

 やっぱり、一時間くらいが丁度いいな。

 長時間配信は私には向いてないや。

 色々嫌なことをコメントで書かれたりすることもあるし、配信が辛いって思ってた時期もあった。

 でも、今は違う。

 だって、が傍にいてくれるから。

 あの子のおかげで私は頑張れるんだ。


 いつだって、あの子は私を見守ってくれている。

 でも、時々不安になってしまう。

 だから、部屋をあの子いっぱいで満たした。

 彼女を余すことなく撮り収めた写真たちを額縁に入れて飾って。

 聴きたくなった時にいつでも聴けるように、彼女のボイスデータをディスクに録音して。

 そして、彼女が好きだったものを集めて。

 まさに、この部屋は私とあの子の思い出が眠る場所。

 、作った甲斐があった。


 そして私は今日も、SNSで配信の感想を確認してからアカウントを切り替える。

 これは私が個人的に運用しているものだ。

 誰もフォローしていないこのアカウントですることは一つしかない。


――――――――――――――――――――

今日の配信終わったよ。今日も見守ってくれててありがとう。私達ずっと一緒だよね。


#志多留鳰を忘れない

―――――――――――――――――――――


 私は投稿を送信して、アプリを閉じた。

 そういえば、洗剤を切らしてるんだった。

 冷蔵庫にも何もないし、ちょっとお買い物に行ってこようかな。


「ちょっとお買い物してくるね。また後でね」


 私は壁を優しく擦りながら、あの子に声を届ける。

 この部屋は彼女そのもの。

 私の生活には、いつでも彼女がいる。

 その事実があるだけで、この辛く苦しい世界を生きていけるんだ。

 誰にも汚せない、二人だけの世界。


 ね、そうだよね。鳰。

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