おもいで
赤根好古
第1話
新幹線は、定刻に新大阪を発車した。博多行きのぞみ19号だ。16両編成のN700S。1~3号車が自由席、グリーン車が8~10号車、あとは普通車指定席である。
8号車のグリーン車に乗車した夫婦連れは、終点の博多まで、2時間半近く乗車する。昼前の発車なので、駅弁に缶ビールとお茶とお菓子を少し買って。
この夫婦の年齢は、夫秀一70歳、妻奈美66歳、4歳の年齢差だ。もう44年、半世紀近く連れ添っている。娘が奮発してくれた旅行である。
奈美が窓側、秀一が通路側に座って、二人で儀式である缶ビールで
「乾杯」
を。プシュっと缶を開ける音が車内に響く。車内はビジネス客であろうスーツを着たひとが多い。
(グリーン車やから、社長さんや重役さんばかりなんやろう)
秀一が腕時計を見ると、もうすぐ12時。缶ビールをドリンクホルダーに入れて
「弁当、食べよか」
「そうね」
二人は、ビニール袋から弁当を取り出した。秀一は、ビールのあてにと、幕の内で、奈美は焼き肉弁当だ。奈美が
「食べる?」
「うん」
二人は、弁当の中身の交換を。そして二人は食事をしながら、今までの人生を振り返る。
秀一は、国鉄に入社して、踏切番、車掌、運転士と、主に乗務員を長くしてきた。そして、今乗っている新幹線の運転も。
(以前は、新大阪駅を発車してすぐ「運転士は◯◯です」と氏名放送をしてたから、知ってる運転士か、わかるんやけど)
と、感慨無量だ。
新幹線運転士となれば、多い時は、新大阪~博多総合車両所(博多の先の、新幹線の車庫。以後、博総)を2往復。およそ一回の泊まり勤務で、2000㎞以上も乗務する。
(よくもまぁ、無事故で乗務してきたもんや)
と、右手の車窓を眺めると、武庫川が。
(このそばの社宅に、一年間だけ住んだなぁ)
しかも、 41歳になってからの新幹線運転士への道は、とても厳しい道だった。研修センターでの2ヶ月余りの、来る日も来る日もの勉強。最後の2週間は、10科目以上のテストテストで毎日平均3時間の睡眠だった。授業を終えると、風呂と夕食は時間が限られているので、すぐに済ませて、1時間だけ寝て、そこから朝方まで勉強して2時間睡眠の繰り返しだった。
しかし、秀一は
(新幹線運転士に、絶対なるんや)
その気持ちしかなかった。
新大阪駅から12分程で六甲トンネルと神戸トンネルのあいだにある新神戸駅に到着。
以前はのぞみは通過していたのだが、神戸空港開業時に停車するように。隣りの座席に秀一と同年代と思われる夫婦連れが座った。そうこうしてるうちに
「奈美、見てみ。姫路城やで」
奈美が右手を見ると
「ほんとだ」
奈美の横顔を見ながら
(こいつには、ほんとうに迷惑掛けた。在来線の運転士の勉強での研修センターでの3ヶ月は、この旅をプレゼントしてくれた娘が生まれたばかりで、しかもお袋に癌が見付かって入院。こいつは、毎日のように娘をおんぶして見舞いに病院まで行ってくれた。新幹線の時もや・・・。あれっ、何やったっけ、忘れた)
そんな時、奈美が
「どうしたの」
「おまえと同じこと、考えてた」
「そう」
「ここから、トンネルばかりやぞ」
「うん」
姫路を越えると新幹線は、300㎞/hへと速度を向上する。0系を運転している時は、最高速度220㎞だったけど、レールスター700系を運転するようになって、285㎞/hになると、慣れるまで毎日のように目がしょぼしょぼしてたっけ。しかし、新幹線は在来線と違い、高架区間が多く、建物が接近してないので、圧迫感も少なく運転することことができた。
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