悲しい時は

奏〜カナエ〜

悲しい時は

 悲しい時は田舎に帰る

 片道2時間、電車に揺られて。

電車を出てポッケにしまっていた切符を回収箱に入れる。


 数ヶ月ぶりの自然

駅まで迎えにきてくれた母の車に乗り、愛しの実家へ。窓から流れていく景色はいつも通ってたあの日の通り道。ほとんど変わっていない光景を見ると母の車に乗ってお出かけしていたあの頃に戻った気がした。


 実家に着いて大きく息を吸う。肺に空気がスゥッと入っていく。息を吐き出すと共に実家からの景色を見る。澄んだ空に美しい緑。田んぼには水がはり、キラキラと輝いている。色鮮やかな世界に涙がこぼれそうになる。





 数時間前に見ていた灰色の街並み。ビルの谷間から流れてくる強い風に息をするのもやっとだ。止まることのない人の波。ここでは足を止めて深呼吸なんてする暇もない。昔はあんなに憧れていたこの場所も、いざ住んでしまえば感情の無い冷たい世界。次々にやってくる無表情の人を電車が何度も運んでいく。皆下を向き今日もスマホと睨めっこ。


 時々、自分はここに来て何がしたかったんだろうと思う。大手の会社に決まって友人にも親にも鼻が高かった。自分に自信を持った。俺はすごいんだと。将来のことを考え意欲に溢れていた。

 だが、現実は上司に怒られ、同期の愚痴を聞き、心をすり減らして働く毎日。いつか夢見た幸せな家庭を築くってハードルが高くないか。自分の事だけで精一杯。絶望感。


 そんな時、ふと思った。あの頃は楽しかったなと。昔自分が輝いていた頃を思い出す。希望に満ちていた頃。大人の汚い世界を知る前の自分を。 友人たちと遊んで、部活に励み趣味に打ち込んだ。帰れば親の手料理が用意されていてがっついて食べていた。 「またかあちゃんののご飯食べたいな」 思わず口に出していた。





 

自然を堪能したあとは夕食を家族と食べた。自分がいない間に起きたちょっとした事件、ハマってるドラマのこと、止まらない母のトークを片手間に聞き、手料理を食べる。

 自分の好きな唐揚げと餃子。久しぶりにがっついて食事した。


 母のトークも一区切りし、少し間が空いた。息を吸って自分の胸の奥に隠していた思いを放つ。




 「相談したい事があるんだけどさ」



 母は優しく相槌をうって聞いてくれた

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悲しい時は 奏〜カナエ〜 @mukiziro

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